世間の動き備忘録

2月に悪魔が舞い降りて以来、未だに膀胱炎による膀胱刺激症状である不随意収縮(もはや攣縮 spasm と言ってもいい)に悩まされている。もっとも去年の今頃は、BCG膀注療法の副作用である強い炎症がベースにあったので痛みの程度は相加され、かなり酷かった。

今年はそのベースが無いだけまだマシなのだが、膀胱収縮による鋭い針刺し痛は、やっぱり耐え難い数秒間だ。最悪の時は15~20秒に一度、その痛みに襲われるからたまったモンじゃない。その程度はやはり気温や気圧に影響されるようだ。まるで神経痛である。だから暖かくなれば楽になるのだろうから、いつにも増して春が恋しいのである。

そんな日々を送りながら気がついたら、世間では色々な事件が起きていた。

・・・・・・・

金正男殺害。北朝鮮にとって数少ない同盟国であるマレーシアあればこその殺害劇だったろう。だが、マレーシアの主権を犯してのVXによるテロ行為には流石にマレーシア側は態度を硬化、北朝鮮大使を強制送還させ、大使館に残った容疑者2人を逮捕しようと機をうかがっていた。

しかし相手は無法国家の北朝鮮、今度は駐北朝鮮マレーシア大使館員の出国を停止し事実上の人質にして、金正男の遺体と容疑者二人の出国を迫った。国民の命を優先したマレーシア政府が折れ、遺体と共に容疑者は悠々と出国して行った。今後は両国間の国交断絶にまで発展するのか。

・・・・・・・

森友学園問題。渦中の理事長の籠池氏、影響力のある人にはすれ違っただけでも知り合いだと言ってしまうような図々しさ加え、自分の都合のためなら言ったモン勝ち、何でも利用してしまえという厚顔無恥を併せ持つ。さすが大阪人、関東ではなかなか見られないキャラである。

彼の問題は3通の見積書を駆使した認可と補助金獲得を目論んだ行為である。これは立派な犯罪であり、その他の補助金の不正受給も含め、今後起訴される可能性があるだろう。国有地の8億円ディスカウントは、スピード認可も含めた過程で、名誉校長だった安倍総理大臣夫人の昭恵氏の名前が諸所に「忖度」を呼んだ事は間違いない。昭恵氏はクリスチャンらしい性善説主義者なのだろうが、これまでの総理夫人に似つかわしくない行動力で、単騎でどこにでも顔を出し役職を引き受けた事がこの問題のきっかけとなった。だから責任の一端はあると思われる。

そうそう、このままなら今年の流行語大賞は「忖度」で決まり!

・・・・・・・

朴槿恵大統領弾劾。どうして韓国の大統領は、その末期が悲劇的になるのだろうか。逮捕、自殺、暗殺と、自分たちで選んだ大統領をデモったり糾弾したりする韓国人の光景には少なからぬ違和感を覚える。汚職と言うが、それほどの権限を大統領に与えているのも韓国民だし、権力やステータスのピラミッドを構成し、大学受験に命を懸けるスキームを作ったのもやはり韓国民である。

一見、韓国は日本と同じような道を歩んでいるように見えるが、その実態はかなりの格差社会になっていると見受けられる。大財閥が資本を独占し、一般人は受験を勝ち抜かなければ未来はないというゼロサム社会である。

だから国民の閉塞感は高く、少しの不満で大きな声が挙がり行動に及ぶ。その世論が司法判断まで左右するというのだから呆れる。ゆえに政府は国民の不満が自分たちに向かうと危ういから、必死に反日活動へ国民の目を向けさせなければならない。

おいおい、それじゃ共産党独裁国家の中国と同じじゃないの。

・・・・・・・

さて、昨日はカミさんの誕生日で、明日の4月1日は結婚記念日である。昨晩は久しぶりに回らない寿司を食べに行った。

何度も言っているが、まさか自分が還暦に差し掛かっているイメージが持てない。確かに持病も含めた肉体年齢は実年齢相応の気もするが、精神年齢はどうしても3〜40代の感覚以上のものを持てない。事実、職場でもスタッフ相手にそんな年代のつもりで喋っていて違和感を感じないのである。

だからと言って「気が若い」のではなく、「成熟していない」が正しいのかもしれないが。





悪魔は突然やって来る

定石からすれば遅いくらいなのだが、そろそろ我が家の外壁修繕の時期だなと思ったのは去年の事だった。同時期に建った両隣りのご主人も同じ思いで、それなら三軒いっぺんに済ませてしまえば足場の共有などでコストダウンになるメリットが生じる。

ではその線で行こうとなったのも去年の事だったが、年が明けても相見積もりはおろか、施工業者の候補すら出て来るでなし、事実上ほとんど進展がなかった。三軒とも結構のんびり路線だから、案の定、お任せで放っておいても物事が進むはずもなかった。

という事で、私の方で複数社に見積もりを依頼できるWebsiteに申し込み、先月下旬に一社、今月上旬にもう一社に実地調査に来てもらって見積もりを依頼した。二社の見積もりが出揃ったら叩き台として両隣りに提示する予定でいる。

二社目が実地調査に来た10日、その日も寒い日だったが、一社目と違い、先方が一人だったので屋上や周囲の検分に小一時間も付き合った。身体もかなり冷えたに違いないが、ま、それでもこれで修繕計画は大きく前進するだろう。

・・・・・・・

いやいや、それがいけなかったのか、その2日後から突如として膀胱炎様症状が勃発した。以前から尿道炎の症状である排尿時の痛みはあったが、膀胱自体に痛みはなかったので平和に過ごしていた。それが、排尿後を中心として膀胱の不随意収縮時に針で刺される様な鋭い痛みが発生する様になってしまったのである! 例の「ツーン」の極期の痛みだから堪らない。

思い起こせば去年のちょうど同じ頃、BCG膀注療法の最終回直後に勃発し、その後約半年間も苛まれたあの症状である。日にちもほとんど同じと来たモンだ!

BCGも終わって一年も経ったというのに、なぜ今これが?

冷静に考えた。一つは、元々くすぶっていた炎症が、寒さによって何らかの感染を引き起こして再燃した。もう一つは悪魔の腫瘍の再発である。どちらにしても悩ましい。

偶然か幸運か、去年の9月以来の膀胱内視鏡検査の予定が本日入っていた。継続受診している主治医のT先生から、尿検査だけでなく、もういい加減に中を見ないと心配だと言われ、泣く泣く入れた予定だった。でもこの際、痛みの正体を見極めてやるためにもシロクロはっきりさせてやろうじゃないかと覚悟を決めて行って来た。

前回同様に、リアルタイムにモニターを見ながらT先生から説明を受ける。膀胱内部のほとんどは綺麗だったが、やはり片側の出口部が赤くなっていて炎症を起こしている。あの針刺し痛の元凶がここだ。T先生見立てでも、ここは炎症止まりで腫瘍の再発は認められないとの事だった。

一応ホッとはしたものの、ならばこの痛みはどうする?

痛み止めを貰いたくて予定外受診をした先週、尿検査で大腸菌が確認されて抗生剤も処方された。治療はそれをもう一週間続ける事くらいしかなさそうで、痛みとの闘いは去年同様に当分続くのかねぇ。起炎菌に大腸菌が絡んでいるという事は、大腸菌が経尿道的に侵入し、尿道と膀胱で増殖し炎症を起こしているという図式だ。

だからまずは抗生剤で菌を叩き、炎症を沈静化させるしかないから仕方ないのだろうが、ソファに寝転んでいる時は比較的平和だが、店で立ち仕事をしている時は、頻尿と排尿痛と膀胱の不随意収縮による針刺し痛が、日々、程度の差こそあれ文字通り不随意に襲って来るのである。今回はBCGによる炎症が加わっていないだけマシとも言えるかもしれないが、この強烈な針刺し痛にはロキソニンが効かないのは去年も経験済みで、それがまた悲しく悩ましい。

もしもこれが悪魔の復活である腫瘍再発が原因だったとしたら、手術療法でこの症状は改善するだろう。しかし悪魔の復活こそなかったものの、それゆえ薬物療法のみしか手立てのない以上、痛みに苛まれる日々はまだまだ続くのだから、これもやはり悪魔だ。とすれば、何がラッキーで何がアンラッキーなのかも正直分からなくなって来る。





40年ぶりとは思えない

公休日を土曜日にシフトさせたため、火曜日〜金曜日まで4連勤となった先週。さらに通常の発注や品出しなどのルーチン業務に加え、カゼ薬から花粉症シーズン用薬への棚替え作業をこなし、まさに肉体労働三昧の果ての週末を迎えたワケである。

そこまでして辿り着いた土曜日こそ、実に40年ぶりの再会の日だった。相手は大学の先輩3名、いずれも私が大学1年生の時からどっぷり浸かったクラブ、生化学研究部(通称 生研)の先輩方である。そもそも生化学の生の字も知らなかった私、新入生クラブ説明会の日にある先輩に声を掛けられ部室に行ったのが運のツキで即入部。

それからは授業もそこそこに部室に籠って(八王子の山の中だったので、一旦登校したら外に逃げ場がない)麻雀やトランプゲーム、ギターなどに精を出し、部活の帰りには決まって府中あたりの安居酒屋で1000円コンパ(燗酒、煮込み、サンマ塩焼きなどが一品100円の時代、1000円もあれば十分飲み会が成立した)、ロクに家にも帰らず先輩の下宿に転がり込んだりしていたから、そこらのクラブの先輩後輩より遥かに濃い繋がりだった。

私自身もそんな心地良さに甘え、後輩らしからぬワガママな振る舞いをしていたのだろう、そんな先輩方が卒業して以降、現在までほとんど声も掛からず交流が途絶えていたのだった。とある日、FBで繋がった先輩の一人STさんからこの日のお呼びが掛かるまでは。

・・・・・・・

集合場所は新宿御苑前のイタリアンでのランチだと言う。御苑前エリアなら勝手知ったる場所、ほぼ時間ピッタリに到着すると、そこにそのSTさんが先着していた。STさんからは予め今日のメンバーの集合写真を送ってもらっていたので、その姿形に違和感はなかったが、それでもリッパな還暦越えOYAJIになっていた。少し遅れてSKさんとTJさんが到着、これで本日のオールスターキャスト4名が揃った。

上越の実家で調剤薬局をしているSZさんこそ来れなかったものの、あの頃の濃密なメンバーとおよそ40年ぶりの再会となったのだった。

積もる話に時間の経つのも忘れ、ランチを終えたのが2時間後の午後3時。そこから新宿駅方向へ向かいつつ雀荘を探す。もはや雀荘なんて日陰の植物だとSKさんが言う通り、途中の路地を覗いても存在の気配すらない。ようやく駅の近くまで来て数軒見つけたが、今度は意外な事に満員御礼状態。その客と来たら、若い世代も数組いたがほとんどは我々以上の世代のOYAJIばっかり。まるで行き場を失った年寄りのたまり場のような様相だった。これが今の雀荘風景だったのか。

3軒目で空き卓にありつき、私は実に20数年ぶりに牌を握った。麻雀に夢中になっていたのは高校生手前から社会人10数年くらいまで。一時は生涯無敗伝説の桜井章一氏の戦術まで勉強したものだったが、それも今は昔、勝負勘には全く自信がなかったが、先輩方の意向なら仕方ない。せいぜい大負けしないようにと祈るばかりだった。

結果はマイナス600円のトータル2着だったからまあいいか。守りはソコソコだったが、攻めの感覚はシッカリ錆び付いていてどうにもならなかった。これがブランクというモノなんだろう。

半荘3回ほど打って、今度は夕食を兼ねて居酒屋へ。さらに昔話に花が咲き、それぞれの息子娘の現況を話し終わったところでお開き。時間は午後11時近く、あの頃だったらまだまだ宵の口だったが、酒もやめた今の私にはこの時間まで飲み屋にいる事自体が珍しいのだった。

・・・・・・・

次回は先輩方が何年かに一度使っているという妙高のバンガロー(SZさんが参加できるよう、彼の居住地の近場へ行くため)で宿泊麻雀を兼ねて集まろうという事になった。私は今の仕事ではせいぜい一泊しかできないが、それでも今回会えなかったSZさんとの再会も楽しみである。

同窓会であれ、こういう個人的な集まりであれ、お互いの顔を合わせた瞬間にあの頃へタイムスリップする感覚はいつでも嬉しいものである。今回も瞬時に場の空気があの頃へ戻った。とても40年ぶりとは思えなかった。日頃、前方への時の流ればかりに弄ばれている身にとって、なまじ利害関係のない人達ゆえ、そんな仲間との集まりは安心して過去へ帰れる貴重な時間なのかもしれない。

ま、生きてればこんな事もある。




誕生の日に

日本時間の21日未明、海の向こうでは大統領選で大方の予想を覆しヒラリー・クリントン氏を破ったドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ大統領に就任した。一方、ここ日本では坂口敦朗というOYAJIが還暦秒読みとなる59歳の誕生日を迎えた。

ドナルド・トランプという名前は、もともと私の記憶に刻まれてはいた。今から30年ほど前だろうか、彼は不動産ビジネスの大成功者として時代の寵児となり、彼に関する幾多のビジネス書が書店に並んだ。そのうちの一冊を私も購入した。内容はもう忘れたが、当時のバリバリ現役ビジネスマンにとって、ある意味バイブルとも位置付けられていた書籍だった。

そんな人物が紆余曲折があったにせよ、まさかアメリカ大統領になるとは思わなかった。就任直前の支持率では何と不支持が支持を上回るという現象も起きている。民主的なシステムで選ばれた大統領なのに認めないと言ってみたり、反対デモまで行うとは、アメリカもとんだ民主主義国家である。ま、突き詰めれば民主主義なんて所詮こういうモンなのだろうな。

さて実際のところ、私が還暦直前を迎えるなんて、誰より私自身がイメージを持てなかった。今でもそうである。だって来年赤いチャンチャンコなんだぜ? 一体どんなジジイになっちまうんだってんだ!

今の仕事に就いて一年半が過ぎた。膀胱がんの入院手術などで出足は少々躓いたものの、何とか今日まで大過なく、そしてここが重要なのだが、仕事に関してほとんどストレスフリーの日々を過ごして来れた事が嬉しいのである。つまりは抱いていたイメージ通りの仕事だったという事である。

言い方を変えれば、前社までの営業やオフィスワーク&研修ツアーなどの日々は、必ず目的達成のためのプレッシャーが付いてまわり、特に研修職人時代はそれが天職と感じつつも、周りからもあらゆる意味でプロフェッショナルを求められ、自分で自分にかなりプレッシャーを掛けていた。

それが一転、自分で自分のみを管理しつつ、ひたすら顧客志向で対応すれば自ずと結果が付いてくるという日々。自分の言動に対してエンドユーザーからダイレクトな感触を得られる単純さが良いのだ。

もちろん1日8時間の立ち仕事や品出しや棚替えなどの肉体労働的な側面もあるが、それを補って余りある顧客とのコミュニケーションが楽しかったりする。多分、数あるドラッグストアの中で、ここが一番いい意味で泥臭い地域密着型の営業形態だからだろう。

それでも親会社の毛色の異なるスタイルが日々迫りつつはあるが、ま、今のところは天職になりかけていると言えるだろう。

・・・・・・・

さて、およそ30年ぶりにFBを介して再会した元同僚のN君から、今朝誕生日祝いのメッセージが届いた。出勤時間まで余裕があったのでしばらくやりとりしていたが、そこで驚くべき事実が伝えられたのだった。

これまた30年ほど会っていないN君と共通の友人であるTさんが、何と先週スキー場で雪崩に巻き込まれて亡くなったという。そのスキー場ではバックカントリー走行も可能らしく、それゆえ毎年のように遭難事故が起きているというが、Tさんはスノボによるバックカントリー走行にこのスキー場へ年に何度も通っていて、万一のためのビーコンなどの装備を万全にし、バディを組んで滑っていたそうで、決して安易に考えていたわけではなかったそうだ。

だが、このところの大寒波による降雪とそれによる大雪崩は予想外だった。突然の雪崩に飲み込まれて消息を絶ってしまったという。捜索も限界に達し、遂に打ち切りとなってしまったそうである。

思わず「諸行無常」という言葉が浮かんだ。

自営業に身を転じていたTさんは、経済的余裕と時間的自由を手に入れていたはずである。だから勤め人がいなくなった10日過ぎから悠々とスキー場入りしたのだろう。降ったばかりの新雪に勝手知ったるバックカントリー、さぞや爽快だったと思う。

物事は回数を重ねればそれだけ事故に遭う確率が上がる。これは一つの不幸な偶然だったのかもしれない。そうであったにせよ、とても理屈で割り切れるものではない。残された家族や友人にとって、それはどんなに悲しい偶然だっただろうか。

Tさんを偲んで、大好きな「風」の歌をここに捧げたい。



「あいつ」 詞曲 伊勢正三

雪の中 一人の男が 山に還って行った
ただそれだけの話じゃないか 慌しい季節の中で
花束投げたあの娘の言葉が こだまして帰って来るけど
雪解け水の音に消されて また静けさが訪れる

だからもう忘れちまえよ あんなやつのことは
こんな可愛いひとを残して 一人で逝くなんて
あいつがたとえ思い出ひとつ なにも残さなかったのは
あいつにすれば精一杯の 愛だったんだね

春が来たら去年と同じように また山で迎えよう
それまでにきっと あいつの得意だった歌を覚えているから
それまでにきっと あいつの得意だった歌を覚えているから



Tさん、どうか安らかに 合掌





Number of Access
Since 25. Dec. 2001
Day by Day ・・・
My Profile

Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

Recent Comments
データ取得中...
Search
Translation
PDF Exchanger

Weather Forecast

-天気予報コム- -FC2-