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いわきを元気に!

何かしょっちゅうオフ会に行ってるみたいだが気にしない、気にしない。さて、今回はCB1「いわきを元気にしようツアー!」である。震災後の初訪問となった。

いつもながらCB1のオフ会は朝が早い。常磐道守谷SAを目指して6:00過ぎに自宅を出発。それでも今日はいつも以上にウキウキしていた。今回は私がCB1のメンバーになって最長のロングドライブだし、目的地が今一番元気にしたい東北の福島県いわき市だからである。我々でも元気につながる何かができるのなら喜んで走ろうじゃないか!

まずは第一集合場所の守谷SAで10台くらい(数えてないから適当)のメンバーが集合。幹事のともにじさんの仕切りで第1回目の自己紹介。しばしウダウダの後、第二集合地点の東海PAを目指す。休日1000円がなくなった常磐道はかなりスムースな流れで快適なトレイン走行ができた。何たってこれが気持ちいいの一言だ。

東海PAで数台が合流し、いよいよ最終集合場所の湯ノ岳PAへ。ここで現地幹事のNAFNAFさん登場! さらにNAFNAFさんの友達の真っ赤なP様ターボと真っ白なマセラッティも合流。ここに文字通り絢爛豪華なパーティが誕生したのだった。両車とも宇都宮ナンバーだったから栃木県の方だろうが、何ともうらやましい限りである。

これら総勢20台が高速の中央車線に一列に連なってのトレイン走行は圧巻で、動画撮影できなかったのが惜しまれる。

・・・・・・・

メヒコいわきフラミンゴ」の名物はズワイカニの乗ったカニピラフである。

「メヒコ」はメキシコの事? それだけでも「?」だったが、それよりなぜそこに「フラミンゴ」が続くのかがよく分からなかったが、その謎はすぐに解けた。何と店の半分くらいがガラスで仕切られ、そこに動物園のようなフラミンゴ池が設えてあって、3種のフラミンゴが10羽くらい飼われていたのである。その取り合わせは何とも微妙だが、ともあれ我々の「いわき元気!」(←あれ、これって誰かのフレーズだったっけ?)の第一歩はここから始まった。

ここでサプライズ・ゲストとして、はるばる新潟から参加の雀さんが颯爽と登場した。彼女の愛車323iの左右のボディには福島といわきに対するメッセージの切り文字ステッカーが貼ってあった。なんでも前夜に急遽作成してもらった力作らしいが、そうそうできるものではない。雀さん、諸手を挙げてリスペクトです!

NAFNAFさんの「殻付きの方がより美味い」という言葉に、カニピラフにしたほぼ全員が殻付きをオーダー。おかげで剥いてる時間は会話が皆無(←なんちって)。次は剥き身でいこうと心に決めた。

ここで満腹になった我々はいよいよ被災地へと足を進めた。ただし、20台もの外車を連ねて現地入りするのは、気持ちとは裏腹に誤解を受けかねないとの配慮から、5~6台に相乗りして向かったのだった。

・・・・・・・

美空ひばりの「みだれ髪」で有名な塩屋崎からいわき七浜の一つである薄磯海岸へ。

ここは砂浜の後ろに堤防、その後ろに住宅、そしてその後ろに小高い山が控えているという地形だ。我々は小高い山を越えて浜へと降りたのだが、山の手前は地震の揺れでのみ傷んだ建物が並んでいた。さすがにここまでは津波が押し寄せては来なかったようだ。

そして山を越えると、いきなり浜地区が眼前に開けた。

津波に全てを呑まれた三陸地区のような何もない風景ではなく、木造家屋でもそこそこ残っていた。だがそのほぼ全ては、一階部分の柱を残すのみで空洞となっていた。まるで骨だけにされた動物のように櫛の歯が欠けたような間隔で立っているだけの家々。二階部分にガレキが突き刺さった家、子供用の二段ベッドが窓から飛び出している家、外から小さな仏壇が見えてしまっている家…。傾いたり崩れてしまっている家もある。

これはTV画面などでは到底伝わらないリアリティだ。

ほとんどが土台を残しただけでなくなった町。だがここは決して宅地の新興開発地なんかじゃない。一つ一つの土台には家が建っていて、そこでまぎれもなく人が暮らしていたのである。このどうにもならない惨状が圧倒的な力を持って我々に迫って来たのである。

こみ上げる言い知れぬ思いを胸に感じた刹那、同乗の雀さんが「これを絶対忘れない!」と目頭を押さえ嗚咽の声を上げた。彼女のセンシティビティの鋭敏さに驚かされると同時に、全ての同乗者も彼女と同じ思いに胸を痛めていた。

ほんの2か月前までは、ガレキの中にかろうじて一本の道が作られていたに過ぎなかったという。それが今は自衛隊やボランティアの人達の力で地区の隅に片づけられていた。ただしガレキは小高い丘ほども積み上げられていて、その全ては地震と津波によって奪われた住民の生活そのものだったのだ。

そしてここ福島県は、原発事故による放射能汚染という人災(霊長類ヒト科の生物が勝手に作り出した災い)にも苛まれているのである。

自分の目で実際に見た者にしか伝わらない事がある。

遠く離れた東京でのほほんとしている息子達に、少しでもこの現実を伝えたいと持参したデジイチだったが、私はついぞシャッターを切る事が出来なかった。この圧倒的な現実を前にして、シャッターを切れるだけの資格が今のお前にあるのかと自分の奥からの声を聞いたからだった。

・・・・・・・

いわき市のシンボル「いわきマリンタワー」近くのカフェレストラン「マリンビレッジ」でスイーツ・タイム。ここらあたりから、日没まで待ち切れなくなったともにじさんがダークサイドへ落ち、「黒ともにじ」となって毒とエロ全開状態になり、一同大爆笑が続く。これもオフ会の醍醐味ではある。

その後、NAFNAFさんのファクトリー経由で五浦海岸で「海とBMW」を堪能。一同の腹がすき切ったところでディナータイム。会場は、これまたカニ料理の「かに船」。比べきれないほどたくさんの定食の中でも、ここの目玉はカニタップリのせいろ飯を中心としてカニ刺身やカニ天ぷら、カニステーキなどの組み合わせを選べる2980円の定食膳だ。

ただ、注文したものが運ばれてくるまでに優に30分待たされ、テーブルによって到着順もまちまちだったのが幸いしたのか、またしても黒ともにじさんを中心として会話が盛り上がった。もちろん定食膳もボリューム満点で美味かった。

終わってみればすでに21時近く。ここから東京まで200km弱の夜道を帰るとなれば、ガチャ目の私にとってやや不安だったが、今回に限っては少しでもいわきを元気付けたいと最後まで参加する覚悟だったから、これでいいのだ。

常磐道を単騎、ぬうわkmで巡航するも先行グループの影も形も見えなかった。それでも23時前には無事帰宅できた。途中に相乗り区間があったものの、総走行距離455km、BCによる平均燃費13.6kmだった。エアコンフル稼働だった割には上々の燃費だろう。

この楽しいながらも思いを新たにできたオフ会の現地幹事&案内役を買って出ていただいたNAFNAFさんに改めて感謝したい。

我々CB1は少しは元気を差し上げられましたか?





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COMMENT

>なおさん
実際に目で見てこそ伝わってくるものがあるという事を改めて知らされました。
次はあそこに力強く家が建っていく姿を見に行きたいですね。エールとともに。

こんばんは~
先日はお疲れ様でした♪
現実を目の当たりにして言葉を失いました。。
それでも頑張っているいわきの方々の姿を見て、少しは私も成長できたかなって思ってます。
またフル参戦で宜しくお願いします!!

>雀さん

何をどう言ってみたところで、私はかなりのヘタレです。ボランティアの人たちのように力で貢献できる体力も余裕もございません。

せめて、現地を知ることと、少しばかり経済を回すことに貢献するくらいです。

それと決してこれを忘れないこと、でしょうか。

先日はみっともない姿をお見せしてしまいました。
いわきに行くと決めるにはいろいろ葛藤がありました。
実は津波をテレビ中継で見てから、似たような景色を会社のライトバンで走るたびに
あの光景が思い出され根拠のない恐怖感に捕らわれたり、些細なことですが体に不調が起こったりしていました。
そのことをTwitterでつぶやいたら被災地の友人が「自分たちは大丈夫だからなんにも心配しなくていいんだよ」とまだ復旧の「ふ」の字がやっと見えるか否かの早い段階で電話をくれました。
「隣人に優しく」という彼の言葉は私の心の芯にしっかりときざまれ、その優しさでその不安から戻ってくることが出来ました。
だから、今回はそんな私でもお金を使うという至極単純なことでも役に立てるのならと思っていわき行きを決めました。
きっとへこたれる。でも、仲間がいるからきっと大丈夫・・・。
たくさんの思いを心に詰めて帰ってきました。
みなさんのブログを見ていると
ようやく自分も何か発信しなければという気持ちが固まってきました。
それがあの場所に立ち、あの空気を吸った者の務めだと
自分の中で何かを見定めたような気持ちになりました・・・。
長文失礼いたしました・・・。

>NAFNAFさん
貴重な経験でした。
来週は仕事でいわきへ行きます。その後は郡山泊になりますが、しっかり経済に貢献したいと思います。

ありがとうございました!

こんばんは昨日はお疲れさまでした!

そしてたくさんの人がいわきに訪れてくれて元気をいただけました。
ほんとにありがとうございました。

私もあのセブンイレブンが頑張って営業している姿を見ていわきの復興のパワーを見ました。
これ一回ではなく今後もいほきに来て頂ければと思います。

>ともにじさん
我々が目にしたあの光景は、安易に言葉に文章にできるレベルではありませんでしたね。
でも、それがダイレクトに伝わって来たのは、部外者である我々のせめてもの収穫だったと信じたいと思います。

お疲れ様でした。

こんばんは。黒ともにじです。
昨日はお疲れ様でした。
本当に言葉にも文章にも出来ない光景でしたね。
あのセブンイレブンは希望の光に見えました。

往復も快適ツーリング満喫できましたね。
またヨロシクお願いします。

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Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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