夏が来れば思い出す

「名古屋もようやく暑い日に戻ったみたいですね」

朝、研修会場へ向かうタクシーの運転手が語りかけて来た。思わずうなづく。

10年ほど前に2年間名古屋勤務をしていた私は、夏の名古屋の灼熱地獄は経験している。海に面した県なのに、夕方から風がピタッと止まる。そこから猛烈な気温と湿度が襲いかかって来る。その脅威は東京などの比ではない。独身者などは部屋のエアコンをこの時間から作動するようにタイマーセットして出勤するという。

だから夏場は名古屋、京都、大阪、岡山には近づいてはいけないというのが我が家の家訓である。

・・・・・・・

暑い夏を迎えるたびに思い出されるのが、幼児の車中置き去り死亡事故である。特にパチンコ屋。

先月も石川県で両親が4時間半に渡ってパチンコをしている間に、窓を閉め切った車内で1歳の女児が死亡している。それでなくてもここ数年、犠牲者の出ない夏はない。幼い子供は家族の王様と言っていいだろう。家族の一日は子供を中心に回っている。幼い子供の親であればそれで当然なのである。

なのに、子供を放っておいて、いや、閉じ込めてパチンコや遊びに興じる。結果、子供は熱中症で命を落とすとは何という不条理だろうか。まさか子供を殺そうとは思ってはいないだろうが、親という立場を忘れてただの男女になり下がってしまった事が過失致死を招いているのだ。

警察庁は業を煮やして「子連れ駐車」の拒否を検討するよう業界団体に要請したと言うが、何をかいわんやである。CR機導入の例を持ち出すまでもなく、警察と業界の癒着の構造は根強く根深い。これまでさんざん利権を貪り合って来たのだから、警察には事故誘発の責任の一端を感じてこそ、他人事ヅラなど許されるはずがなかろう。いっそパチンコそのものを禁じるべきだとの世論ももっともである。

それにしても、パチンコとは事ほど左様に人を狂わせるものなのか? 

私がパチンコでタバコを稼いでいた30年前あたりは、穴に入ってナンボという時代だった。だから帰宅後に一度店を覗いて出ている台の番号を覚え、閉店1時間前に行けばその台は空いているから連戦連勝だった。勝ったとしてもせいぜい数千円程度の額だったから、勝っても負けても小遣い銭の範囲だったので、その頃のパチンコは娯楽の範疇だった。

この程度なら射幸心もさほど煽られる事もなく、時間の経過や環境の変化と共に自然に離脱する事ができた。

パチンコは80年代のフィーバー台を皮切りに、一万円投じても二万円勝てば良しといったハイリスク・ハイリターンの時代に入った。今ではエンターテインメント性を前面に押し出したキャラクターパチンコ台がテレビCMに堂々と登場するし、業界を挙げてパチンコの本質であるギャンブルという側面を躍起になって覆い隠そうとする意図が見え見えである。なのにそれに乗っかる哀れな思考停止の日本人がいかに多い事か。

そのおかげか、いまやパチンコ業界は数十兆円の巨大産業となってしまった。

グレーゾーンはあっても日本の法律で認められているパチンコに、たとえ数十万円の損を負ってものめり込むのは個人の自由だろうが、それが子供の命と引き換えでは全くワリに合わないじゃないか。失ってから後悔するのはモノだけでいい。命は戻りもしなければ代えも利かないのだ。親なら自覚せい!

これはむしろ虐待と言ってもいいのではないだろうか?

虐待と言えば「躾け」という名目の下に行われるDV。

大抵は子供と血の繋がりのない内縁男あたりがやらかすのだが、哀れな事に「親」であるより「女」である事を選んでしまった母親は、それを止められない。本来なら身体を張ってでも子供を守るはずなのに、惚れた女の弱みか豹変した男が怖いのか、母性本能を発揮する事なく我が子を死に至らしめる。それでは犬猫以下ではないか。

そんな親には、子供が被ったものと同じ思いをさせてやればいい。目には目をという刑罰が認められないのならそれも結構、だったら「躾け」という名目でいい。自覚を持たない出来の悪い親を真っ当な親へと公の力で躾けてやるのだ。それこそ「更生の余地」じゃないの?

なあに、途中でクタバリもしようものなら、それこそ彼らお得意の「しょうがなかった」。

・・・・・・・

幕張、東京、名古屋と来て、明日の福岡で研修ツアー2週目が終わる。

真夏がぶり返した東京へ戻るのはいささか憂鬱だが、やっぱり自分の家の枕とベッドが一番しっくり来る。最終週は都内で2回、横浜、大阪で千秋楽を迎える予定だから、あとひとフンバリだ。

幸い、夏バテとも夏カゼとも無縁で過ごしている。あ、二日酔いもね。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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