破壊と汚染

一度は退陣を口にしながら、今もってその時期をはぐらかす。いや、なお居座ろうとあれこれ弄する総理大臣。

そんな愚にもつかぬ政局に振り回される永田町。被災地から離れているのは単に地理的な距離だけではない。常日頃、国民と共にあると公言して憚らぬ政治家連中の目や心までもが、被災地から遥かに遠のいた感じがしないだろうか。

ならばいっそ、AKB48の総選挙で上位に入った6人の顔のパーツを組み合わせたCGの新人「江口愛美」のように、政治家それぞれの長所を合わせて「バーチャル総理」でも作った方がよっぽどマシかもしれない。もっとも、こちらの総選挙はいつになるやらさっぱり分からないけど。

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震災から100日を超えた。復興、復興との掛け声が連日マスコミからも流れている。

一口に被災地と言っても、片や地震と津波ですべてを破壊され、残されたのは膨大なヘドロとガレキという地域。片や地震を免れたとしても原発事故による放射能汚染を受け、いつ戻れるかも分からぬ避難を余儀なくされた地域。

どちらの被害がより重く深刻かという議論は意味がないものの、とある日、ふとそれが話題になった折にカミさん曰く「そりゃ放射能汚染地域の方がより大変よ」「ヘドロとガレキはいずれは取り除けるし、少なくともいつでも人が入って活動できるじゃない」「汚染地域は、もしもこのまま帰れないなんて事態にでもなったら、復興も何もないでしょう」

もし今の私の環境で、この2つの被害を受けたとしたらと想像してみる。

ローンを抱えた家がガレキと化した喪失感に加え、残った土地にさらなる大借金を背負って家を建てる気力と余裕なんて到底持てないだろう。二重三重ローンがその最大の理由だが、現にそれが今、被災地で大きな問題になっている。建てようにもヘドロとガレキの撤去、復興プランに基づく建築許可という問題も横たわっている。自宅だけではなく、船や会社も破壊されていては今後の収入の見通しすら立たない。

自宅は無事そこにある。町もそのまま変わってはいない。だが人は誰もいない。これが放射能汚染を受けて住民が避難した地域の風景だ。自分の家で生活をするどころか、立ち入りさえもできない。避難先ではまったく別の生活を一からやり直さなければならないのだ。無傷の自宅がそこにありながら。

放射能汚染が悲惨なのは、地震や津波、洪水などの天災と違って被害状況が目に見えないという点だ。だから一見しただけでは、これが被害なのだと理解できないのである。感覚的に受け入れられないのだ。そして大抵の場合、天災の場合よりもその状態がずっと長く続くのはチェルノブイリやスリーマイル島で実証済みだ。

人は未来があると思えばこそ希望を持てるのであって、先の見えない希望なぞ持てるものではあるまい。

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野党のみならず与党からも早期退陣を求められた総理大臣は、今度は「再生エネルギー特別措置法案」の成立を退陣の条件に加えたという。政府も政府で、海江田経産相がこの期に及んで伊方原発や玄海原発、川内原発などの再開を首長に要請したという。

現在、福島第一・第二原発が停止している中でも東京の電力の需給バランスは十分保たれている。このままなら、夏が来ても突然の停電に陥る危険はそれほど大きくはないと言える状況だろう。つまり、東京へ電力を供給している主要2ヶ所の原発が作動しなくてもやっていけるという事に他ならないじゃないか。

被災地への援助に関する法案成立を急ぐのならいざ知らず、今後のエネルギー問題は必ずしも危急の課題とは言えないだろう。それが菅総理のライフワークだろうが何だろうが知ったこっちゃないわ!

退陣の花道とやらが欲しいのなら、早急に被災者の援助と被災地の復興の道を示せ。たとえそれが置き土産でもいい、そうしたら国民は拍手を送るだろう。せめて最後は少しばかりの拍手くらい受けて去ってくれ。






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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

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