だんしがしんだ

談志が死んだ」と昨晩のニュース速報から今朝のワイドショーまでトップニュースとして報道された。

実は月曜日には亡くなっていて、すでに親族によって荼毘に付されたという。特に亡くなるまでのがんとの闘病は、家族の目からも見るに堪えないほど壮絶なものだったと弟子の談笑が語っていた。

談志にあこがれて落語家になったという芸人は多い。その中の一人のヨネスケは、訃報を発表しなかったり早々に親族で荼毘に付させた事を、自分が良しとしない姿を弟子や他人に見せてたまるか、というダンディズムを最後まで貫いたからだろうと評した。

16歳で柳家小さんに師事し、27歳で真打となり「五代目立川談志」を襲名。五代目がどうのこうのと言うよりも、初代から四代目までの「立川談志」の記憶なんてない。後にも先にも「立川談志」とはまぎれもなく談志その人の事である。

談志の75年の人生は、落語協会脱退や立川竜家元制度設立という波乱の落語家人生に留まらず、政治家としての活動もあった。今から見れば横山ノックだの青島幸夫だのの芸人に政治の舵取りなんて出来るはずはないのだが、あの頃は高度成長期で時代が良かった。選挙は人気投票であって、知名度が高ければ誰でも当選する可能性があった。挙句、沖縄開発政務次官に任命された談志はたった36日で辞任に追い込まれた。

談志の落語は、そのキャラクターと共に好き嫌いが大きかったと思う。言い方を変えれば、談志落語は聴き手を選ぶ落語だった。それはなぜか?

談志は(失礼ながら)落語家にしては頭の回転が速く、普段から口にする語彙も豊富だった。その才能は「現代落語論」などの論文的な著書に集大成される。それまで落語家の著書と言えば、自伝的な内容に落語に対する思いみたいなものをくっつけたのがせいぜいだったから、これには世間も驚いた。かの昔、それを手に取った私は迷わず買って夢中になって読んだのを思い出す。

だから笑いの方向性も深さも常人とは異なっていた。有体に言ってしまえば、談志の物言いやギャグはバカにはピンと来ない。談志の思考回路に付いて行くのは大変である。底の浅いギャグで笑いを取ってる芸人なんてのは、談志に言わせりゃ「ありゃあ芸なんかじゃない。だからあの連中は芸人じゃない」となる。

談志落語のCDやDVDは我が家にもいくつかある。その大部分は去年から今年にかけて購入したものだったので、早晩この日が来る虫の知らせだったのか。

談志自身は、自らの到達点を六十代に見据えていたと言われる。が、多くのファンを唸らせた、いわゆる「絶頂期」は昭和40年代から50年代にかけてだと思う。江戸下町言葉の「べらんめぇ調」のキレはこの頃が最高だからである。立て板に水の如く流暢で、それでいてムダなフレーズや言い直しがほとんどない。ここが志の輔や談春ら今の弟子達に感動を覚えさせ、「師匠は談志が全てで談志しかいない」と言わしめた所以だろう。

「落語とは人間の業の肯定である」

この世の人間は立川談志を忘れない。

だからとっととあの世でみんなを笑わせやがれってンだ、コンチクショーめ! 合掌



(追記)
「談志が死んだ」ってタイトル、こりゃ見事に回文になってるじゃんと今朝気がついて嬉々としたんだけど、これって落語の世界じゃとっくにネタにされてたんだと。てぇことは、私もけっこういいセンスを持ってるってこと?





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最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

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