半分過ぎて日が暮れて

もはや驚きはしないけど、ついに一年の半分が過ぎ去った。

原子力保安院の西山ヅラ男審議官が更迭された。親子ほども離れた女子職員とお楽しみ(もしかして単なるパパだったかも?)がバレ、不倫報道の末の更迭だった。原発事故さえなかったら、ヅラも不倫も全国に晒される事もなかったろうに。

でも、その理由が倫理観の欠如だの国民に信用されないだのという事なら、モナチュー細野の原発事故収束・再発防止担当相任命も負けず劣らず問題なんじゃないの? 

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不倫のヅラ男に最初は厳重注意だけだったが、ついに更迭した海江田経産相は原発に関して造詣が深いわけではない。その彼が停止中の玄海原発の再開を要請すべく、佐賀県庁に赴いた。

反原発派市民の怒号飛び交う中、相対する岸本玄海町長やそれまで判断を保留していた古川佐賀県知事が揃って「安全性の問題はクリアされたと考える」と再開を容認したのである。おいおい、アンタらも原発に詳しいワケじゃあるまいに、何をもってクリアされたと言えてしまうのか?

玄海町には原発関連交付金の99%が入り、町の歳入の実に6割を占める。この町は人口は6500人ほどなのに、公民館やコンサートホールにスパ施設などなど、その規模からはおよそ分不相応とも言うべき豪華な施設が点在する。一方で隣りの唐津市の原発交付金歳入は1%にも満たないと言うから、いかに建設地のみが優遇されているかが分かる。坂井唐津市長が再開に否定的なのは無理もない。

いっその事、いつ来るかどの程度の規模かも分からない地震や津波のリスクよりも町の歳入と雇用の方が遥かに重要なのだと言ってしまえば良いのだ。これは沖縄の基地事情ともよく符合する切ない現実なのだろう。

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そんな中、延期されていた会社の組織変更と人事異動が公示された。

主要製品の領域別に3つの事業部に分かれ、今までの支店制から事業エリア毎にそれぞれの領域事業部の営業部長が取り仕切るという組織になった。支店長がある意味一人天皇だったとすれば、これからはトロイカ体制か社内ライバル3社体制かというイメージだ。

それに伴う異動人事には驚かされた。

徐々に会社内の発言力を増し、自ら率いる領域の実績が他の領域を上回っている弱冠40代半ばのNさん。彼の持論の一つは「マネジャーはプレイヤーとしてもトップクラスでなければ誰も付いては来ない。ただ部下管理だけのマネジャーは要らない」である。

そのアオリを食って降格させられたマネジャーは片手では足りない。いきなり降格させられたマネジャーは、今度は一営業部員としてどこかのマネジャーの部下になるという厳しい沙汰だった。中にはそれを否として退社を覚悟した者もいるという。

Nさんの持論は確かに正論かもしれないが、そのウラにはNさん個人の好き嫌い人事の色も見え隠れしている点が気になるのだ。3事業部制となったためマネジャーのポストが増え、若い世代からの登用も確かにあった。だがそのいくつかは、Nさんの支店長時代の部下ばかりだったのである。

ただでさえ自分の息の掛かったメンバーで側近を固め、さらに現場のマネジャーの殆ども今回の人事でそうした。目の上のタンコブだった、元の会社から先に来ていた年上の支店長もラインから葬った。ま、彼はそうされても仕方のない人物だったけど。

そして最終的にNさんがダメ出ししたメンバーの多くを、かつて自分の管轄だった専門領域部門へ受けさせるという形を取ったのである。そこのトップは元自分の部下だったから、さぞや話はカンタンだったろう。おかげで私は、怒りこそあれモチベーション最悪の元マネジャーを中心とした新メンバーおよそ10名に製品研修をしなくてはならなくなったのである。

こんな形での異動や研修なんて、まったくお互いに理不尽この上ないよな。




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COMMENT

>おたけんこさん

今回降格されたマネジャーは、個人の資質の問題と言うよりも、過去に上司や本社に対して何かしら意見したためにマイナスを食らったような気がしてます。だからこそ理不尽ではないかと思ってます。

昔から、部下は上司を選べない。と、言われていますが、上司も部下を選べないというのはキツイですね。
格言う私も残念な部下の独りとしてカウントされているはずです。

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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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