だんしがしんだ

談志が死んだ」と昨晩のニュース速報から今朝のワイドショーまでトップニュースとして報道された。

実は月曜日には亡くなっていて、すでに親族によって荼毘に付されたという。特に亡くなるまでのがんとの闘病は、家族の目からも見るに堪えないほど壮絶なものだったと弟子の談笑が語っていた。

談志にあこがれて落語家になったという芸人は多い。その中の一人のヨネスケは、訃報を発表しなかったり早々に親族で荼毘に付させた事を、自分が良しとしない姿を弟子や他人に見せてたまるか、というダンディズムを最後まで貫いたからだろうと評した。

16歳で柳家小さんに師事し、27歳で真打となり「五代目立川談志」を襲名。五代目がどうのこうのと言うよりも、初代から四代目までの「立川談志」の記憶なんてない。後にも先にも「立川談志」とはまぎれもなく談志その人の事である。

談志の75年の人生は、落語協会脱退や立川竜家元制度設立という波乱の落語家人生に留まらず、政治家としての活動もあった。今から見れば横山ノックだの青島幸夫だのの芸人に政治の舵取りなんて出来るはずはないのだが、あの頃は高度成長期で時代が良かった。選挙は人気投票であって、知名度が高ければ誰でも当選する可能性があった。挙句、沖縄開発政務次官に任命された談志はたった36日で辞任に追い込まれた。

談志の落語は、そのキャラクターと共に好き嫌いが大きかったと思う。言い方を変えれば、談志落語は聴き手を選ぶ落語だった。それはなぜか?

談志は(失礼ながら)落語家にしては頭の回転が速く、普段から口にする語彙も豊富だった。その才能は「現代落語論」などの論文的な著書に集大成される。それまで落語家の著書と言えば、自伝的な内容に落語に対する思いみたいなものをくっつけたのがせいぜいだったから、これには世間も驚いた。かの昔、それを手に取った私は迷わず買って夢中になって読んだのを思い出す。

だから笑いの方向性も深さも常人とは異なっていた。有体に言ってしまえば、談志の物言いやギャグはバカにはピンと来ない。談志の思考回路に付いて行くのは大変である。底の浅いギャグで笑いを取ってる芸人なんてのは、談志に言わせりゃ「ありゃあ芸なんかじゃない。だからあの連中は芸人じゃない」となる。

談志落語のCDやDVDは我が家にもいくつかある。その大部分は去年から今年にかけて購入したものだったので、早晩この日が来る虫の知らせだったのか。

談志自身は、自らの到達点を六十代に見据えていたと言われる。が、多くのファンを唸らせた、いわゆる「絶頂期」は昭和40年代から50年代にかけてだと思う。江戸下町言葉の「べらんめぇ調」のキレはこの頃が最高だからである。立て板に水の如く流暢で、それでいてムダなフレーズや言い直しがほとんどない。ここが志の輔や談春ら今の弟子達に感動を覚えさせ、「師匠は談志が全てで談志しかいない」と言わしめた所以だろう。

「落語とは人間の業の肯定である」

この世の人間は立川談志を忘れない。

だからとっととあの世でみんなを笑わせやがれってンだ、コンチクショーめ! 合掌



(追記)
「談志が死んだ」ってタイトル、こりゃ見事に回文になってるじゃんと今朝気がついて嬉々としたんだけど、これって落語の世界じゃとっくにネタにされてたんだと。てぇことは、私もけっこういいセンスを持ってるってこと?





TPPを考えてみる

いよいよ結論を出さなくてはならなくなって来たTPP(Trns-Pacific Partnership)への参加・不参加問題。

与党・民主党内でも推進派と慎重派に分かれて議論し合っているようだが、どうも一部に自分達の利権なども見え隠れするため、純粋な国益論議と言い難いようだ。

最近では政治家以外の論客のマスコミ露出によって、中野剛志氏や三橋貴明氏などの論調が目立っている。その論調は総じて参加慎重論というより参加否定論と言っていい。

だが、TPPにおける検討議題の種類が多すぎる事や、それが日本の国益にとってどういう意味を持つのかといった事がイマイチ良く判らないというのが本音だろう。大多数の一般市民がイメージしている工業製品の輸出vs農産物の輸入という単なる二極分化の議論でもなさそうである。

そこで、このTPP問題を少々乱暴だが出来るだけ単純明快な見方をしてみたいと思う。

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まず、このTPPにアメリカがなぜ参加したか?

経済不況下のアメリカにとって唯一の打開策は、外に打って出る事である。すなわち自国の産物を大きな需要の見込める国に有利な条件で輸出し市場を広げるのである。そのためには環太平洋諸国とのパートナーシップ協定という大義名分で市場を形成したい。それによって経済を回復基調にさせられれば、オバマ大統領の再選も確実となるだろう。

ところが、TPP加盟予定国は大量にモノを買える国ばかりではない。むしろ貿易弱小国が寄り集まって助け合いたいという意味合いが強かった。それが証拠に、日本を除いたGDPの割合はアメリカがダントツで90%以上を占めている。有力国のはずのカナダは、農産物を除外するという条件が認められないという理由で参加しない。

という事は、このままではアメリカにとって決して美味しい市場とはならない。そこでアメリカは日本へ参加要請をして来たのである。アメリカにとって期待できる貿易相手国は日本だけと言っていいだろう。

では、日本の国益から見てTPP問題はどうだろうか?

日本はこれまでASEANなど11ヶ国とFTA(Free Trade Agreement:自由貿易協定)を締結して来た。FTAでは農産物の重要品目を除外しているが、例外品目がわずかしか認められない可能性の高いTPPは、これまでのFTAとは根本的に異なっている。また、工業製品や農産物だけではなく、金融や医療、サービスや労働力など多岐に渡る項目について、原則として例外なく関税撤廃や規制緩和となる可能性が高い。

ならば、日本も韓国のようにアメリカとFTAを締結すれば良さそうなものだが?

韓国はGDPに対する輸出の割合は40%を超えていて、もはや経済成長を輸出に頼るしかない。北朝鮮との国際事情によるアメリカとの同盟強化の意味合いもあり、国内で大きな批判が出るような不利な条件を敢えて呑んでまでアメリカとのFTAを合意したのである。これはこれで苦しいながらも国益を考えた韓国政府の決断だったのだろう。

一方、一見輸出大国のイメージのある日本のGDPに対する輸出の割合は20%未満である。日本は工業製品の輸出大国というより、自国内での消費が高い内需大国と言った方が良い。最大の貿易相手国であるアメリカとの関税はもともと低水準だし、わざわざこちらからアメリカへFTAを持ちかける理由はない。

そんな事をしたら、さらに安い農産物の輸入によって少なくとも国内の市場の一部は占拠されるだろうし、加えて金融・保険・サービスなどの規制緩和問題などもクローズアップして来る事が予想される。

逆に日本の工業製品の輸出量が増えるかと言えばそうとも言えないだろう。デフレに襲われるアメリカにそこまでの購買力は望めないからである。FTAはおろか、TPPによっても輸出量は増えないとの見方が強い根拠がここにある。

結論。

このままでは、TPPは多国間協定と言いつつも、実質アメリカの日本に対する市場開放戦略にハマってしまうかもしれない。しかも二国間のFTAではなく多国間協議であるから、日本の事情を押し通そうとしても、それぞれの国の事情によって認められないという事も起こり得る。いったん決まった条件もおいそれとは変えられないだろう。

くれぐれも「参加ありき」などではなく、しっかり考えて覚悟を持って決定しておかないと、「平成の開国」どころか黒船襲来時の不平等通商条約の二の舞となってしまうかもしれないぞ、野田さん。





ツアースタートと巨人の逝去

昨日の雨と寒さとは打って変わって秋晴れの今日、ここ幕張の地から全国研修ツアーは始まった。

今回の私の担当は、ここを皮切りに浜松町、水道橋、仙台、盛岡、秋葉原、長岡、横浜、札幌、高松、岡山、広島と12ヶ所となる。実はそれが終わった後、成田のホテルで11月初旬まで4日間の中途入社者研修が待っている。全国をあっちフラフラ、こっちフラフラとまるで寅さん状態で、平日は家にもロクに帰れない。

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昨日、アップル社の創業者スティーブ・ジョブズ氏が56歳で亡くなった。

長年に渡って膵臓がんとの闘病を続け、今年の8月に「もはや職務と期待を果たせなくなった」としてアップル最高経営責任者(CEO)を退いていた。そして、まるで後任を託したティム・クックCEOのジョブズ氏には遥かに及ばないプレゼンによって発表された「iPhone4S]」を待っていたかのように逝ったのだった。

1984年に発売された「マッキントッシュ」は、当時企業指向だったコンピュータをいきなりパーソナル指向にした。だがその頃、社会人駆け出しだった私は、たまたまコンピュータに詳しい同期Mがいて、彼にしょっちゅう秋葉原に連れて行かれては「これからはコンピュータの時代だ」と吹き込まれていた。

話題の中心はもっぱらNECのマイコン(PC-80●●だったか?)で、やれ8ビットだのもうすぐ16ビットが出るだのと言っていた時代である。店にはマックもあったが、値段がヒトケタ違って文字通り高嶺の花だとMが言っていた。

私は私で、新しい道具と時代の到来を予感してワクワクしたものだが、肝心のコンピュータを何のために使いたいのかさえ皆目分からなかった。当時は会社に出勤してもデスクの上は何も無く、事務作業などの日常業務は肉筆紙媒体と電話だけのアナログ時代そのままだった。それぞれのデスクの上には自分専用の灰皿さえ置いてあったくらいだった。

それから30年も経たないうちに時代はどう変わっていったかはここに記すまでもなかろう。

ジョブズ氏の残した業績はダ・ビンチに匹敵すると賞賛され、その言葉は経営者を通り越して哲学者とも賛美される。ビル・ゲイツ氏と並んで20世紀の大天才とも称えられている。

だが、私には彼のそんな面よりも、唯我独尊のジョブズ氏が同僚と衝突する事も多く、86年には権力争いの末にアップルを退社したとか、カリスマ的な存在感でファンを熱狂させる一方、社内では人使いが荒く、商品の細部にまでこだわって、気に入らない試作品は容赦なく退けるやりにくい上司との評判も確立したといった話の方に惹かれる。

だって、天才は真似できないけど、そこなら少しはマネできそうじゃないの。納得できないなら絶対に譲らない。その代わり、携わった仕事の成果はその分クオリティアップする。そんなベテランがいても楽しいじゃないか。

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時は流れて、別の会社で別の同僚から勧められたノートPCをキッカケに、少しはコンピュータがなんぞのモノかを知った時、時代はMS-DOSからWindows3.1へと移って行った。それもやがて大ブームになったWindows95の時代を迎えた。

初めて秋葉原で見たコンピュータから現在に至るまで、興味は抱きながらもついぞマックには無縁だった。遠いあの日、言い知れぬワクワク感を感じたくせに、結局私にはPCは単なる道具の範疇でしかなかったのかなと、もっと違う捉え方もできたんじゃないかと、ふと寂しさを感じさせられる巨人の逝去だった。

「iPhone4S = iPhone for Steve」 合掌





利他と利己

日本人の美徳のはずだった思いやりや助け合いといった「利他の精神」をいつから「利己の精神」へと変えてしまったのだろうか。

五山の送り火に被災者の思いを書いた陸前高田の薪を焚こうというイベントは、一部の京都市民の反対にあって紆余曲折するも結局中止に追い込まれた。わずか数百本の薪を燃やす事に対して放射能の拡散を恐れたという。

福岡では、風評被害を受けている福島の物産を支援しようというイベントが企画されたが、これも中止に追い込まれた。その理由は、物産自体の放射能汚染の心配よりもそれを運搬するトラックが汚染物質を福岡に運んで来るからというものだった。

そして愛知県日進市の花火大会。放射能汚染データがないなどの理由で、これまた一部の市民から福島県産の花火の打ち上げに反対の声が上がったという。材料の放射線量は許容量以下だし、花火であるゆえ製造保管は屋内で為されたものだったにも関わらず、である。

「がんばろう日本」の掛け声は嘘だったのか? 口先だけだったのだろうか?

被災地応援イベントを企画・立案した当事者はその思いからに違いないが、結果として被災地や被災者をさらに傷つける事になったのが何ともやりきれない。

目に見えない放射能は確かに怖い。ましてや汚染によって二度と再び故郷の地を踏めないかもしれない被災者を思うと心苦しさで一杯になるのは誰もが同じだと思う。また、汚染によって作物が出荷停止に追い込まれている生産者も未来が見えないほどの絶望にさいなまれているのは容易に想像できよう。

ならば、被災地から遠く離れた地にいられる我々は当事者ではないと言い切れるだろうか?

魚にしても野菜にしても、普段何気にスーパーなどで買っている食材は東北産のものが少なくない。いや、ある種の産物は日本全国の相当なシェアを占めていて、それが入って来ない事でさまざま不便を感じる場面もあった。その状況は復旧されるまで大なり小なり続くだろう。

回りまわって我々の生活や経済にまで波及するという事は、これは決して他人事なんかではないという事である。

たとえ一部の偏った言動であれ、それを振り切れなかった主催者もさる事ながら私が問題だと思うのは、一見モノ分かりの良い賛成派を演じつつ、その実、心の中では思わず「ホッ」とした事なかれ主義の傍観者の存在である。あるいは君子危うきに近寄らずとばかりに、初めから思考する事すら放棄して押し黙ったまま距離を置いていたその他大勢の存在である。

今回の件はどちらの側の者であれ、その是非を自分の子供や家族などから問われたら明確な論拠と信念を持って答える事が出来るだろうか? もしかしたら一時の感情に左右されてはいなかっただろうか?

モノと情報が錯綜し溢れる現代。勝ち組・負け組などと二極分化され区別される現代。我々は自分達を守るあまり、知らぬ知らぬうちに他人を傷つけ貶めていたかもしれないという事を大いに自省してみる必要がある。

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沖縄付近のウロウロ、360度の回れ右から一転、秋雨前線の方向に大きくスライスした台風15号。今日午後には東海地方に上陸も懸念され、夕刻には関東に達する勢いとなった。

さすがに会社も帰宅勧告を出したので、ひどくならないうちにそろそろ帰る事にしよう。





政治は力を出せるのか?

「まるで津波の被害のよう」

図らずも被災者にそう言わしめた台風12号による豪雨。台風による洪水被害があっても、今まではそういう比喩はされかったろう。東日本大震災の津波による惨劇がいかに人々の胸に焼き付いているかの証だが、それが悲惨さを一層際立たせる。

新聞によれば、豪雨による洪水被害に見舞われ、未明から行方不明になっていた和歌山県那智勝浦町の寺本眞一町長の長女早希さん(24)が翌朝、遺体で確認されたという。

結納の日を迎えた娘の変わり果てた姿。

寺本町長は同日「午後」10時頃、寺に安置されていた早希さんと悲しい再会を果たした。先に着いていた早希さんと来春結婚する予定だった婚約者と一緒に約30分間、早希さんの傍らに座り静かに過ごした後、役場に戻って災害対策の指揮を執ったという。

町長という公職にある身ゆえ、この痛ましい災害と再会の報道がことさら眼に入る機会が多かったのかもしれない。同じような境遇に置かれた被災者は、東日本大震災の時でも決して少なくなかっただろう。それぞれの悲しみに違いがあるはずもない。

だが、やはりこういう事実を伝える記事を目にすると涙を禁じえない。

娘にとって人生最大の喜びが訪れるはずだった日が、残された父にとって人生最大の悲しい日に一変してしまった現実。遺体発見から12時間以上経ってようやく果たせた対面。どう受け止めたらいいのかさえ整理のつかぬまま、町長として公務に戻って行く。その間、わずか30分…。

「娘とは子供の頃よく遊んだ。走馬灯のように思い出す。今は昌子を早く見つけてやりたい」

妻の昌子さんの行方はまだ分かっていない。

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朝日新聞「天声人語」から

約4万の仮設住宅に、明日を描けぬ人々が暮らす。2万人は親類縁者に身を寄せ、1万人が旅館やホテル、数千人がなお避難所にいる。震災から半年後の「住まい」は、砕かれた将来設計の象徴だ▼被災者ならずとも、多くの人生観が揺らぎ、企業は経営の見直しを迫られた。ところが、平成を災前と災後に分かつこの「断層」を楽々またぎ、素知らぬ顔で続くものもある。たとえば、埼玉県朝霞市で進む国家公務員宿舎の建設計画だ▼さいたま新都心で働く職員のため、米軍キャンプ跡地に13階建て2棟(計850戸)を造る。総事業費は百億円強。2年前の事業仕分けで凍結となりながら、今年度予算で「解凍」され、このほど着工した。未曽有の災害を経ても再考せぬ感覚が解せない▼昨年末に建設を認めた財務大臣は、どじょう首相その人である。財政危機の下、国民に復興増税を求めておいて、公僕の、公僕による公僕のための低家賃住宅では、示しがつくまい▼公共事業の暴走を止めるかと期待された政権交代なのに、鳴り物入りの仕分けもこれしきのものらしい。朝霞の場合、事業費は古い宿舎の売却で埋め合わすというが、大企業が社宅を手放すご時世に、そもそも官舎なるものが必要だろうか▼住み心地の良い家が、良い公務につながることもあろう。ただし平時の話である。国の正念場にも微動だにしない最強の「耐震住宅」は、増税論議をBGMに鉄骨を組み、2年後に完成する。住み心地がよかろうはずもない。

さんざん議論を呼び、地元住民の反対運動もある中でついに着工である。凍結を解凍した張本人が野田首相。一方で事業仕分けをやりながら、結果的にその判断を反故にする。これでは官僚の操り人形と言われても仕方ないだろう。

問題は野田氏本人どころか野田内閣にも内在している。

既に官僚の操り人形化が懸念される安住氏が野田財務相の後任である。外相の玄葉氏共々、百歩譲って40代の若さは良しとしても、問題山積のこの重要実務の実績もない。もちろん素質も未知数である。そうかと思えば、早くも死刑執行業務を放棄した平岡法相、思いつきでタバコの値上げを口走る小宮山厚労相。

大臣なりたい病と囁かれる山岡氏が国家公安委員長というのもいかがなものか? 彼は外国人参政権推進派であり、昨年、民団の新年会で「外国人参政権法案が一日も早く、今国会で必ず実現するように、全力を挙げて取り組んでまいりたい」と述べたという。また彼は消費者担当相も兼務しているが、マルチ商法業界との癒着問題があり、この点でも問題視される。

中国漁船問題や領土問題などで国家の危機が迫る中、名前も知らなかった一川氏が防衛相初入閣した。さっそくシビリアンコントロールの意味を履き違えた軽率発言が飛び出す始末。この人物を諸外国はどう見るだろうか、すでに不安だらけである。

小沢グループへの配慮から、日教組出身の輿石氏が幹事長に起用された。政界に長年の顔があるかものしれないが、活動量が求められる幹事長職としてはもはや賞味期限切れと言えよう。これのどこが実務重視なのか?

サザエさんに出てくるアナゴさんに似た国対委員長の平野氏。鳩山内閣時代に幹事長として普天間移設問題に「移設反対候補が当選した名護市長選の結果を斟酌しなければならない理由はない」などと不用意発言を連発した御仁である。

巷間、野田内閣は実務重視内閣のように言われているが、果たしてそうだろうか? 私にはこの内閣の色と輪郭がよく見えて来ないのである。

何度も書くが、国民の審判を受けていないこの内閣の存在価値はただ一点、かかる諸問題に対し国民の目に見える実績を出すことのみ。それができなければ解散して下野すべきである。






国民不在の代表選の陰で

昨日の民主党代表選で、野田佳彦財務相(54)が海江田万里経産相(62)との決選投票の末、新代表に選出され、今日の衆院本会議で第95代の首相に指名される。

5名の候補者が出馬した1回目の代表選での得票数は、海江田氏143票、野田氏102票、前原誠司前外相(49)74票、鹿野道彦農水相(69)52票、馬淵澄夫前国交相(51)24票だった。この結果から野田氏と海江田氏による決選投票となり、野田氏215票、海江田氏177票の得票数だった。

それにしても下馬評で有利とされた前原氏、民意とは裏腹に党内の支持者がこれほど少なかったのは、民意との乖離というより、自身でも反省していたプライド高きオコチャマ人格の問題だったのだろう。

海江田氏は約120人の最大勢力を率いる小沢氏や鳩山氏の全面的な支持を受け、1回目の投票では最多の票を集めた。しかし、海江田氏を通じた小沢氏の影響力を懸念する中間派の支持を野田氏が集め、決選投票では海江田氏の票を上回った。

小沢&鳩山グループの票を獲得して慢心した海江田氏に対し、決選投票へ持ち込んで勝利する作戦を描いた野田氏の作戦勝ちだった。野田氏は勝利の弁で「ノーサイド」などと、いみじくも前回勝利した菅氏と同じ言葉を発したが、どっこい小沢vs反小沢の構図は決して霧消してはいない。

ネット上のコメントは、小沢氏の操り人形となる海江田氏よりはマシとの意見も目立つが、逆に野田氏は財務省の操り人形の増税路線派で大連立推進派でもある。民主党マニフェストにも載せていないこの方針変換を国民の信を問う事なく進められたら大変だ。「新首相の最初の仕事は解散総選挙」との声も大きい。

解散総選挙をしないのなら、山積する内外の諸問題への対応を短い任期中に国民に見える形で実行できるかどうか。新代表=新首相の真価はこの一点に尽きる。もしも今後、自身の印象とカブるように自身がやってる事の輪郭がよく見えないなどと指摘されでもしたら、彼はそれまでである。

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読売新聞の記事である。

東京電力が2008年に福島第一原子力発電所に従来の想定を上回る10m以上の津波が到来する可能性があると試算していた事が政府の事故調査・検証委員会で明らかになったが、東電は同じ試算で高さ15mを超える津波を予測していた事が24日わかった。

東日本大震災で同原発は14~15mの津波に襲われたが、「想定外の津波」としてきた東電の主張は、15m超の遡上高の試算が明らかになった事で崩れた。東電は試算結果を津波対策強化に生かさず、大震災4日前の今年3月7日になって原子力安全・保安院に報告していた。

東電によると、国の地震調査研究推進本部が2002年7月に新たな地震の発生確率などを公表したのを受け、2008年にM8.3の明治三陸地震(1896年)規模の地震が福島県沖で起きたと仮定して、福島第一と第二の両原発に到達する津波の高さを試算した。第一原発の取水口付近で高さ8.4~10.2mの津波が襲来。津波は陸上をかけ上がり、1~4号機で津波の遡上した高さは海面から15.7m、同5・6号機で高さ13.7mに達すると試算した。

同社が25日の記者会見で明らかにしたところでは、2008年6月、武藤副本部長は試算結果の報告を受け、それまで津波の計算に使ってきた土木学会の指針を見直すよう、同学会に要請する事を了承した。試算結果は2010年6月までに武黒副社長にも報告されたが、取締役会で議論される事はなく、非常用発電機を高台に移すなどの対策も取られなかった。

東電と政府はこれまで「地震と津波は想定外」と言い続けて来たが、実は想定内だったという事だ。国民を欺き続けた揚げ句、世間の関心が民主党代表選に集まっている時期を狙って白状した。当事者として試算があるのは最初から分かっていたのだから、完全な確信犯である。

なぜ、今まで黙っていたのか? 単に世間の批判を恐れたというだけではない。それは賠償問題への思惑が絡んでいたはずだ。東電は「地震と津波は想定外の自然災害だったから賠償は政府の責任」という論法で生き残りを図ろうとした。

ところが「想定内の津波だった」となれば、東電が責任逃れできなくなる。だから、賠償枠組みが決まるまで隠し通そうとしたに違いない。政府も知っていながら賠償支援機構法が成立するまで黙っていた。

原発事故を巡ってまた一つ重大な情報隠蔽が明るみに出た。東電と政府は間違いなく「共犯関係」にある。これでは信頼回復などあり得ない。

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芸能界を揺るがせた島田紳助の電撃引退発表の時期とも符合する。全マスコミがこぞって追うようなニュースがあると、その陰で国は重大な案件を決めたり、こそっと発表したりするから注意しろと囁かれていたが、もしかして今回はこれか?

だとしたら、思わず嗤っちまうくらい国も民主党もレベルの低さは変わらんな。





さてと、お次は?

「有言実行」内閣と宣言したはずなのに、結局は「口だけ思いつき」内閣総理大臣で弊害を垂れ流し続けた菅首相が、昨日ようやく民主党代表を辞任、新代表選出後には首相も辞任すると表明した。

さて、これを受けて新代表候補者たちの動きも一層拍車が掛かって来た。とは言っても、実質は前原、野田、海江田の3候補に絞られていると見られる。だが、もともと選挙権を持たない世論は「誰がなっても変わらない」どころか「誰も首相の器じゃない」とまで冷めている。

ついこの前、外国人献金問題で外相を辞任した前原氏。

本来なら公民権停止処分まである大問題だというのにどういうつもりか。プライドは高いが直情径行、大風呂敷を広げるが簡単に引っ込めるオコチャマが「国のために火中の栗を拾う」と出馬に転じても説得力はない。挙句の果てに反小沢の急先鋒のくせに他の候補に追随して小沢詣で。お得意のプライドはどこ行ったんだ? 国交大臣時代の八ッ場ダムはどうなったんだ? 

増税路線の財務省傀儡大臣の野田氏。

それが不利と見るや増税路線を曖昧にして来たが、増税踏切の対価としての議員定数削減を始めとしたムダな歳出削減は置き去りにされたままである。問題は菅内閣の現役閣僚としての仕事ぶりがちっとも見えて来ない事だ。超円高に対する経済政策は待ったなしのはずなのに、財務大臣として強い意志を持って何をしたと言うのか? 党内の人望は厚いとも言われるが、同じ主流派の前原氏が出馬した今となってはどこまで票を獲得できるか? 

「泣いた赤鬼」「ウドの大木」と揶揄された海江田氏。

菅内閣の閣僚を辞任すると言いつつも結局辞めず辞められず。泡沫候補だったはずが一転、小沢&鳩山グループの支持を得て数の上では優位に立った。考えてほしい。この人物が数の論理で首相になったとしても、リーダーシップというものを期待できるだろうか? 見えているのは小沢傀儡首相、もしくは初の代表・首相分離に晒されるのがせいぜい。この人物を首相にいただいた国民はきっと後悔させられるだろう。

新首相 期待はあれど 人あらず よもやあるまい「カンが良かった」  Chaie

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「…現状という高い壁を乗り越え、あるいは打ち破る事はパイオニアとしての我々の責務だと思います。共に頑張って行きましょう!」

「それではこれで4日間の研修すべてを終了します」と言い掛けたところで、突然パートナーのI子が手を挙げた。

せっかく研修のシメをしている時に何だと思ったら、「研修中に皆さんから受けた質問の回答をお伝えします」。そこから5分近くスライドを出しながら解説、研修のフィニッシュに向けたいい雰囲気もブチ怖しになった。それがあると分かっているなら「シメをしてください」と私に言う前に、先にやればいいのだ。

今度は途中で遮られた私の方が何をしゃべるか忘れてしまった。あまりのKYぶりに「せっかくいい話をしていたのにKYだよね。ホント役立たずだわ」と言って受講者を笑わせたのだが、それがいけなかったようだ。

部屋に戻った私のケータイが鳴り、I子から「どうせ私は役立たずですから。今夜はキャンセルさせていただきます!」と鬼の形相(見えないけど、たぶん)。もともとI子の希望でセッティングしたステーキディナーだったし、その時間まで受講者と三宮あたりで一杯やろうと思っていたので、私はちっとも構わない。

研修で余った資材とプロジェクタを荷造りしてホテルから送り返した後、再び研修室に戻るとI子がいたので「それでいいから、ちゃんとキャンセルしておきなさいよ」と言い残して部屋に戻った。I子はちょっとしたキッカケでムクれる事が多い。それが定期的にやって来るみたいだ。この年頃の女性は扱いづらいったらありゃしない。

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受講者5人(これが実に絶妙のメンバー!)と共に三宮へ。

宴会部長Kが神戸時代によく行ったと言うイタリアンレストランで夕食を食べる事にして、それまでのウォーミングアップとしてガード下の居酒屋へ。立ち飲みの串カツ屋などが多く立ち並び、そのどの店も午後早くから営業しているのは大阪の下町と同じ光景である。その中の何と生ビール一杯199円の店に飛び込んだ。何気に注文したサンマ、サバ、タイ、カンパチなどの刺し盛りも鮮度抜群で歯応え満点! いやぁ、三宮ガード下、侮れんわ。

そしてイタリアンでは2時間食べ飲み放題で3000円! バイキングのイタリア料理とオーダーバイキングのピザ、それに数種類のワインなど酒の数々。これらが価格以上に美味いのに驚いたが、しばらくすると次々に客が入って来たから地元でも好評なのだろう。

既に茹でダコのように出来上がった北海道のM、宴会部長Kにいぢられてなぜか喜ぶS、何にでも嬉しがるKD、一見クールなようで実はオモシロキャラのI。今回の受講者のコアメンバーと言っていい。

ここでまたまた宴会部長のKが「やっぱシメはラーメンでしょう!」というモンだから、腹ごなしにカラオケボックスへ。意外や意外、SとKDはバラード路線がお得意。90分間さんざん歌いまくって少しハラに余裕が出たところで、ラーメン、餃子にビール。これじゃ体にいいわきゃないよ、わかっちゃいるけどヤメられねぇ…と来たモンだ!

さて本日は午後から講演会。その前に昨夜のメンバーと南京町で名物ブタマンとランチをとってホテルへ移動する予定でいる。タップリ眠れたせいか体調は良好だ。これなら明日のツーリングオフ会も行けそうだな。





己はともかく国は誰が救うか

お盆週間という事もあってか、今週に入ったら一気に休みを取る人が増えた。フロアは図書館みたいに静かだし、電話もほとんど掛かって来ない。私以外にも取り立てて帰るべき田舎を持たない連中は、これ幸いといつもよりノンビリ会社暮らしを決め込んでいたりする。

もとより研修ツアー終了直後とあって農閑期状態。仕事らしい仕事と言えば、来週から神戸で始まる異動者と中途入社者への4日間の製品研修の準備くらいである。準備と言っても研修スライドのリバイスがほとんどで、せいぜい自分の担当パートをさらっておけば良いから、何も週の頭から慌てて取り掛かるまでもなかろう。要するにいつもよりヒマなのだ。

それでも日を追うごとに営業部隊からの電話問い合わせや質問メールなどがチラホラ入って来たり、出勤しているメンバーが少ないため、担当以外の製品の問い合わせ電話を回されたりするようになった。

で、週半ばからリバイス作業やら質問対応やらで仕事の加速がついて来たため、今年最高に暑かった木曜の晩に同僚とビール(当然、それだけじゃなかったけど)を飲みに居酒屋へ。返す刀で金曜日は自主休日にした。

土曜の朝イチに予定していた人間ドックのフォロー検診。検査値も下がって来たようだし、主治医からも調子に乗らなきゃこのライフスタイルでOKとの言質も得られた。

「先生、こうして過去からの数値を眺めてみますと、取り敢えず2年前あたりの数値に戻せば良さそうですねぇ」
「でもね、その時と今とじゃ唯一違う点があるんですよ」
「?」
「その時からあなたが2年歳を取ったという事です。それは簡単には戻り難い状態にもなっているという事です」

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ポスト菅を決める民主党代表選候補者の話題がかまびすしい。

立候補を表明しているメンバーの中では、現在までは野田佳彦財務省(54)が最有力とされている。だが彼は自民党ら野党との大連立賛成派であり、財務省の傀儡とも言われる大増税推進派である。彼の人柄うんぬんよりもこの点が納得いかないのである。

そもそも財政破たん回避のための増税論は自民党政権時代から俎上に上がっているものの、政権交代を主張していた民主党は、歳出のムダを削げば財源は十分あると断言していたではないか! さらに議員定数削減などでまずは身内から痛みを伴なう改革を行なうのが先決で、増税論議はその後だと言っていたではないか!

増税推進は権益を拡大したい財務省の狙いそのものである。十分な歳出削減と議論なくして増税ありきとはマニフェスト反故、宗旨替えも甚だしい。これでは財務省に洗脳された増税原理主義者と言われても仕方あるまい。

いくら党内支持が集まって来ているとはいえ、もはや年齢的に賞味期限の過ぎた鹿野道彦農林水産相(69)やどうしても経験不足が否めない馬淵澄夫前国土交通相(50)は、その風貌はともかくとして、仮にも一国のトップリーダーとして必要な度量が見えて来ない。

度量不足の最たる人物は、野末陳平氏の元秘書で「泣いた赤鬼」こと海江田万里経済産業相(62)だろう。こちらは経産省の既定路線でしかないナンチャッテ更迭人事を声高に発表するわ、仕事の場だというのに人前で泣いてしまうわでは、一国の首相なんて到底ムリな話である。樽床伸二元国対委員長(52)、小沢鋭仁元環境相(57)らはほぼ泡沫候補と言っていい。

今回は回避すると目されている大本命の前原誠司前外相(49)は、仙石氏と共に反米親中(韓)国の売国奴とも揶揄されているし、数年前の故・永田議員の偽メール事件で状況判断力に大いに疑問符が付いた事を忘れてはいけない。

さらに問題なのは、これらの候補者が主義主張を無視してそそくさと小沢詣で、鳩山詣でをやってる事である。

そこではあろう事か、党執行部で決定されたはずの小沢一郎氏の党員資格停止の撤回を進言しているではないか! 結局は小沢&鳩山グループの票如何で代表が決まってしまうのなら、それは自民党の旧態然とした派閥の論理と何ら変わらないという事じゃないか!

誰が民主党代表、すなわち日本国総理大臣になろうとも、その前にはざっと挙げるだけでも震災復興、原発事故処理、円高対策、経済振興、そして領土問題を含む外交政策などの問題・課題が山積なのだ。解は決して単純ではなく容易でもない。候補者にその覚悟はあるか。本物の救国政治家の自覚があるか。

こんな世の中、国と国民のためだけに純粋に命を懸けるような政治家なぞもはや望むべくもないのは承知の上だが、それでもこの状況で敢えて手を挙げようとするならば、全身全霊で覚悟の声を発するべきだ。万一道半ばで死んだとしても、そういう政治家ならば国民はきちんと認めるだろうよ。





一見さんお断り?

津波で流失した陸前高田市の景勝地「高田松原」の松の木材を、京都の伝統行事「五山送り火」の「大文字」で使う計画が取り止めになった問題。

被災者は松から作った数100本の薪に亡くなった家族への思いや復興への決意を書き込んでいた。

ところが計画が報道された6月末以降、京都市に「放射能汚染された灰が飛ぶのでは」と不安を訴える苦情が40件程度あり、関係者の自宅にも抗議の電話があったという。

大文字保存会(京都市)は薪の欠片を取り寄せ、民間会社でセシウムとヨウ素の検査をしたが何も検出されなかったが「不安は完全に拭えない」と中止を決断した。

「送り火は死者を鎮魂する場で被災者の思いに応えられる場。『一見さんお断り』のようで、京都市民として恥ずかしい」「陸前高田市は原発から離れているのに、被災地の思いを届けようとする真摯な取り組みをなぜ中止するのか」などの抗議の声が殺到しているという。

それにしても何という誤解、何という判断なのだろうか。

何かとヨソモノに冷たいと言われて来た京都。これでますますその閉鎖性を表してしまった事になる。仮に汚染があったにせよ、たった数100本の護摩札状の薪を燃やしたところでどれほどの影響があると言うのか。もう少し冷静に考えられないのだろうか。

それより何より、この企画に希望を見出し大いに喜んだであろう陸前高田市の被災者に、結果的に持ち上げて落とすような二重の失望を与えた事をどう思うのか。相手を慮る日本人の美しい気持ちはどこへ行ってしまったのか。

安易に苦情を寄せたのも、安全を確認しながらも中止と判断したのも、そしてそれに抗議したのも同じ京都人。だが、こういう後ろ向きの感性が知らず知らずのうちに日本人全体のメンタリティとして根付いて行っていない事を切に願うばかりだ。

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さて、研修ツアーはいよいよ最終コーナーからラストスパートの直線へと突入。一昨日からの東京の2会場をこなして、いよいよラス前となる横浜会場へ前泊移動。

実はこの横浜、私が前回研修を担当したのは2年近く前になる。これまで地元出身のトレーナーが2名いたせいもあるが、不思議とお鉢が回って来なかったから久しぶりもいいところだ。この間、ここのトップが2度替わったほどである。

ところがこの会場の受講者の評判がすこぶる悪いのである。

特に、若手を引っ張るべきベテランクラスの受講者に積極的な姿勢が見えないし、一部のマネジャークラスも同類項だとか。初めて担当したトレーナーほどその洗礼を受けるらしい。それゆえトレーナー間でも随分前から問題視されていた会場なのだ。

その中の40代後半の営業部員Iは、かつて我々と同じ部署にいた人間である。そのIの受講態度は言うまでもなく、受講者アンケートの評価も恣意的に低く付けるわ、コメントには本社批判満載だわなのである。なぜにかつての古巣をそこまで貶めるような言動をするのかよく分からんが、文字どおり斜に構えている。

それと相俟ってIに迎合する若手やベテランも少なからずいたという。

今回の組織改訂ではそこいらにメスが入って大幅な異動が為されたものの、相変わらずIは動かずにそこにいる。とっくにマネジャーになってもおかしくない年代にもかかわらず、一方で引き取り手がいないというのがホントのところかもしれない。

さてどこまで改善されたかは明日のお楽しみだ。もしも私の前で同じような態度を取ろうモンなら、もちろん私は許さないけど。

ま、あれやこれやは明日吹く風に任せるとして、今夜は行きつけの中華街「東林」にて、POOBメンバーのくりみ氏と久々に一献傾けようと思っている。今はそれがひたすら楽しみである。





夏が来れば思い出す

「名古屋もようやく暑い日に戻ったみたいですね」

朝、研修会場へ向かうタクシーの運転手が語りかけて来た。思わずうなづく。

10年ほど前に2年間名古屋勤務をしていた私は、夏の名古屋の灼熱地獄は経験している。海に面した県なのに、夕方から風がピタッと止まる。そこから猛烈な気温と湿度が襲いかかって来る。その脅威は東京などの比ではない。独身者などは部屋のエアコンをこの時間から作動するようにタイマーセットして出勤するという。

だから夏場は名古屋、京都、大阪、岡山には近づいてはいけないというのが我が家の家訓である。

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暑い夏を迎えるたびに思い出されるのが、幼児の車中置き去り死亡事故である。特にパチンコ屋。

先月も石川県で両親が4時間半に渡ってパチンコをしている間に、窓を閉め切った車内で1歳の女児が死亡している。それでなくてもここ数年、犠牲者の出ない夏はない。幼い子供は家族の王様と言っていいだろう。家族の一日は子供を中心に回っている。幼い子供の親であればそれで当然なのである。

なのに、子供を放っておいて、いや、閉じ込めてパチンコや遊びに興じる。結果、子供は熱中症で命を落とすとは何という不条理だろうか。まさか子供を殺そうとは思ってはいないだろうが、親という立場を忘れてただの男女になり下がってしまった事が過失致死を招いているのだ。

警察庁は業を煮やして「子連れ駐車」の拒否を検討するよう業界団体に要請したと言うが、何をかいわんやである。CR機導入の例を持ち出すまでもなく、警察と業界の癒着の構造は根強く根深い。これまでさんざん利権を貪り合って来たのだから、警察には事故誘発の責任の一端を感じてこそ、他人事ヅラなど許されるはずがなかろう。いっそパチンコそのものを禁じるべきだとの世論ももっともである。

それにしても、パチンコとは事ほど左様に人を狂わせるものなのか? 

私がパチンコでタバコを稼いでいた30年前あたりは、穴に入ってナンボという時代だった。だから帰宅後に一度店を覗いて出ている台の番号を覚え、閉店1時間前に行けばその台は空いているから連戦連勝だった。勝ったとしてもせいぜい数千円程度の額だったから、勝っても負けても小遣い銭の範囲だったので、その頃のパチンコは娯楽の範疇だった。

この程度なら射幸心もさほど煽られる事もなく、時間の経過や環境の変化と共に自然に離脱する事ができた。

パチンコは80年代のフィーバー台を皮切りに、一万円投じても二万円勝てば良しといったハイリスク・ハイリターンの時代に入った。今ではエンターテインメント性を前面に押し出したキャラクターパチンコ台がテレビCMに堂々と登場するし、業界を挙げてパチンコの本質であるギャンブルという側面を躍起になって覆い隠そうとする意図が見え見えである。なのにそれに乗っかる哀れな思考停止の日本人がいかに多い事か。

そのおかげか、いまやパチンコ業界は数十兆円の巨大産業となってしまった。

グレーゾーンはあっても日本の法律で認められているパチンコに、たとえ数十万円の損を負ってものめり込むのは個人の自由だろうが、それが子供の命と引き換えでは全くワリに合わないじゃないか。失ってから後悔するのはモノだけでいい。命は戻りもしなければ代えも利かないのだ。親なら自覚せい!

これはむしろ虐待と言ってもいいのではないだろうか?

虐待と言えば「躾け」という名目の下に行われるDV。

大抵は子供と血の繋がりのない内縁男あたりがやらかすのだが、哀れな事に「親」であるより「女」である事を選んでしまった母親は、それを止められない。本来なら身体を張ってでも子供を守るはずなのに、惚れた女の弱みか豹変した男が怖いのか、母性本能を発揮する事なく我が子を死に至らしめる。それでは犬猫以下ではないか。

そんな親には、子供が被ったものと同じ思いをさせてやればいい。目には目をという刑罰が認められないのならそれも結構、だったら「躾け」という名目でいい。自覚を持たない出来の悪い親を真っ当な親へと公の力で躾けてやるのだ。それこそ「更生の余地」じゃないの?

なあに、途中でクタバリもしようものなら、それこそ彼らお得意の「しょうがなかった」。

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幕張、東京、名古屋と来て、明日の福岡で研修ツアー2週目が終わる。

真夏がぶり返した東京へ戻るのはいささか憂鬱だが、やっぱり自分の家の枕とベッドが一番しっくり来る。最終週は都内で2回、横浜、大阪で千秋楽を迎える予定だから、あとひとフンバリだ。

幸い、夏バテとも夏カゼとも無縁で過ごしている。あ、二日酔いもね。





半分過ぎて日が暮れて

もはや驚きはしないけど、ついに一年の半分が過ぎ去った。

原子力保安院の西山ヅラ男審議官が更迭された。親子ほども離れた女子職員とお楽しみ(もしかして単なるパパだったかも?)がバレ、不倫報道の末の更迭だった。原発事故さえなかったら、ヅラも不倫も全国に晒される事もなかったろうに。

でも、その理由が倫理観の欠如だの国民に信用されないだのという事なら、モナチュー細野の原発事故収束・再発防止担当相任命も負けず劣らず問題なんじゃないの? 

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不倫のヅラ男に最初は厳重注意だけだったが、ついに更迭した海江田経産相は原発に関して造詣が深いわけではない。その彼が停止中の玄海原発の再開を要請すべく、佐賀県庁に赴いた。

反原発派市民の怒号飛び交う中、相対する岸本玄海町長やそれまで判断を保留していた古川佐賀県知事が揃って「安全性の問題はクリアされたと考える」と再開を容認したのである。おいおい、アンタらも原発に詳しいワケじゃあるまいに、何をもってクリアされたと言えてしまうのか?

玄海町には原発関連交付金の99%が入り、町の歳入の実に6割を占める。この町は人口は6500人ほどなのに、公民館やコンサートホールにスパ施設などなど、その規模からはおよそ分不相応とも言うべき豪華な施設が点在する。一方で隣りの唐津市の原発交付金歳入は1%にも満たないと言うから、いかに建設地のみが優遇されているかが分かる。坂井唐津市長が再開に否定的なのは無理もない。

いっその事、いつ来るかどの程度の規模かも分からない地震や津波のリスクよりも町の歳入と雇用の方が遥かに重要なのだと言ってしまえば良いのだ。これは沖縄の基地事情ともよく符合する切ない現実なのだろう。

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そんな中、延期されていた会社の組織変更と人事異動が公示された。

主要製品の領域別に3つの事業部に分かれ、今までの支店制から事業エリア毎にそれぞれの領域事業部の営業部長が取り仕切るという組織になった。支店長がある意味一人天皇だったとすれば、これからはトロイカ体制か社内ライバル3社体制かというイメージだ。

それに伴う異動人事には驚かされた。

徐々に会社内の発言力を増し、自ら率いる領域の実績が他の領域を上回っている弱冠40代半ばのNさん。彼の持論の一つは「マネジャーはプレイヤーとしてもトップクラスでなければ誰も付いては来ない。ただ部下管理だけのマネジャーは要らない」である。

そのアオリを食って降格させられたマネジャーは片手では足りない。いきなり降格させられたマネジャーは、今度は一営業部員としてどこかのマネジャーの部下になるという厳しい沙汰だった。中にはそれを否として退社を覚悟した者もいるという。

Nさんの持論は確かに正論かもしれないが、そのウラにはNさん個人の好き嫌い人事の色も見え隠れしている点が気になるのだ。3事業部制となったためマネジャーのポストが増え、若い世代からの登用も確かにあった。だがそのいくつかは、Nさんの支店長時代の部下ばかりだったのである。

ただでさえ自分の息の掛かったメンバーで側近を固め、さらに現場のマネジャーの殆ども今回の人事でそうした。目の上のタンコブだった、元の会社から先に来ていた年上の支店長もラインから葬った。ま、彼はそうされても仕方のない人物だったけど。

そして最終的にNさんがダメ出ししたメンバーの多くを、かつて自分の管轄だった専門領域部門へ受けさせるという形を取ったのである。そこのトップは元自分の部下だったから、さぞや話はカンタンだったろう。おかげで私は、怒りこそあれモチベーション最悪の元マネジャーを中心とした新メンバーおよそ10名に製品研修をしなくてはならなくなったのである。

こんな形での異動や研修なんて、まったくお互いに理不尽この上ないよな。




破壊と汚染

一度は退陣を口にしながら、今もってその時期をはぐらかす。いや、なお居座ろうとあれこれ弄する総理大臣。

そんな愚にもつかぬ政局に振り回される永田町。被災地から離れているのは単に地理的な距離だけではない。常日頃、国民と共にあると公言して憚らぬ政治家連中の目や心までもが、被災地から遥かに遠のいた感じがしないだろうか。

ならばいっそ、AKB48の総選挙で上位に入った6人の顔のパーツを組み合わせたCGの新人「江口愛美」のように、政治家それぞれの長所を合わせて「バーチャル総理」でも作った方がよっぽどマシかもしれない。もっとも、こちらの総選挙はいつになるやらさっぱり分からないけど。

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震災から100日を超えた。復興、復興との掛け声が連日マスコミからも流れている。

一口に被災地と言っても、片や地震と津波ですべてを破壊され、残されたのは膨大なヘドロとガレキという地域。片や地震を免れたとしても原発事故による放射能汚染を受け、いつ戻れるかも分からぬ避難を余儀なくされた地域。

どちらの被害がより重く深刻かという議論は意味がないものの、とある日、ふとそれが話題になった折にカミさん曰く「そりゃ放射能汚染地域の方がより大変よ」「ヘドロとガレキはいずれは取り除けるし、少なくともいつでも人が入って活動できるじゃない」「汚染地域は、もしもこのまま帰れないなんて事態にでもなったら、復興も何もないでしょう」

もし今の私の環境で、この2つの被害を受けたとしたらと想像してみる。

ローンを抱えた家がガレキと化した喪失感に加え、残った土地にさらなる大借金を背負って家を建てる気力と余裕なんて到底持てないだろう。二重三重ローンがその最大の理由だが、現にそれが今、被災地で大きな問題になっている。建てようにもヘドロとガレキの撤去、復興プランに基づく建築許可という問題も横たわっている。自宅だけではなく、船や会社も破壊されていては今後の収入の見通しすら立たない。

自宅は無事そこにある。町もそのまま変わってはいない。だが人は誰もいない。これが放射能汚染を受けて住民が避難した地域の風景だ。自分の家で生活をするどころか、立ち入りさえもできない。避難先ではまったく別の生活を一からやり直さなければならないのだ。無傷の自宅がそこにありながら。

放射能汚染が悲惨なのは、地震や津波、洪水などの天災と違って被害状況が目に見えないという点だ。だから一見しただけでは、これが被害なのだと理解できないのである。感覚的に受け入れられないのだ。そして大抵の場合、天災の場合よりもその状態がずっと長く続くのはチェルノブイリやスリーマイル島で実証済みだ。

人は未来があると思えばこそ希望を持てるのであって、先の見えない希望なぞ持てるものではあるまい。

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野党のみならず与党からも早期退陣を求められた総理大臣は、今度は「再生エネルギー特別措置法案」の成立を退陣の条件に加えたという。政府も政府で、海江田経産相がこの期に及んで伊方原発や玄海原発、川内原発などの再開を首長に要請したという。

現在、福島第一・第二原発が停止している中でも東京の電力の需給バランスは十分保たれている。このままなら、夏が来ても突然の停電に陥る危険はそれほど大きくはないと言える状況だろう。つまり、東京へ電力を供給している主要2ヶ所の原発が作動しなくてもやっていけるという事に他ならないじゃないか。

被災地への援助に関する法案成立を急ぐのならいざ知らず、今後のエネルギー問題は必ずしも危急の課題とは言えないだろう。それが菅総理のライフワークだろうが何だろうが知ったこっちゃないわ!

退陣の花道とやらが欲しいのなら、早急に被災者の援助と被災地の復興の道を示せ。たとえそれが置き土産でもいい、そうしたら国民は拍手を送るだろう。せめて最後は少しばかりの拍手くらい受けて去ってくれ。






震災3ヶ月と反原発デモ

東日本大震災から今日で3ヶ月。「人のウワサも75日」ではないけれども、ともすれば震災当初に受けたインパクトが知らぬ間に薄れ始めてはいないだろうか?

地震発生時刻の午後2時46分には被災地で黙祷が捧げられたとTVが伝えていた。だが、祈る姿のその向うの景色は、3ヶ月前とさほど変わっておらず、津波がさらって行った跡の荒涼たる平地が無残に広がっているままだった。

ヘドロの撤去やガレキの捜索も遅々として進んでいないようだ。死者は1万5千人以上、行方不明者も8千人以上、今も9万人以上が避難生活を強いられているのである。漁港には魚が腐敗臭を放っているし、この季節はハエや蚊が大量に発生して来るので、感染症の蔓延が心配される。田畑の塩害も数年は回復しないだろう。それどころか住人のライフラインすら復旧していない有り様である。

やっと供給され始めた仮設住宅に避難所から移った人は原則自立と見なされ、避難所のような食料などの配給は受けられない。だから仮設住宅に当選しても入居できない本末転倒に陥ってしまった人もいる。配給を行なって来た地域も今日で終了するという。

そんな仮設住宅の住人の声が画面から伝わって来る。

食料はもちろん、食器や日用品が足りない、収納棚が少ない、配線やコンセントが壁の上を這っているので危ない、網戸が欲しいなど、一見すると仮設住宅といえども入れるだけマシだろうにと思われがちだが、その声を誰が責められようか。

支援物資の受付が終わり始めている一方で、2000億円を上回る義援金はまだ10数%しか被災者に渡っていないという。当初は現物支給が必要だが、やっぱり最後は賞味期限のない金銭がモノを言う。公平うんぬんよりもスピード重視で被災者へ届けなければ、募金した人々の思いが空振りに終わりかねない。

被災後100日近く経ってもこんな生活しか提供されないとしたら、被災者のこの国に対する失望感はいかばかりだろうか。圧倒的な絶望に襲われた人々にとって、先の見えない希望を持てと言われる事ほど辛いものはない。

ところが永田町では、菅総理の退陣時期を巡って相も変わらず政局真っ最中の様相だ。爆笑問題の太田光じゃないけれど、いっそ国会を被災地に移してみろと言いたい。少なくとも復興構想会議あたりは被災地で行なったらいい。ついでに東電と原子力保安院は福島へ行け。

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一向に進まないのは原発事故処理も同じだ。今や福島県に限らず広い地域で放射能汚染が確認されている。その地域は東京や神奈川までに及んでいる。内部被曝防止のために遠隔地移住を本気で考える人も出始めているし、二度と故郷には戻れないだろうと悲しい覚悟を決めざるを得ない人もいる。

原発反対100万人デモが全国各地で実施されたという。

きっかけは反原発派のいわゆる左派プロ市民の連中かもしれないが、参加者が若者が多くを占めているというのがこれまでと違うとニュースは伝えている。レポーターは、政治に無関心と言われている層が行動している事が、今後の新しい潮流となるかもしれないと言うが、その見方はまだ早計だろう。

今回のデモ行動への彼らの瞬発力は近年見られなかっただけに大いに買うが、持続力については懐疑的だ。原発の是非が十分議論されないうちのデモは、いっときの熱がそうさせたに過ぎないかもしれないからである。感情の昂ぶりだけではなく冷静な分析も求められる。結論までには時間が必要だ。

電気に頼り切っている生活を、果たして彼らは原発以外の発電による供給量で済むように変えられるのか? ソーラーパネルやLED電球を自宅に設置するのか? 自家用車を止められるのか? そして高くなった電気代を未来永劫払い続ける覚悟があるのか?

情けない事に、私はまだその覚悟を明らかに出来ないでいる。




大山鳴動して・・・

「(不信任案に)賛成しか選択肢はない」
「変わりありません。全ては国民のため」
「一致団結して行動(反対)してほしい」

昨夜、今朝、そして昼。これが仮にも日本国総理大臣を務めた政治家のわずか半日間に発言されたセリフである。常人には俄かに信じがたい事だが、発言の主が言わずと知れた「宇宙人」鳩山由紀夫氏であればむべなるかな、だ。

民主党代議士会の直前に彼は菅首相と会談し、辞任時期を復興基本法案の成立、第2次補正予算案の編成というタイミングについて「菅首相と鳩山で合意した」と明らかにした。党内が結束して内閣不信任案否決に向けて行動するよう呼び掛けたのはその直後だった。

思い起こせば1年前の6月2日、小沢幹事長を道連れに普天間問題などで辞意を表明した彼は「首相経験者が後々まで影響力を及ぼしてはならない」と議員辞職の構えだったものの、舌の根が乾かぬうちに翻意。9月の民主党代表選では、前の日まで菅代表支持を公言していたと思いきや、一夜にして「小沢さんのおかげで総理大臣にまで導いていただいた。小沢さんには大義がある」などと、一転、小沢支持に回った。

死んだフリでも死んでてもどっちでもいいこんな人物が、政局をいいことに突然ゴソゴソ動き始めて党内を振り回す。もはや優柔不断だとか3歩歩けば忘れる鶏だとかいうよりも、全く先が見えていないアフォそのものである。すでに老醜政治家と断じてもよかろうよ。

一方で、弟の鳩山邦夫氏が新党改革の舛添要一代表と会談し、不信任案に賛成する小沢氏や鳩山由紀夫氏と連携して新党を結成する考えを伝え、舛添氏にも、党幹部として参加してほしいと打診したという。兄が一夜で翻意してしまった今となっては、弟はピエロそのものだ。ホント、この兄弟はやることなすこと…。

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で、不信任案の採決。結果は賛成152票、反対293票(過半数223票)の圧倒的大差で否決された。

首相が一定のメドがついた時点での退陣を表明した事を受け、鳩山氏同様に小沢氏が「首相から今までなかった発言を引き出したのだから、自主的判断でいい」と不信任案に賛成しないよう呼びかけたため、大量造反はなかった。ただ、こちらも翻意した原口一博氏らが投票直前まで説得を試みたものの、松木謙公氏は賛成票を投じた。小沢氏は何と本会議を欠席した!

結局、これはデキレースだったのか、単なる茶番劇だったのか?

いずれにせよ、鳩山、小沢両氏のドタン場の「大人の対応」によって沈没したのは「怪気炎だけで空振り三振」の谷垣氏、「出番を間違えたホワイトナイト」の鳩山弟、「ひとり加藤の乱」の松木氏だった。特に松木氏は、親分は自主判断と言い残して欠席、反対票に回った仲間が止めるのも聞かずに賛成票を投じたのは、大人になり切れない意地の為せるワザだったか。まあ、まったく同情には値しないわな。こんなの一世一代男を賭ける場面なんかじゃない。

さて、早くも「一定のメド」とは何を指し、いつの事なのかと党内外で紛糾し始めているらしい。岡田幹事長は、造反・欠席者に除籍・党員資格停止(党員資格停止中の小沢氏は除籍)などの処分を下すと言ったが、日教組出身で小沢グループの輿石氏は猛反対だと。政党としてのケジメもつけられないのか?

せっかく否決を勝ち取った菅内閣も、ここで小沢氏の息の根を止めておかなければ、またぞろ後ろから切りつけられかねないだろうし、行く手には震災復興、原発処理、エコ問題、普天間問題などの難題山積で、こちらは今度こそ国民に認められるスピードで成果を見せなければならない。

これぞ前門の虎、後門の狼。

もっとも、それ以前に辞任を自ら口にした「死に体総理」を誰がマトモに相手にするというのか? 

「いや~ん、バ菅」なんて言ってる場合じゃないよな。





やっと当たり前の判決が

「卒業式で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱するよう教師に命じた校長の職務命令は憲法に違反しない」と初めて最高裁が結論付けた。原告は、定年後の再雇用を都から拒否された都立高校の元教師で、その損害賠償を求めた訴訟の上告審判決だった。

元教師は「君が代を起立して斉唱する事は(教え子の在日朝鮮人や中国人に対して)良心が許さない」と訴えていた。したがって校長の職務命令は思想・良心の自由を保障した憲法に違反すると主張していたのである。

この判決について、新聞各社は記事や社説などで取り上げていた。最高裁判決に肯定的な論調は読売と産経で、朝日、毎日、東京は原告寄りか中立的論調だった。さもありなん。

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…国旗・国歌については、おおらかに考えてもいいのではないか。不起立を貫く教員は、東京ではいまや少数者である。昨年度の卒業式で処分を受けたのは、6人に過ぎない。サッカーの国際試合やオリンピックなどで、大勢の国民が日の丸を振りつつ、君が代を口ずさむのは、決して誰かに強制されたものではないはずだ。(東京新聞)

サッカーやオリンピックで日の丸や君が代に沸くのは、必ずしも選手や観衆の愛国心の発露というわけではなく、むしろゲームやイベントを盛り上げるツールの一つと捉えているのではと思う。あるいは、選手が国の代表という事に対するリスペクトに通じる表現かもしれない。それを強制かどうかと比較したところで始まるまい。

だけど、その根底には日本国=日の丸&君が代という認識がなければならず、それは幼い時からの教育によって醸成されるものだ。だから教師によってブレない一貫した教育が必要なのである。


…1999年に国旗・国歌法が成立した際、過去の歴史に配慮して国旗・国歌の尊重を義務づける規定は盛り込まれなかった。教育現場の自治や裁量に委ねることが本来、望ましい姿ではないか。(毎日新聞)

教育現場の自治や裁量に大いに疑問符が付いた日教組という組織を忘れてはならない。学校組織に反体制などという政治的思想を持ち込み、要求貫徹のためならストすら辞さずという姿勢こそ教育者としてあるまじき行為ではなかったのか。責任の伴わない自由を認めてしまっては、望ましい姿なぞ永遠に絵に描いた餅となろう。


…手放し、無条件の合憲判断ではないことに留意しよう。教育行政に携わる人、そして起立条例案の採決が迫る大阪府議会の関係者は、判決の趣旨をしっかり理解してほしい。一方で、最高裁の姿勢には疑念と失望を禁じ得ない。多数者の意向や勢いに流されず、少数者を保護する。それが司法の大切な使命だ。(朝日新聞)

朝日はいつまで亡国論を主張するのだろうか。少数者を保護するのは政治や行政の仕事である。裁判所が少数者を保護するあまり判決を曲げてしまうことなど許されるはずがない。その実、朝日の論調の本音は、自分達の左派的思想信条を否定されたようなこの判決を、一見公正中立に聞こえる言葉にまみれさせることによって相対化してしまいたいのである。相変わらず姑息な手だ。


…妥当な判断である。判決が指摘するように、公立学校の教師は本来、「法令や職務命令に従わなければならない」ことを自覚すべきだろう。自国、他国の国旗・国歌に敬意を表すのは国際的な常識、マナーである。そのことを自然な形で子供たちに教える教育現場にしなければならない。この判決を機に、教育現場で長く続いている国旗・国歌を巡る処分や訴訟などの混乱に終止符を打つべきだ。(読売新聞)

国民に対する教育の権限は国にあるが、それがどこから見ても公正で中立などと言える国などどこにもない。だが、国公立校でその教育の実務を担っているのは公務員である教師だ。だから教師は国の行政機関の一員として、国の定めた学習指導要領に基づいて教育する義務があるのは至極当然のことである。

その学習指導要領が「国旗掲揚と国歌斉唱は入学式や卒業式で指導するものとする」と定めているにも関わらず、一部の教師がこれらを拒否してきた経緯がある。いい加減に「個」の執着から「公」の遂行へ精神を脱皮させよ!


…東京だけでも国旗・国歌をめぐる同様の訴訟が24件も起きている。750人近い教職員がその当事者となっているというから、驚きである。自分の思想信条と合わない職務命令には従いたくない。聞こえはいいかもしれないが、普通の企業や組織ではそれは「わがまま」という。(産経新聞)

たとえば、私は会社のマークや社歌を歌うことに良心が許さない、などと公言し拒否しようものならクビは当然だろう。それほど個人の思想信条に殉じたいのであれば、少なくとも公立校の教師という職業を選択するべきではない。それが登場して来ない世界に行くか、主張したければ講演や文筆など別の表現方法を選択すれば良いのである。

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生徒自らが望んだ私立校ならいざ知らず、誰もが選択でき、我々の税金によって運営される公立校という場で、教師の個人的な思想信条を押しつけられたらたまったものではない。個人的な思想信条とは、人が成長する過程で自ら学んだり経験した中で培われるものであって、その是非の判断すらあやふやな年代に一方的に刷り込まれるものではない。

もし私の子供が国旗、国歌を蔑視したり敬意を払わぬような教師の態度を見せられたり教えを受けたりしたとしたら、決して国粋主義者などではない私なのだが、それでも親という立場から断じて看過することはできない。






ばいばいキャンディーズ

元キャンディーズで女優のスーちゃんこと田中好子さんが逝ってしまった。結婚の翌年、30代での乳がんの発症から20年近く再発と治療との戦いの末、55歳で力尽きた。心からご冥福をお祈りしたい。

言うまでもなくキャンディーズは、青春真っ盛りの私の高校時代にデビューした。それはアイドルという存在が当たり前だった時代、彼女ら3人組は爽やかな風のように登場した。今でこそ「ラン、スー、ミキ」の順に呼ばれるが、デビューから4曲目まではスーちゃんがセンターだったから「スー、ラン、ミキ」が元祖の呼び順である。初めて見た時からスーちゃんが一番好きだった。

アイドルと言えば、現在ではAKB48あたりを指すだろうが、オタク相手のマーケットから発生したAKB48とスクールメイツ出身のキャンディーズとはカラーが違う。AKB48のメンバーの殆どを知らない人は多いが、キャンディーズは老若男女すべてにファン層があった。この時代を席巻していたベストテン番組やドリフターズの「8時だョ!全員集合」などに出演し、歌に踊りにタンブリングにと文字通りお茶の間の期待にしっかり応えていた。

彼女らが大活躍した70年代は、一方で喪失の時代でもあった。海外ではビートルズやサイモン&ガーファンクル、国内ではかぐや姫やグレープなどのフォークグループがこの年代に解散していった。大きなものが誕生する時には物心が付いておらず、ようやくそれらと巡り合って好きになった頃にいなくなってしまう。我々のジェネレーションはそんな「喪失の世代」だと思っている。

だから、デビューから解散コンサートまで足掛け5年程度だったものの、誕生から解散までの全てを同世代の人間としてリアルタイムに見て来られたというのは貴重だった。数あるキャンディーズの歌の中で、私が一番スキだったのは「アン・ドゥ・トロワ」である。曲より歌詞が多い「字余りフォーク」の吉田拓郎によるバラード調のこの曲が、彼女らをアイドル歌手からアダルトな雰囲気のグループに脱皮させたような気がした。

「普通の女の子に戻りたいんです!」というセリフは、「本当に私たちは幸せでした!」と共に今も語り継がれている。

と言いつつ、何だかんだで芸能界に復帰したのは「おいおい、そりゃ普通の女の子じゃないだろが」とツッコミたくもなったが、ピンクレディーなどのように再結成に走らなかったのは実に潔いと思う。女優としてのスーちゃんは、決して歌唱力が優れていたわけじゃなかったキャンディーズの時よりも存在感があったように感じた。特に、大人の女役だったランちゃんに比べ母親役のスーちゃんは、より適役で板に付いていたように思われた。

それは彼女の本来の性格に拠るところももちろんだろうが、静かに乳がんと闘い続けて来た強さに拠るところでもあったに違いない。それらは彼女の演じる母の愛と強さに繋がっていたはずだ。

キャンディーズを揃って見る事は事実上かなわなくなってしまった。この話を会社でしても、若い連中には全然通じなくなってしまった時の流れにも寂しさを覚える。過去の歴史と片付けてしまうにはいかにも早過ぎるだろう。

スーちゃんが愛くるしい笑顔で歌ったあの顔、演技で見せた強さを秘めた女のあの目、きっといつまでも忘れない。 合掌






選択肢が、ない!

この歳にもなると、朝は結構早く目覚める。今日も目覚めたベッドの上でだけれどもフジTV「新報道2001」を観た。

都知事選に立候補した4人の候補者を集め、東京の危機管理を中心に討論するという企画だ。討論番組は結構だが、いかんせん民放では時間の制限が特にキツいため、決まって最後は消化不良で終わる。それでも現職を含めた有力候補者が一堂に会するのは初めてだろうから、それぞれの主張を興味深く見つめていた。

現職顔負けの露骨な後出しジャンケンを弄したヒガシ。

その語り口はエモーショナル度No1。人の気付かない訴求ポイントを持っていて、熱を帯びた思いも感じさせる。だが、彼は骨を埋めるとまで言った宮崎県知事時代に自民党総裁選に色気を見せ、挙句にわずか一期で辞めての今回の転進である。野心は結構だが、上げ潮と見れば後ろを省みずに乗っかってしまう姿勢に疑問が湧く。

マスコミを使った広告塔の時はそれなりに成果も挙がったが、あくまでそれは平時の場合だ。鳥インフルエンザや口蹄疫などの非常時では決断が遅れたり情に流されたりで、お世辞にも為政者としてリーダーシップを発揮したとは言えない。宮崎よりも遥かに巨大な東京が非常時に陥った時、果たして彼に任せられるだろうか。

経営者のみならず教育者の顔を持つワタミ。

言葉のアタリは柔らかく、政治家に欠如しがちな経営感覚を都政に持ち込み、経済で都政を建て直すという主張は新鮮だ。だが、見えるのは経営者の視点のみで、政治的感覚については未知数だ。居酒屋というごく限られた分野の経営と時に国内外まで波及する都政とは、その規模も難易度もケタ違いである。

経営者というのは独断専行に陥りやすい面もあるし、逆に協調路線を前面に出せば手練手管に長けた議会や役人の言いなりになりかねない。就任しばらくは何も出来ないか、早々と議会と対立するか。そのさじ加減を間違うと、この人の行く末は、あの阿久根市の竹原信一氏か青島幸男氏だろう。

ついに共産党の仮面を脱ぎ捨てたコイケ。

姑息な策を弄する事もなく、いち早く立候補を表明したその心意気やよし。カネや利権にまみれていないクリーンさも好印象だ。だが、いくら無所属だと言い張っても、筋金入りの共産党員という認識は払拭できない。共産党のイメージは、庶民の味方と言いつつ所詮は実現不可能な理想論で権力に反対するだけの政党というものだろう。

かつて美濃部亮吉氏という、マルクス主義者の革新系知事が誕生した東京。その功罪を知る世代も少なくなって来ている今、都民は現職と候補者の中で最も異なる路線を主張するこの人に何を感じるだろうか。有権者は、少なくとも思わぬ方向への政策転換、もしくはお題目だけで何も実現しないというリスクを覚悟した上で選択すべきである。

後継候補のハシゴさえ外した究極の後だし立候補の現職イシハラ。

こんな後出しジャンケンもあったのか。不出馬をにおわせ、自身の後継と認めて立候補させた松沢神奈川県知事をドタン場で引っ込めての立候補。引っ込んだ松沢氏も松沢氏だが、ハシゴを外され今さら神奈川に戻る事もできないから、おおかた副知事指名の密約でも交わしたか。開いた口が塞がらないとはこの事である。

それより何より、この人は作家でありながら使う言葉の無頓着さが聞き捨てならないのだ。最近も東日本大震災を「天罰だ」と言ってみたり、わざわざ福島県に行って「原発推進だ」と言ってみたり。時に威力を発揮する硬派のリーダーシップというイメージを凌駕するような情のなさ。いかなる意図があったにせよ、これは許せない。

新銀行東京の大赤字、五輪招致の杜撰、築地市場移転の強行、スーパー堤防構想の荒唐無稽、おまけにファミリーへの利益誘導疑惑などなど、検証すべき事テンコ盛りなのに、それらは彼の再選によって葬られてしまうだろう。

なのに、討論を聞いていると、他の候補者が都政を批判するたびに「それはもうやってる」「あなたが知らないだけだ」などと言えてしまうのは、まさに現職の強みだ。そこに彼独特のウラ話を被せると妙に説得力を持って来る。結果、やりとりをすればするほど彼がクローズアップされる事になるのである。

現職に不満を持つ有権者はいつになく多い。だが他の候補者の決定力不足も否めない。このまま世論調査の通りに現職が4期目再選するのか、させていいのか? ならは誰を? 正直、私には選択肢が浮かばないのだ。

一週間後の都民の選択は、果てしなく難しく厳しい。





一週間。そして・・・

会社の物資運搬バスは今夜、社員から提供された大量の物資を積んで山形を経由して仙台へと旅立つ。

今回を第一次として今後毎週末出発し、これを当面1ヶ月続けるという。ウチの部署からは私を含め4名が志願したらしいが、やっぱり体力の自信が無く重量級で大食いで燃費の悪いOYAJIの年代は選抜から漏れた。選ばれた同僚の(グータラじゃない方の)K君は30代前半の若さバリバリ、ぜひ我らの代表として古代進ばりに頑張って来て欲しい。

・・・・・・・

石原慎太郎都知事、「津波は天罰」発言。
いかなる意図があろうとも使っていい言葉と悪い言葉の分別すら出来ずに、何が作家だ! 笑わせるな! さらに市民を守るべき政治家としても失格である。彼はまたも後出しジャンケンで都知事選立候補を表明したようだが、私は彼を絶対に認めない。優れたリーダーは、その懐に必ず情を備えている。傲慢とは全く別のものだ。

渡辺恒雄球団会長、セ・リーグ開幕を強行。
ここにも老害が。パ・リーグは4月に開幕延期を決定したのにセ・リーグはナベツネ巨人が中心となって25日開幕をゴリ押し。コミッショナーも「この困難な状況でこそ、真剣勝負を見せる事がプロ野球の社会的責務」とのたまった。その代償は東京ドームなどで消費される数千世帯分の電力と万単位の人の移動である。見えるのは、状況判断力を失った大人たちの「金儲け」に「ご都合主義」。巨人ファンよ、やめるのは今だ。

仙谷由人代表代行、官房副長官で閣僚復帰。
今、被災地支援活動や原発事故処理などに全力で任務に取り組んでいる自衛隊を、事もあろうに「暴力装置」と言い放った人物。そしてそんな彼を再起用した首相の無責任さも相俟って看過できない事態となっている。その彼に統制される事になった自衛隊員のモチベーション低下を憂う。アンタはあくまで官房長官の部下なんだから余計な言動は謹んでスッコんでろ。

・・・・・・・

これから被災地に押し寄せるであろうボランティア志望へ。

阪神淡路大震災の時にも現れた、一時の感情だけで動く自分探しの連中。ボランティアとしての心構えも技術も持たず、もちろん訓練も受けていない。でも人から感謝される心地良さは欲しい。被災地で固まってお互いを確かめ合うばかりで、汚れる仕事は理由を付けてやりたがらない。中にはボランティアは衣食住が完備されているとカン違いし、被災者が受けるべき食料や住居スペースを浸食する。

被災地へ入るのなら自分で自分の生活の確保をするのはもちろん、現場の指揮下に完全に入り、「個」を捨てて被災者のために「公」に徹する覚悟が必須である。それが出来なければ来るべきではない。呼ばれもしないのに押しかける事があってはならない。結局ジャマな存在だけ、粗大ゴミより始末に悪い。

被災地の留守宅に侵入して金品を盗んで行く輩がいる。

目撃証言によれば、現地に住んで働いていた外国人がやっているという。打ち上げられた遺体からも平気で金品を奪って行くとも。ここまでやる輩は少なくとも日本人であって欲しくはないし、誰であっても信じたくはない。植え込まれた民族性より本来の人間性で生きる方が美しいはずだ。

・・・・・・・

地震発生から1週間。死亡者数はついに阪神淡路大震災を超えた。

被災地でない場所ではあっという間の時間かもしれない。しかし被災地では永遠に続く苦難の時間に思えた事だろう。何とか希望を持とうと思っても、目を開けばそこに横たわる圧倒的な絶望の風景。それでも生を永らえた者は前を見て進むしかない。これまでも我々の先達は手を携えながらそうして来た。

それこそが日本人の強さと誇りだと信じたい。たとえ今は無理にでもそう思い込むしかないかもしれないけれど。





勇気凛々、志願する

本日は、福島の原発事故による放射能漏洩のため自宅待機の指示。三たび自宅に篭っている。

今週の月曜から発せられた自宅待機指示は、会社のオフィシャルメールからのものだったため、比較的会社に近いにも関わらず私は律儀にも自宅にいた。指示に反して不用意に動き、万一アクシデントに巻き込まれでもしたら服務規程違反にもなりかねないからである。本当は長期戦に備えて会社PCや資料などを取りに行きたかったけど。

昨日、前夜にベッドサイドにケータイを持って行き、朝になってうっかり置きっぱなしで階下にいたところ、そんな時に限って間が悪く部長殿から電話が入ったらしい。それに気付いたのは昼下がりで、あわてて留守電メッセージ通りコールバックした。

すると、なぜ会社に近い私が出社して来ないのだろうと、出社していたマネジャーと話していたと言うではないか。当然、他の社員も指示通り自宅待機しているものと思っていたのだが、実際はそうでもなくパラパラと出社していたらしい。上記の待機理由を述べたところ、まぁそれは原則そうなんだけど・・・と、何か奥歯にモノが挟まったようなセリフ。出社するのはちっともやぶさかじゃないので、じゃあ今から行きますと言うと、会社は午前中でクローズし自分も帰宅したと。

私は会社のPCを持って帰っていなかったのでセコムメールしか受信できなかったのだが、自宅PCやスマートフォンで受信できる方法があると言うので設定したところ、部署のメンバーに宛てたメールには、電話に即応するのも業務だと書いてあった。これってオレの事かい?

休日に自宅で会社のメールを受ける事は無く、その必要がある場合には会社PCを持ち帰っていた私には、もともと自宅PCで会社メールを受ける設定などしていかったのだが、彼にはそれが不可解らしかった。ケータイは個人所有だし、必要ならいつでも用件を留守電に入れてくれと私は普段から公言している。即応が義務なら会社ケータイを所持させるか連絡網にある自宅固定電話に連絡すれば良いと思うが。

・・・・・・・

何か悪い事でもしてしまったような後味の悪さを抱えながらメールチェックをしていると、被災地の社員へ緊急物資を届けるドライバーを募集しているというメールがあった。現在物資を手配中で、到着次第、燃費の良いプリウスのリースカーで出発予定だという。

「体力に自信がある者の志願制」とあったが、体力は別としても、北関東や東北地方はこれまで温泉ドライブ旅行などでさんざん楽しませてもらったエリアだ。チンタラドライバーでも今こそお役に立てる時ではないか! 仙台の支店まではおよそ350km強、東京~名古屋とほぼ同じくらいの距離だ。たとえ高速が使えなくても遠い距離ではない。

さっそく志願したのは言うまでもない。どうやら同じ部署で志願した社員は12名いたらしい。他部署でも多くの手が挙がっているので最終的に私が選ばれるかどうかは分からないが、万一の時のための携帯食料も買い込み、いつでも出発する準備は出来ている。

待っている人に必要なモノを届けに行く・・・まるでヤマトみたいじゃないか。

・・・・・・・

先ほど追加メールが届いた。プリウスでの運搬から大型バスに変更して週末に出発するようだ。計画変更に伴って、改めてより広い部署からの志願を募るそうで、もちろんその際にも志願するつもりでいる。

TVでは、避難場所に入ったレポーターを通して、直接被災者から必要な物資や消息不明の親戚・知人などへの訴えが口々に流されている。マスコミが入れるという事は、そこまでの道路はほぼ通行可能と思われるので、一刻も早く物資を届けて欲しいと願う。

同時に消息不明の理由、その相手がアクセスできない明と暗、2つの理由に思いを馳せる。






本当のコト

昨夜もセコム安否確認サービスのメール経由で、引き続き自宅待機という会社からの指示が届いたため、依然自宅篭り中。

TVでは、水が引いている被災現場を昨日あたりからリポーターが歩きながら、その現状を伝えていた。ヘリや高台からではなく、ヒトの目の高さで見る被災現場は、破壊された家や流れ着いたガレキなどの大きさがリアルに伝わってくる。その広さと量の多さに復旧の希望すら抱けず、被災者は二度目の絶望感に襲われるに違いない。

これはまさに原爆を落とされた広島・長崎、戦争や大空襲を受けた下町の惨状と同じと言っていい。違いは、多くの人々の命を奪ったのが熱線と衝撃波、火災などだったか、津波という水だったかの差でしかない。

連日、死亡者の数が上積みされていく。ひとまとめの数字にされて語られる死には、その一つ一つに人生や人々との繋がりの歴史が確実にあったのである。一人の死は決してその人一人だけのものではない。生きている我々は、せめてそういう想像力を働かせてあげようではないか。

・・・・・・・

福島第一原発は1号機に続いて3号機でも水素爆発が起きて建屋の外壁が吹き飛んだ。さらに2号機では、海水注入のためのポンプ車の燃料が切れるという人為的なミスによって燃料棒(炉心)がすべてむき出しになり、内部で爆発が起こったという。これは1号機や3号機とは明らかに深刻度の異なるアクシデントである。

避難距離も最悪の事態を想定して半径10kmだったはずが20kmになり、今は半径30kmで屋内避難に拡大されているのが証左だ。また4号機にも一時火災が生じたらしい。

ところが枝野官房長官や東京電力などの会見では、ハッキリとした事実関係はもとより、それによって起こり得る結果についての言及がいかにも弱い。すぐに小難しい用語や数字を並べ立て、その影響の低さばかりが先行し危機感も薄く、何より結論を明確に言おうとしない。

報告は、まず結論から言えというのはビジネスのイロハだ。それを知らない彼らではなかろう。

素人目に見ても、あれだけ海水を注入し続けているはずなのに、なぜ燃料棒が水没しないのか? 一部は水蒸気になるとしても、水蒸気は炉内の圧力を抑えるために外気に逃がしているという。それでも十分に水位が上げられないという事は、注入した海水がどこかへ漏れているという事ではないのか?

注入しているのが炉心部であるなら、漏洩している海水には当然放射能が含まれているはずである。漏洩していないとすれば、逆に注入できていないという事になる。この部分をTVの専門家と称する連中やマスコミはなぜ取り上げないのだろうか?

国家は国民への情報を統制しているというのは、あながち一部の世界の話じゃないというのを肌で感じる。いやむしろ、そうある事こそ国家としては当たり前の事なのだろう。私はあまりに性善説に過ぎたようだ。

・・・・・・・

でもね。

この記事(読売新聞 3月15日02時49分、一部割愛)は何よ?

◆どなる首相◆
首相官邸の危機対応のほころびは、地震から一夜明けた12日午後、福島第一原発1号機で起きた水素爆発であらわになった。放射能漏れの可能性があり、国民への一刻も早い周知が求められたにも関わらず、菅首相は東電の技術者を官邸に呼びつけると、どなり散らしたという。

「これから記者会見なのに、これじゃあ説明出来ないじゃないか!」

TVは骨組みだけになった1号機の建屋から煙が勢いよく噴き出す生々しい光景を映し、爆発が起きた事は明らかだった。だが、東電の説明に納得がいかない首相は、爆発直後の午後4時に設定していた記者会見の延期を宣言。

結局、首相が記者団の前に姿を現したのは、爆発から約5時間が経った午後8時半。「20km圏の皆さんに退避をお願いする」と述べたが、すでに官邸ホームページなどで公表済みだった。「首相が東電の技術者を事あるごとに官邸に呼びつけてどなるので現場対応の邪魔になっている」政府関係者は嘆いた。

◆政治ショー◆
計画停電の実施は当初、13日午後6時半から東電社長が発表する予定だったが延期された。「まず首相が国民に直接呼びかけたい」との首相周辺の意向が伝えられたからだ。

首相官邸の記者会見室では、首相が「国民に不便をかける苦渋の決断」と計画停電の実施を発表したのに続き、枝野長官、海江田経済産業相、蓮舫節電啓発相が次々と登壇し国民に節電を訴えた。しかし、記者団から停電開始時間を問われると、蓮舫氏は陪席していた東電幹部に向かって「答えられます?」と回答を促した。

こうした「政治ショー」が終わるのを待って東電が行なった発表は、結局午後8時20分となり、スーパーや鉄道各社など多くの関係者は、対応に十分な時間がとれなくなった。

◆一夜で決行◆
今回の大地震対応では、第一次石油危機時の1974年1月半ばから2月末まで実施した大口利用者の電力カット15%をはるかに上回る25%カットを目指している。電力会社だけでなく、鉄道や病院関係など官民の枠を超えた複雑な調整が必要だったにも関わらず、政府内では精緻な議論もなく停電は決定からわずか一夜で決行された。

こうした中、政府が本格的な復興計画作りに着手した形跡はない。

政府は14日の持ち回り閣議で、被災地向け食料などの支援に2010年度予備費から302億円を支出する事を決めた。だが、1995年の阪神大震災で組んだ補正予算は総額約3.2兆円。与党内では「どう見ても阪神大震災の2倍はかかる。10兆円でも足りるかどうか」との指摘が出ている。

・・・・・・・

これが事実だとすれば、情報統制以前に、アンタらの人間性の方が大問題でしょ?

イラ管にウドの大木の海江田、上から目線の連舫と、未曾有の非常事態にこれかい?

おまけに支援費302億円って!? 仮にも国家予算の支出だよな? 

状況判断力と想像力が欠如した似非リーダーが、国民をどんな事態に貶めていくかを良~く見ておこうじゃないか。

売国外交バージョンと自爆閣僚バージョンに続き、大災害他人事バージョンと、呆れたショータイムは続く。





自宅待機

節電の一環で、今朝から首都近郊の電車が部分運休したり大幅な間引き運転をしている。そのアオリで会社から自宅待機の指示が出され、ただいま自宅に篭り中である。

今日は暖かいのでエアコンはつけずに節電に協力し、交通情報や輪番停電情報などを得ようとニュースを見ている。部分運休や間引き運転は都心から離れた地域ほど実施されていて、都内のJR、私鉄、地下鉄はほぼ平常通りのようだが、通勤客で駅は大混雑している。遠距離路線は時間帯によって全面運休となるため、遠距離通勤者は都内に来れても帰宅時間帯に動いてないという事も考えられる。再び帰宅難民となる恐れもある。

輪番停電の実施地域も、都内に限っても23区外の市町村から5グループに分けてリストアップされており、23区内ではなぜか荒川区のみが挙がっていた。今日になって掲載された23区も下町エリアや住宅地エリアのごく一部だけである。

停電は3時間程度と言うが、その間、暖房や冷蔵庫のみならずIHコンロや給水ポンプも動かず、飲料水や煮炊き、風呂などもアウトである。幸い、ウチのエリアは今のところ停電リストに入ってはいないが、輪番と言うなら電気消費量の多い23区のエリアも入れるべきじゃないか。

・・・・・・・

地震の規模がM8.8からM9.0に修正されたそうだ。

TVではマグニチュードが0.2上がると2倍の強さだとか世界第4位だとか言っているが、そんな事は研究者サイドの話であって被災者にとってはどうでもいい事だ。地震の名称もいつしか「東北地方太平洋沖地震」から「東日本大震災」という呼び名に変わっている。それも被災地外の外野サイドの話で、被災者には何の足しにもならない。

心の消失はすぐには埋められないけれど、せめて水と食料だけでもお腹をすかせた人たちへ一刻も早く届けてあげてほしい。被災地はまだまだ寒い。ただでさえ身も心寒かろうに、電気も燃料もなく暖を取れない夜はさぞ辛かろう。

・・・・・・・

これまで弱い余震は何度もあったが、今、10時過ぎに強い揺れを感じた。震源地は茨城沖らしいが、茨城、千葉は震度4、東京は震度3だという。津波が無ければいいが、11時に大船渡などで5mもの引き波が確認されたようだ。これは危ない!

・・・その30分後に気象庁の会見があり、大きな津波可能性はないと。とりあえずホッとした。

今度は福島第一原発で、1号機に続いて3号機に水素爆発が二度起きたと報道された。1号機の時も救助を待っていた住民が100人以上被曝した。これまでの会見での状況判断や処置のコメントを聞いていると、今回に限らず、いつも原発事故のコメントは過小評価に過ぎる印象を受ける。本当は相当量の放射線が地震当初から漏れていたのではなかったのか。

・・・・・・・

報道されるのは被災地の惨状や救援の様子や定期会見をしている官邸など。次々と諸外国の救助チームも来日して来てくれているのに、肝心の日本の政治家たちの動きが全く伝わって来ない。彼らは今、どこで何をしているのか?

政治家はそれぞれ地元に支援者を持っている。お前らを食べさせてくれている国民が困窮しているのだ。今こそ駆けつけ、せめて援助のサポートをすべきではないのか。なのに、野党からの国会休戦の申し入れに予算成立が先だなどとトンデモ発言をしている民主党議員もいるとか。このトンチキめが!

国民はしかと見ておくがいい。遠からぬうちにあるだろう総選挙、動かぬ政治家なんていらない。





必要なモノ

津波が引かなくて周りは水没したまま孤立した建物、道路が泥とガレキに埋まり陸の孤島と化した集落・・・そんなところに未だ救援の手が行き届いてはいない。今日もヘリコプターの映像から建物の屋上に「HELP」「300人」「SOS」「水」「たべもの」といったサインが見える。

取り残されている人を救助する事は必要だ。でもそれと同じくらいに、水や食料も無く閉じ込められている人へ救助の体制が整うまで当面の物資を届ける事も必要である。

たとえば100人分単位で水、食料、生活用品、医薬品などをワンパックにしてヘリなどで投下するという事は出来ないのか? 梱包作業が被災地の自治体で難しいのなら、近隣の自治体でできないのか? 場合によったら都市部の備蓄を放出するとか、それこそ大企業の経済力で手配する事はできないのか? 最高収益復活のTOYATAさん、日本を変えたいワタミさん、おたくら出番じゃないのかい?

迅速な状況判断力と多角的なリーダーシップ、そして強力な行動力が求められる。今の段階では公の強い力で早急に届けなければならないのだ。地震発生以来、飲まず食わずで過ごさざるを得ない人たちを思えば、救出作業と同じプライオリティだと思うが。

TVやネットで義援金を募集しているが、それは被災地外に生きる我々の気持ちと具体的な協力を示せる場と考え、たとえ時間差が生じようとも応じていけばよい。今こそタイガーマスクの善意の連鎖を思い出そうではないか!

政府は高速道路割引や子ども手当などのハラマキ資金を凍結し、それを復旧援助金に充てろ! 国民の誰も反対する者はいないだろうし、その英断に菅内閣の株も上がろうというモンだろ。

・・・・・・・

で、こちらは東京。

昨夜、カミさんを迎えに行ったついでにいつもの笹塚QIへ食材の買出しに寄った。すると、鮮魚コーナーや食肉コーナー、惣菜コーナーまでほとんどもぬけのカラ状態ではないか! さては地震のせいで流通がトラブっているんだな、そりゃ無理もないなと勝手に納得し、足りない分は明日にでも別のスーパーへ行けばいいと帰宅した。

そして今日の正午ごろ、出掛けたスーパーの駐車場はスロープまで駐車待ちの車列が延びていた。やっとこさ屋上のスペースに停め、エレベータホールに差し掛かると通常の3倍はあろうかという食料品を抱えた客が一人、また一人。

What's happen?

案の定、このスーパーでも肉や魚がスッカラカンだった。しかもレジには長蛇の列。東中野Lよ、お前もか!

カミさんによると、どうも近々東京に大規模な余震が起こるだの、東京電力による輪番停電や水道も止まるだのとのウワサが複合的に広がって、まるでオイルショックの時のような切迫感が生じているらしい。清涼飲料水コーナーではミネラルウォーターだけはただの1本も残っていなかった。

険しい顔をしながらカートを押して足早に行き交う客の姿を見ていると、どうにもこうにも滑稽な気がして思わず笑ってしまった。連中の顔と来たら、まるで本当の被災者みたいじゃないか。食材が無くなりゃ外食すればいいだけの話、東京には食い物なんざ、それこそ売るほどあらぁな。だいたい年末だってこんなに必死に買い物してなかっただろが。




・・・笑いを通り越してだんだん哀れに思えてきた。





一夜明けて・・・

防波堤や川を乗り越えて町を襲う津波を見れば奥尻島やスマトラ沖地震の恐怖のシーンが、水没した民家を見ているとハリケーン・カトリーナの通過後、絶望だけが残されたニューオーリンズの姿が蘇る。200体もの遺体が上がったと聞けば、かの伊勢湾台風の甚大な被害が思い出される。そして消火する人のいない大火災の光景は阪神淡路大震災の再現か。

「東北地方太平洋沖地震」

その強度も範囲も過去のどの災害よりも大きく、文字通り未曾有の大地震から一夜明けた日本。昨日からブッ通しでニュースをやっているTVを見ているだけで胸が苦しくなって来てしまう。いたたまれなくなってカメラを持って小金井公園へ出掛けた。いや、逃げ出した。

・・・・・・・

江戸東京たてもの園」は地震の被害確認のため休園。枝だけの桜の木は寂しかったが、その代わり、紅梅、白梅が春の足音を伝える良いにおいを振りまいていた。そこに松の緑が重なると、赤、白、緑の色の競演が実に鮮やかな景色を形作るのだった。

設定を変えたりレンズを換えたりしながら、まずは目に付くものから片っ端に撮りまくった。ひとしきり撮った後は、穏やかな陽の光を浴びながら木製のベンチでくつろぐ。・・・しばし癒される。

前にはベンチに座っている年老いたカップル。その前を犬に引かれた子供が横切って行く。時の移り変わりを目で感じさせてくれる絵だ。遠くにジョギングをしている男女のグループ。梅の木の下で賑やかに語り合っているOYAJIが二人。車椅子の娘を連れた父親がおどけてみせると、娘は大声を上げてそれに応える。孫だろうか、3歳くらいの男の子とサッカーボールを蹴り合っているおじいちゃん。・・・ここはどこまでものどかだった。

・・・・・・・

帰宅すればまたニュース番組から地震の現実に向き合わされる。時折余震も感じるから、やはりこれはこの日本で現実に起こっている事なのだ。災害に見舞われたという報道によって初めて知る町や村の名前が悲しい。

今、原発が危ないという。

原子炉の冷却が進まなければ、炉心のメルトダウン防止のためには圧力を下げなければならず、そのためには放射能を高濃度に含んだ蒸気を外に逃がさなければならない。だがそこには住民がいるのだ。時間との戦いのはずだが、津波の被害などで十分避難が行なわれていない。

現在、必死の作業が続いているらしいが、スタジオにいる専門家たちの表情がだんだん暗くなってくるのが不気味である。福島原発1号機の燃料棒が溶け始めたという速報も。

すでに予想を超える多数の死傷者が出ている。もうこれ以上の被害の重複なんて、あまりに残酷過ぎる。




地震だァァ~!

プーッ! プーッ!

会社のビルの非常館内放送を知らせるブザーが鳴ったのは、揺れの第一波が最大になった後の15:00過ぎの事だった。第一波は下から突き上げる縦揺れから始まって、続く横揺れがみるみるうちに大きくなり、終いにはこの18階建の中層ビルを遊園地のアトラクションさながらの激しいうねりで包んで行った。

新宿の高層ビル群が左右にハッキリ揺れている。遠く六本木ヒルズの森ビルの向こうから大きな黒い煙が上がって来た。どうやらお台場あたりのビルが火災を起こしたようだ。

我々の部署のオフィスは13Fだった。最初はいつもの小さな地震かと思ったら、どんどん揺れが激しくなっていき、ついには思わずデスクの下に身を隠したほどだった。これは冗談の域を超えた揺れであり、もちろん今まで生きてきた中で初めて遭遇した大地震である。

今も第四波くらいの揺れに襲われている。まるで時化の海を行く船に乗っているようである。明治神宮への避難指示が出た。今から1Fに階段で移動するのでライブはここまで。

・・・・・・・

階段は降りる人たちで渋滞中。思わず9.11で避難している人々のシーンが頭をよぎった。あの時は、この状態でビル自体が崩れていった。それは想像する気さえ失せる惨劇だっただろう。これがもし直下型だったら、我々ももう生きていなかったかもしれない。

松葉杖のため自費で車通勤をしていたグータラK君。13Fから階段で降りるのは相当キツかったらしく、精も根も尽き果て、さらに明治神宮まで行く事なぞままならない。しょうがないので、K君と同方向に住んでいる私と同僚Tさんは、今夜から3日間のK君のコンビニ弁当と引き換えに彼の車に同乗して帰る事にした。

案の定、道路はかなり渋滞しており、普段、車なら会社から15分程度の私の家の近くに来るまでで1時間半くらいかかった。途中、ケータイもメールもほとんど繋がらず、カミさんとも息子とも十分な連絡を取る事ができなかった。JRも地下鉄も止まったままだ。線路を歩いている人も見えた。

でも車は正解だったろう。K君のドタン場でのヒキの強さとやっぱり結果オーライ人生を垣間見た思いだ。同僚の中にはつくば市や横須賀市あたりから通勤している者もいる。このまま交通が遮断されたままなら、最悪会社に泊まる事にもなりかねないからだ。

車中で見たニュース番組では、まるでSF映画ばりの信じられない津波のライブ映像が流れている。まるで溶岩に呑み込まれる町のような映像に津波の本当の怖さが伝わって来る。千葉県市原市の石油コンビナートも燃えている。九段会館の天井が落ちて死傷者も出ているようだ。時間の経過と共に、被害情報が次々に入って来る。

今回の地震は、三陸沖を震源地とする観測史上最大のM8.8クラスで、宮城県栗原市などで震度7、東京でも震度5強から6だったらしい。仙台市には10mもの津波が襲い、甚大な被害が発生しているとニュースが伝えている。

幸い、家の内外で被害は見当たらなかった。とりあえずこのまま家族からの連絡または帰宅を待つとしよう。





週報でござる

前回更新からあっという間に一週間が過ぎた。相変わらず日々、時間の経過が速い。

この間、小沢一郎氏強制起訴により、ようやく党員資格停止処分を決めた民主党だったが、それに反発する比例当選の衆議院議員16名が会派脱退という暴挙に出た。

彼らは比例当選(有権者が民主党と書いて当選)した連中なので、もともと有権者に顔が見えない。よって次回当選する目はほとんどないも同然だ。親小沢派という事で比例名簿に載せられなかったらハイそれまでよ、だからである。まるで菅総理がやりかねない破れかぶれ解散の予行演習みたいな破れかぶれ茶番劇だ。

その後の松木謙公氏の閣僚辞任。その動機が単なる感情論だったというのは、図らずも彼の政治家としての器を露呈した。うすうす感じてはいたけれど、少なくとも彼はホンモノではなかったのである。

・・・・・・・

大相撲の八百長問題は、協会が伊藤ナニガシという、都市計画家などと意味不明な肩書を持ち、一方でパチンコ業界団体の理事なぞをやってる何とも怪しい人物が率いる外部調査委員会に丸投げ状態。名前が挙がった力士のケータイ提出ひとつ満足にできない体たらくに、協会も強制力ひとつ発揮しないというのがどうにも納得できない。事ここに及んでプライベートもヘッタクレもないだろが!

ならばいっそ、名前が挙がった全員を2場所強制休場(ただし公傷扱いせず、給料支給ナシ)にさせ、今後同様な事があった場合は、親方もろとも解雇などの処分を行なうとしたらどうか。こうすれば周囲もさることながら親方からのニラミも効く。これを全力士と親方が宣誓する事を条件に公益法人の(仮)承認を与えれば良かろう。

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ニュージーランド・クライストチャーチの大地震。大聖堂などの歴史的遺産の崩壊を見るにつけ、レンガ造りの建造物の美しさと脆さを思い知らされる。この時間、観光で高塔に登っていた人もいたに違いない。地震でレンガが崩れ、自分の足元が一瞬でなくなり、レンガと共に遥か下の地面に叩きつけられる恐怖。その上からさらに大量のレンガが降って来るさまは、想像する事すら阻まれる絶望だ。

不可解なのは語学留学生が通っていたCTVビルの崩壊だ。大聖堂と違い近代的なビルディングがなぜこれほどあっけなくペシャンコになってしまったのか。一瞬、同時多発テロで崩れゆくWTCのガラスビルの画が浮かんだ。専門家が30年以上前の建築基準による設計上の強度問題をあげつらっていたが、ニュージーランドは日本と同じような地震頻発国ゆえ耐震意識は進んでいたと聞く。ならばなぜ、このビルに耐震補強の行政指示が無かったのか。

地震は確かに天災だが、建物に押しつぶされたのは人災ではないかという人もいる。世界一の技術を持った日本のパイパーレスキュー隊も救助活動をしているものの、ここしばらく生存者救出の嬉しい一報が入らないのが気がかりだ。今後の活動に期待すると共に、不幸にしてお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りしたい。

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一昨日は私の担当製品の説明会に出向いた。得意先のDI担当(薬剤師)30名くらいを対象とした30~40分程度のものだったが、実は、4年前に発売したこの製品については過去一度も説明会などを実施していなかったという。そう聞いて、製品説明というよりも対象疾患のレクチャーに重きを置いた構成にした。

家で何度もスライドを修正しながらシミュレーションを繰り返し、同時にプレゼンの時間調整を行なうなどして万全の準備を心がけた。何せ相手は実務現場にいる薬剤師、さらに知性美ビンビンの女性ばかりと来れば、名ばかり薬剤師としては大いに気合いが入ろうモンじゃないの! その甲斐あってか、今までで一番わかりやすい説明会だったとお褒めの言葉をいただく。

難しめのテーマにもかかわらず、わかりやすかったと言われるのは、研修職人にとって駆け抜ける歓び以上に、この上ない喜びである。

気温20℃を記録した昨日は、この3月末で取り壊される赤坂プリンスホテルで開催されている、とある学会の聴講に早朝から出掛けた。

朝8:30から一般演題の24題に加えて会社主催のランチョンセミナーと一気に聴きまくり、脳ミソはほとんどウニ状態。それでも最新の研究報告やDrの考え方の推移、さらには上市予定の競合品情報まで幅広く収集できたので、その満足度と受ける刺激はいつも大きい。だから学会聴講はやめられないのである。

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明けましておめでとうから、早や2ヶ月が経とうとしている。

息子は試験との闘いの日々が全て終わり、その戦果を待つ日々となった。 ・・・準備不足甚だしい受験だったので、実は本人も家族もすでに「全落ち」を覚悟している。まあ、中高6年間の寮生活で外界を知る機会をあまり持てなかった息子にとって、ここでじっくり現実というものと向き合ってみるのも良し。彼には時間だけはたっぷりあるわな。





暴言失言鳴り止まず

柳田法務大臣は支援者との会合で、TVカメラを前にして自らの国会軽視を堂々と宣言した。

「法相はいいですよ。答弁は2つだけ覚えておけばいいんですから」と前置きして「個別の事案については答弁を差し控える」「法と証拠に基づいて適切にやっている」「何回使ったことか」「分からなかったらこれを言い、だいぶ切り抜けた」

まったく論評に値しない情けない発言だ。かつて中山氏や額賀氏など自民党の大臣達も失言をキッカケに辞職に追い込まれた。今回もそれと同様で、政党が違ってもこういうノボセ上がりのカン違い政治家は必ず沸いて出る。ハナから職責を担える器じゃなかったのだ。

週明けにも衆議院で不信任決議案、参議院で問責決議案が提出されるという。衆議院では与党過半数で否決されたとしても、野党過半数の参議院では可決されるだろう。そんなみっともない事態になる前にとっととお辞めなさい。その前に、菅首相は潔く更迭なさい。

柳田発言を「誤解を生む発言」などと軽く流してかばった仙谷官房長官も驚くべき発言。事もあろうに「暴力装置でもある自衛隊はある種の軍事組織だから、特段の政治的な中立性が確保されなければならない」と自衛隊員の存在を否定する暴言が飛び出した。「暴力装置」なんて、私は左翼ですと言ってるような用言である。

同じく柳田氏を「歴代法相に比べれば頑張っている」などとワケの分からん理屈で擁護した菅首相は、自衛隊の統合・幕僚長との初会合で「改めて法律を調べたら、自衛隊に対する最高指揮監督権を有していた」とのたまい、周囲を唖然とさせたという。

これらは左翼出身の民主党首脳に共通する自衛隊への軽視・蔑視が、改めて表に現れたと言うべきではないか。

閣僚だけではない。「オレを誰だと思っているのか!」「二度と来るな!」「もう一度、言ってみろ!」航空自衛隊入間基地で民主党の松崎哲久議員と隊員との間で実に寒々しいトラブルが起きたという。

リーダーシップのカケラも見えず、自分の内閣の閣僚が何を失言しても「注意した」「反省している」で済ませようとする事なかれ総理の菅首相。

尖閣問題で逮捕した中国人船長の一連の処置に、法務大臣として何をどう関与したかが一切不明な名ばかり大臣の柳田法相。

中国にはやたら甘く、自衛隊やマスコミには失言を通り越した暴言を連発するカン違いオヤジの仙石官房長官。

お題目は良かったが、結局は仕分ける民主党議員と仕分けられる民主党議員同士の議論を超えた感情論のガキのケンカという様相を呈した事業仕分け。その陰でほくそ笑む霞ヶ関。

手アカの付いた長年の自民党政治に失望し、政権交代で期待された新政権民主党。だが今、こんな連中が日本を動かしている現実を、我々はどう捉えるべきか。

行くも地獄、戻るも地獄とはこういうモノなのかもしれない。





控訴のススメ

雨、快晴、雨と一日毎に極端な天気の変化を受けている成田。3日間の中途入社社員研修も中日に入り、今回で研修トレーナーとして3、4回目のプレゼンとなるサブ担当のI子もだいぶ安定して来たようだ。さらに今回の受講者は、社内異動で専門営業部隊のメンバーとなった旧知のT君と出戻り入社のK君の2名だけなので、気分的にも楽だろう。

一方で、別の営業部隊の中途入社者の研修も進んでいる。そこにはウチの部署から組合専従員となり、再び現場に戻るB君(実はマイミクの一人)がいる。昨晩、研修終了後にそのT君と産休間近のトレーナーF子を交え、彼女のピンチヒッターとして異動して来たK子の歓迎会をやった。場所はもちろんお気に入りの京成成田駅前「まちのや」。

何を食べても相変わらずの美味しさ、加えて女将リエちゃんの笑顔に癒されつつ、宴は盛り上がって行った。気がつけば男2人女3人で生ビール、焼酎ボトル1.5本、13年物の古酒1本を空けていた。例によって、いくら払ったかどう帰ったかは覚えていない。さっき確認したら、行きと同じシャトルバスでホテルに帰り、お金は払っていなかったようだ。やれやれ。

さて、今日はボジョレー・ヌーボー解禁日の前日。別にヌーボーを有難がっているワケじゃないが、いつもなら会社近くの「グリーンスポット」で、一日早い前夜祭と称したフライング飲み会をやってるだろう。が、成田にいてはお手上げだ。それでも明日なら研修最終日で早めに終わるから、脱兎のごとく帰ったら一日遅れ(ホントは解禁当日)だけど行けるかも。

とりあえず今夜はホテルのラウンジで、フライングを依頼してみようか。無理な注文かもしれないが、何せウチの会社はこのホテルの大のお得意様のひとつだ。新人研修や中途社員研修で年間千万単位の経費を使っている。ここは調子に乗ってお大尽ぶりを発揮してみようか。

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男性2人を殺害し、切断遺体を遺棄した池田容之被告(32)の裁判員裁判で、昨年5月の裁判員制度導入以来、初めて死刑判決が言い渡された。横浜地裁の朝山裁判長は判決後、「重大な結論なので、慎重に判断すべきと考える。控訴する事を勧めたい」と異例の説諭をした。

この言葉の真意についてさまざまな議論を呼んでいる。

地裁とはいえ、立派な裁判の判決を下したのに、下した裁判官の口から控訴を勧めるのはどうしたものか? 普通に考えたら、自らの判決に自ら疑問を呈していると思われかねない行為である。

裁判長は、命乞いした被害者を生きたまま電動ノコギリで首を切断して殺害した犯行態様について「およそ人間が想像し得る殺害方法で最も残虐で、被害者の恐怖や肉体的苦痛は想像を絶する」と非難した。

一方、公判中に示した被告の反省の態度について「内面の変化や更生の道につながる酌むべき事情はある」としたが、「犯行時に失われていた人間性をようやく回復したに過ぎない」と指摘し、「行為の残虐性、悪質性、計画性などを鑑みると極刑に処する事案と言わざるを得ない」と結論付けた。

極刑を決定するまでに裁判員は相当逡巡しつつも、精一杯議論を尽くして来たであろう事は容易に想像できる。議論に携わった裁判官共々、到達した判断は正しかったと信じて欲しい。この事件を第三者から見たら、十分に死刑相当と思われる事件だったのだから。

裁判長の控訴推奨の言葉は、そんな裁判員たちの心の負荷を慮っての言葉だったのかもしれない。確かに自分の犯した罪の重さを棚に上げて控訴する被告人が多いが、それは検察側にあっても、少なくとも当事者が判決を不服と判断したゆえの行為である。

この池田被告が公判中に示した反省が本心であるなら、彼は死刑を受け入れ、控訴する気はなかったかもしれない。とすれば、遺族感情を鑑みても裁判長の言葉は余計な事だったとも言えよう。

何とも腑に落ちない「控訴のススメ」だった。





これで禁煙成功するかも法

10月からいよいよ史上最大幅のタバコの値上げが実施される。

嫌煙権が権利なら喫煙権だってリッパな権利だ。それをいたずらに規制するのは人権侵害だ! と言って憚らなかった私が、ふと見たTV番組をキッカケにニコチンパッチによる禁煙にチャレンジして早や4年と5ヶ月。何とか禁煙から卒煙と言えるまでの月日が流れたと思っている。

そこで、これから禁煙を志す方へ微力ながらもアドバイス出来る事を書いておきたい。

1.喫煙を科学的に捉えよう。
喫煙という行為は、これまで趣味や嗜好、習慣と考えられて来たが、近年、その本質は「ニコチン依存症」である事が明らかになった。喫煙によって快感や満足感を感じるのは、脳内の回路に刺激を与える結果起こる現象である。ニコチンは喫煙により急速に肺から吸収され、数秒で脳内に到達し、本来ある神経伝達物質の代わりに脳内回路に刺激を与えて快感を感じさせるが、これを繰り返すうちに、ニコチンがないと脳神経細胞が正常に働かなくなってしまう。これがニコチン依存と呼ばれる状態である。

喫煙者は「喫煙でリラックスできる」と表現するが、実際は離脱症状を喫煙によるニコチン補充によって一時的に緩和しているに過ぎない。禁煙しようとしてもなかなかできないのは、ニコチン依存と心理的依存という2つの原因があるからである。したがって喫煙は嗜好や趣味の問題ではなく、「ニコチン依存症」というリッパな病気なのだ。

2.病気の治療に根性は要らない。
ニコチン依存症によって生じる、喫煙して良かったと思う記憶や仕事の区切りに吸うといった日常の習慣などにより、喫煙したいと思う気持ちが強くなる。これを心理的依存と言う。ニコチン依存による離脱症状は、一般に禁煙開始後3日以内がピークとなり、その後徐々に消失していくが、なかなか禁煙できないのは、この心理的依存の影響が大きい。

ニコチンは禁煙後数日もすれば身体から抜けていくが、心理的依存に打ち勝つためには、気持ちだけでは心もとない。したがって、むやみやたらと根性禁煙に突入するというのは成功率が低いと言わざるを得ない。ニコチンの離脱症状と心理的依存から、それを感じる脳をダマす方法が有力だ。

私の場合は、医療機関のニコチン外来へ行き、ニコチンパッチによって徐々にニコチンから離脱していく方法を取った。禁煙外来で受けた呼気テストで改めて驚いたのは、呼気に含まれている一酸化炭素の量だった。息を吐くとたちまちレッドゾーンまで一酸化炭素濃度が跳ね上がった。一酸化炭素の取り込みは喫煙量に相関して増加し、それだけ動脈硬化が促進されて脳梗塞や心臓病に罹りやすくなるという事だった。

禁煙宣言書に署名し、最初はニコチン30mg含有のパッチ貼付から始めて20mg、10mgへと徐々に減らして行くのだが、最後の10mgパッチは結構余った。つまり禁煙スケジュール完了前に、もはやニコチンを摂取しなくてもいい状態になったという事である。ここまでおよそ2ヶ月だった。

3.仲間を作るとより効果的。
「自分が地球最後の喫煙者になる!」とのたまっていた同僚のグータラK君を無理やり誘ったのだが、今から思えばこれが大正解だった。二人の間で交わした約束はたった1つ、「タバコは嗜好品だから、いつ禁煙を止めても個人の自由。ただし吸った瞬間、そこに居合わせた全員に銀座の久兵衛で食べ放題をご馳走する事」であった。こうなると意地でも吸わなくなり、それだけニコチン離脱もしやすくなる。1本くらいいいかという「1本お化け」も出現しなかった。

ただし、厄介なのは「脳の記憶」だった。喫煙によるスッキリさわやか感を脳は頑なに覚えていて、たびたび喫煙する夢を見た。身体はとっくにニコチンを欲しがってはいないのだが、この脳の記憶だけは多分まだまだ消えないだろう。

・・・・・・・

別に呼吸機能に異常を来たしたから禁煙を思い立ったワケではなく、TVで観たようにニコチンパッチなるモノで本当にタバコを吸いたくなくなるのかを試してみたいというのが動機だった。結果的には成功率30%程度と言われるニコチンパッチで同僚共々成功者となれたのはラッキーだった。事実、我々よりも先に始めて早々とドロップアウトした同僚が数人はいる。

思えば、禁煙を始めたタイミングは最悪だった。ちょうどダイエットをしていた時期で、ただでさえ食べる物を抑えていたから禁煙とのダブルストレスにはとても耐えられないとダイエットは断念した。そこで「オレは肺がんのリスクを捨ててメタボを取った」とうそぶいたワケだが、どちらが良かったかはいずれ分かる時が来るだろう。

喫煙による病気と言うと「肺がん」をイメージするが、実は同じように怖い病気が「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」である。これは肺胞が潰れていく不治の病気で、ちょっとした運動でも息切れを起こし、常に数千メートル級の山にいるように呼吸が苦しく、最後は呼吸不全で死に至る。芸能人の罹患者では植木等、藤田まこと、桂歌丸が有名で、前二者は既に亡くなっている。加えて前述の脳梗塞や心臓病などの原因とされる動脈硬化も無視できない。

社会環境もますます禁煙者に辛く当たる。ウチの会社は全館禁煙で、昼休みの1時間を除いて就業時間内は喫煙のために外へ出る事も許されない。もはや喫煙者は犯罪者か進化し忘れたインディアンの如く見られているのが現状だ。トドメは300円から410円への実に40%もの値上げ。

そんな非人間的仕打ちを受けてもなお、何を求めてタバコを吸い続けるというのだろうか?


卒煙日: 2006年 4月 26日
卒煙からの日数: 4年 5ヶ月 3日 10時間 56分
延びた寿命: 92日と16時間0分
節約できた金額: 363927円(節税分 229474円)
節煙本数: 24261本 2062.26m 石鎚山天狗岳




これは売国行為ではないのか?

またまた我が目と我が耳を疑った。

一昨日のエントリで取り上げたばかりの尖閣諸島における不法行為で逮捕・送検した中国漁船船長を、那覇地検が処分保留で釈放する事を決め、中国チャーター機で帰国させたのである。延長した勾留期限まで5日残しており、法の手続きを無視した事実上の超法規的措置である。

これについて那覇地検は、釈放理由を「我が国の国民への影響や今後の日中関係を考慮した」とし、船長の行為を「追跡を免れるためにとっさに取った行動で、計画性は認められない」と説明した。

おいおいおいおい!

いつから検察は「外交上の配慮」を公言するようになったんだ? 検察とは、法と証拠に基づいて「厳正に対応」する組織じゃなかったのか? これが真実とは到底思えないが、もしそうだとしたなら、捜査機関である検察が外交に口を出す道理はいったい何だってんだ!

それとも、郵便料金不正事件に端を発した裁判において村田厚子前局長が無罪判決を受けた一方で、大阪地検主任検事の前田恒彦容疑者のデータ改ざんによる証拠隠滅事件発生という弱みを抱えて、事件への世間の耳目を逸らさせるためにも政府の意向に従ったとでも言うのか?

今度は政治家の側だ。

尖閣諸島の領有権を主張し、日本の法律適用を認めない中国政府が、船長の逮捕・送検に激烈な対応をする事は明らかだっただろう。しかし、日本政府は敢えて船長送検の判断をした。それは中国との摩擦を覚悟し、尖閣諸島は日本の領土である事を内外に主張する決断に他ならなかった。当然の事だが、その意気やよし!

ところが、中国がさまざまな圧力を掛けて来るや、仙谷官房長官は「尖閣とガス田問題は次元が違う」だの「ハイレベルで協議をしたい」だのと弱音を吐き始める。中国は「それ見た事か。あと一押しだ」と勢い付く。4人の日本人が拘留されるに至って遂に腰が砕けた。

「国内法に則って厳正に対処する」と言っていた菅首相、「ビデオ撮影もしており、どちらが体当たりしてきたかは一目瞭然だ」と言っていた前原外相はどうした? 決定は、日米外相会談でクリントン国務長官が尖閣諸島は安保条約の適用範囲内と明言し、日米首脳会談でオバマ大統領と日米同盟の重要性を確認した直後だった。タイミングが早過ぎるだろ!

官房長官が「検察が捜査を遂げた結果、処分保留という現在の判断で身柄を釈放するという報告を受けたので、それを了とした」と、いかに「那覇地検の判断」とスットボケようとも、中国側の圧力にあっさり屈したのは国民の目に明らかじゃないか! 

初めこそ相手を見くびったように強気にケンカを売ったと思ったら、相手にスゴまれた途端に怖気づく。残念ながらそれが日本政府の姿である。最後は折れてやるにしても、せめて二枚腰くらい見せろ! 

結局、民主党政権には外交・安保・危機管理が分からない政治家だらけだったという事を露呈したに過ぎない。特に政府トップである首相と官房長官が外交・安保政策の門外漢・素人であった事がアキレス腱となったと言わざるを得ない。

これにはさすがに与党・民主党からも失望や疑問の声が相次いだようだ。

報道によれば、松原仁、金子洋一ら保守系有志議員5人は「我が国の法秩序を蹂躙するもので、容認できない」と抗議し、釈放の撤回を求める緊急声明を出したと伝えているが、もはや手遅れだ。看過できないのは、党内のリベラル系議員から出た「中国も怒っているし、やむを得ない決定だ」という擁護の声だ。信じられない売国発言で、いったい誰が言ったのか?

いずれにせよ、結局は腰砕けに終わった事で、中国側は「中国外交の勝利」と宣伝し、これまでの日本への対抗措置を解除する可能性はあるが、結果的に日本の主権と国益が大きく貶められたのは揺るぎない事実である。これはちょっとやそっとでは取り返しがつかないだろう。

事実、海上保安庁によれば、今でも尖閣諸島海域には1日平均270隻もの中国漁船が現れ、その1/4以上が日本領海内で違法操業中だという。逮捕されても刑事処分を受ける恐れを感じなくなった中国は、より一層の大胆な不法操業や領海侵犯航行を繰り返し、海保の退去勧告や停船命令を侮る事になるに違いない。

さっそく、中国外務省は「中国の領土と主権、中国国民の人権を著しく侵犯した事に対し、強烈な抗議を表明する」などとする声明を発表し、日本側に謝罪と賠償を求めたとの速報が入った。もちろん、実際に賠償請求をするかどうかが中国の狙いではない。世界に向かってそう発言する事で領土問題に主導権を持とうとしているのである。

第一、日本こそ謝罪と賠償を求めるべきだろが! 先を越されてどうするんだ!

外国との対立で激しい攻撃を行ない、恐怖を与えるまで報復措置を口にするのは中国の常套手段だ。弱みを見せれば、ますます強気になる。中国とはそんな国なのだ。今朝のTV番組で竹中平蔵氏が珍しくマトモな事を言っていた。

「検察による取り調べを期限まで行なった後に起訴処分を決定する。しかしながら本人の健康問題を考慮し起訴猶予として国外退去処分にする。それが高度な政治判断であり、外交で取り得るべき常識的な手段だ」

領海侵犯による不法行為と断じた上で人道的配慮で帰国させるというのであれば、最低限、中国のメンツも立ち、日本の国益も損なわれない。その上で、二度と領海侵犯をさせない約束を要求するのである。国際世論は日本の味方なのだから。この国はそれすらもできないヘタレ国家なのだろうか。

この決着により、中国のみならず海外諸国は「日本は圧力に屈する国」であり、「日本は弱い国」であるというレッテルを張るだろう。言うまでもなく、どこの国にしても国家主権や領土問題は国の存亡に関わる最大の危機である。であるから「さすが日本は懐が深い」などとは、間違っても思わない。思うとしたら「平気で自らを捨てる愚かな国」だろう。

ここに日本国の威信も日本国民の誇りも地に落ちたのである。






腰砕け外交は国益にならず!

我が目と我が耳を疑った。

国連総会出席のためにニューヨークを訪れている温家宝首相は、尖閣諸島付近での中国漁船と日本巡視船の衝突事件に関し「私はここで、日本側がただちに無条件で船長を解放する事を強く求める。日本が引き続き独断専行を続けるならば中国はさらなる行動を取り、それによって生じる全ての結果は全て日本側が負う」と、日本に対して強く警告したのである。

洪水や地震などの災害現場にいち早く駆けつけ激励している温家宝首相の姿から、私は彼を共産党最高幹部の中でも穏健派だというイメージを持っていた。その彼が、これまで中国のニュース番組などで報じられた政府の強硬発言と同じセリフを自ら吐こうとは! 

中国当局が、日中青年交流を延期したり、開催中だった日本の物産展を途中で打ち切ったり、SMAP公演を延期させたり、日中閣僚間の交流も一時中止するなどの圧力をかけても、最後にはこの人が仲裁役を買って出るだろうと期待していたのだが、それは見事に裏切られた。

これでは石原都知事じゃないが、ヤクザの脅しそのものじゃないか!

日本政府は、尖閣諸島の領有状況を日清戦争中の1885年から1895年まで調査し、同時に世界情勢を考慮しつつ、いずれの国にも属していない事を慎重に確認した上で1895年1月、閣議決定して沖縄県石垣市に編入した。国際的にも日本の領土と認められ、日本人の入植も行われた。島は開拓者の子孫が所有する民有地であり、米国の管理下にあった時も2007年現在も日本政府が貸借契約を結んでいる。(Wikipedia)

したがって尖閣諸島の領有権に関する問題は存在しない。

ところが一転、1971年に台湾、中国が相次いで領有権を主張し始めたのである。その根拠は、尖閣諸島が中国側の大陸棚に接続しているとの主張に加え、古文書に尖閣諸島を目印として航海に役立てていたという記述が見られる事で、最も古くから同諸島の存在を認識していたという解釈による。ただし、1970年以前に用いていた地図や公文書などによれば、両国とも日本領であると認識していたようで、米国の施政時代にも抗議した事実はないのだ。

それでも中国側が強硬姿勢を続ける背景には、領有権の主張を含めた東シナ海での利権の確保がある。日本とのガス田共同開発合意に対する反発や経済格差に起因する世論のガス抜きをして指導部の支持基盤を固めたいという意向もあるだろう。国民の不満を反日に向けさせる常套手段とも取れる。

事件は日本の領海内で中国漁船が不法操業し、巡視船に体当たりして逃亡を企てたというものだ。日本当局は国内法に基づいて公務執行妨害容疑で船長を取り調べ「粛々と法手続きを進める」司法手続き中であり、これは至極当然の処置である。それに中国が圧力を加えるのは内政干渉以外の何物でもないだろが! 

また、一部では活動家による確信犯、スパイ工作の一環ではないかという疑惑も持ち上がっているというが、そもそも本当の漁船ならわざわざこんな危険地域に単船で出張ってまで操業するだろうか? もしも逆のケースだったら、中国は即時無条件釈放するのか? それなら領海侵犯なんてやりたい放題だろが!

ここへ来て船長が、在日大使館や総領事館から派遣された職員と面会後、それまでの否認供述に加え「衝突現場は中国の領海」と述べ、日本の法令が適用されないと主張するようになったという。衝突の際に撮影されたVTR映像については「捏造だ」などと主張しているそうだ。

自ら一線を踏み越えてトラブルを起こしておきながら身勝手な主張を展開し、相手を、特にスネにキズ持つ日本をまるで値踏みするかのような高圧的なやり方に、くれぐれも日本政府は決して腰を引かぬよう願いたい。

危機管理は、内閣の要であり事実上総理の次にパワーを持つ官房長官が陣頭指揮で担当する。

その仙谷官房長官は「漁船の違法操業との関係でガス田協議を中止すると言われても困る。私の予測では、船長以外の14人と船がお帰りになれば、また違った状況が開けて来る」などと発言した。日本としては「穏便にやりたい。船長以外と船は返すので、これで収めて欲しい」と懇願したに等しいのである。何をかいわんやだ!

安易な政治的妥協を図ろうもんなら、中国は単に日本を試すという事以上に日本に対する譲歩を引き出す格好のネタにされてしまうだろう。何をやっても所詮は何もできない腰抜け国家だと、未来永劫とことんナメられる事になるのである。


(追記)
もしも中国のメンツを潰さずに、かつ中国国内の反日運動を鎮静化させる外交的方法があるとすれば、VTRを公開して、あくまでも領海侵犯による不法行為である事を強調した上で船長の取り調べをきちんとやり、敢えて起訴猶予のまま国外退去させるなりして身柄を中国側に引き渡す。それによって中国側に船長奪還という「果実」を与え、こちらは外交上の「貸し」を作るというのはどうだろうか?

もちろんこれは腰砕けなどではなく、高度な外交戦略に基づく状況判断を前提にしての話だが。


(追々記)
レアアースの輸出禁止措置に続き、一夜明けた今朝、フジタの社員4名が中国側に拘束され取り調べを受けているとの速報が入った。そのうちの1人から「助けて」というメールが入ったという。こういうエゲツない圧力行為がエスカレートすると話し合いのテーブルはますます遠のき、それ以上の危機がもたらされる可能性すら生じるだろう。ここは両国政府の思案のしどころか。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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