一見さんお断り?

津波で流失した陸前高田市の景勝地「高田松原」の松の木材を、京都の伝統行事「五山送り火」の「大文字」で使う計画が取り止めになった問題。

被災者は松から作った数100本の薪に亡くなった家族への思いや復興への決意を書き込んでいた。

ところが計画が報道された6月末以降、京都市に「放射能汚染された灰が飛ぶのでは」と不安を訴える苦情が40件程度あり、関係者の自宅にも抗議の電話があったという。

大文字保存会(京都市)は薪の欠片を取り寄せ、民間会社でセシウムとヨウ素の検査をしたが何も検出されなかったが「不安は完全に拭えない」と中止を決断した。

「送り火は死者を鎮魂する場で被災者の思いに応えられる場。『一見さんお断り』のようで、京都市民として恥ずかしい」「陸前高田市は原発から離れているのに、被災地の思いを届けようとする真摯な取り組みをなぜ中止するのか」などの抗議の声が殺到しているという。

それにしても何という誤解、何という判断なのだろうか。

何かとヨソモノに冷たいと言われて来た京都。これでますますその閉鎖性を表してしまった事になる。仮に汚染があったにせよ、たった数100本の護摩札状の薪を燃やしたところでどれほどの影響があると言うのか。もう少し冷静に考えられないのだろうか。

それより何より、この企画に希望を見出し大いに喜んだであろう陸前高田市の被災者に、結果的に持ち上げて落とすような二重の失望を与えた事をどう思うのか。相手を慮る日本人の美しい気持ちはどこへ行ってしまったのか。

安易に苦情を寄せたのも、安全を確認しながらも中止と判断したのも、そしてそれに抗議したのも同じ京都人。だが、こういう後ろ向きの感性が知らず知らずのうちに日本人全体のメンタリティとして根付いて行っていない事を切に願うばかりだ。

・・・・・・・

さて、研修ツアーはいよいよ最終コーナーからラストスパートの直線へと突入。一昨日からの東京の2会場をこなして、いよいよラス前となる横浜会場へ前泊移動。

実はこの横浜、私が前回研修を担当したのは2年近く前になる。これまで地元出身のトレーナーが2名いたせいもあるが、不思議とお鉢が回って来なかったから久しぶりもいいところだ。この間、ここのトップが2度替わったほどである。

ところがこの会場の受講者の評判がすこぶる悪いのである。

特に、若手を引っ張るべきベテランクラスの受講者に積極的な姿勢が見えないし、一部のマネジャークラスも同類項だとか。初めて担当したトレーナーほどその洗礼を受けるらしい。それゆえトレーナー間でも随分前から問題視されていた会場なのだ。

その中の40代後半の営業部員Iは、かつて我々と同じ部署にいた人間である。そのIの受講態度は言うまでもなく、受講者アンケートの評価も恣意的に低く付けるわ、コメントには本社批判満載だわなのである。なぜにかつての古巣をそこまで貶めるような言動をするのかよく分からんが、文字どおり斜に構えている。

それと相俟ってIに迎合する若手やベテランも少なからずいたという。

今回の組織改訂ではそこいらにメスが入って大幅な異動が為されたものの、相変わらずIは動かずにそこにいる。とっくにマネジャーになってもおかしくない年代にもかかわらず、一方で引き取り手がいないというのがホントのところかもしれない。

さてどこまで改善されたかは明日のお楽しみだ。もしも私の前で同じような態度を取ろうモンなら、もちろん私は許さないけど。

ま、あれやこれやは明日吹く風に任せるとして、今夜は行きつけの中華街「東林」にて、POOBメンバーのくりみ氏と久々に一献傾けようと思っている。今はそれがひたすら楽しみである。





関連記事

COMMENT

>風酔亭さん
受け入れ表明、完全に遅きに失してますね。逆に相手の感情を逆なでする事にもなるし。
でも、一方で抗議の声を挙げた市民も多かったという事も認めてあげようとは思います。

6月に陸前高田で薪割りボランティアしてきました。私が割ったのは薪ストーブとかキャンプ需要のやつですから、直接関係ありませんが、元は同じ高田松原の松。そして送り火プロジェクトにかかわっていた人とも知り合いになりましたので、他人事とは思えないニュース。かなりがっかり&憤りで一時は私も抗議電話かけちゃろかと思ったくらいです。

排他的と言えばそれまでですが、坂上田村麻呂とアテルイの頃から今も、都人にすれば東北なんぞ遠い夷狄の地だということか。

今日のニュースでは送り火保存会連合会が受け入れを表明したらしいが、今更って遅いっての。

EDIT COMMENT

非公開コメント

Number of Access
Since 25. Dec. 2001
Day by Day ・・・
My Profile

Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

Recent Comments
データ取得中...
Search
Translation
PDF Exchanger

Weather Forecast

-天気予報コム- -FC2-