震災3ヶ月と反原発デモ

東日本大震災から今日で3ヶ月。「人のウワサも75日」ではないけれども、ともすれば震災当初に受けたインパクトが知らぬ間に薄れ始めてはいないだろうか?

地震発生時刻の午後2時46分には被災地で黙祷が捧げられたとTVが伝えていた。だが、祈る姿のその向うの景色は、3ヶ月前とさほど変わっておらず、津波がさらって行った跡の荒涼たる平地が無残に広がっているままだった。

ヘドロの撤去やガレキの捜索も遅々として進んでいないようだ。死者は1万5千人以上、行方不明者も8千人以上、今も9万人以上が避難生活を強いられているのである。漁港には魚が腐敗臭を放っているし、この季節はハエや蚊が大量に発生して来るので、感染症の蔓延が心配される。田畑の塩害も数年は回復しないだろう。それどころか住人のライフラインすら復旧していない有り様である。

やっと供給され始めた仮設住宅に避難所から移った人は原則自立と見なされ、避難所のような食料などの配給は受けられない。だから仮設住宅に当選しても入居できない本末転倒に陥ってしまった人もいる。配給を行なって来た地域も今日で終了するという。

そんな仮設住宅の住人の声が画面から伝わって来る。

食料はもちろん、食器や日用品が足りない、収納棚が少ない、配線やコンセントが壁の上を這っているので危ない、網戸が欲しいなど、一見すると仮設住宅といえども入れるだけマシだろうにと思われがちだが、その声を誰が責められようか。

支援物資の受付が終わり始めている一方で、2000億円を上回る義援金はまだ10数%しか被災者に渡っていないという。当初は現物支給が必要だが、やっぱり最後は賞味期限のない金銭がモノを言う。公平うんぬんよりもスピード重視で被災者へ届けなければ、募金した人々の思いが空振りに終わりかねない。

被災後100日近く経ってもこんな生活しか提供されないとしたら、被災者のこの国に対する失望感はいかばかりだろうか。圧倒的な絶望に襲われた人々にとって、先の見えない希望を持てと言われる事ほど辛いものはない。

ところが永田町では、菅総理の退陣時期を巡って相も変わらず政局真っ最中の様相だ。爆笑問題の太田光じゃないけれど、いっそ国会を被災地に移してみろと言いたい。少なくとも復興構想会議あたりは被災地で行なったらいい。ついでに東電と原子力保安院は福島へ行け。

・・・・・・・

一向に進まないのは原発事故処理も同じだ。今や福島県に限らず広い地域で放射能汚染が確認されている。その地域は東京や神奈川までに及んでいる。内部被曝防止のために遠隔地移住を本気で考える人も出始めているし、二度と故郷には戻れないだろうと悲しい覚悟を決めざるを得ない人もいる。

原発反対100万人デモが全国各地で実施されたという。

きっかけは反原発派のいわゆる左派プロ市民の連中かもしれないが、参加者が若者が多くを占めているというのがこれまでと違うとニュースは伝えている。レポーターは、政治に無関心と言われている層が行動している事が、今後の新しい潮流となるかもしれないと言うが、その見方はまだ早計だろう。

今回のデモ行動への彼らの瞬発力は近年見られなかっただけに大いに買うが、持続力については懐疑的だ。原発の是非が十分議論されないうちのデモは、いっときの熱がそうさせたに過ぎないかもしれないからである。感情の昂ぶりだけではなく冷静な分析も求められる。結論までには時間が必要だ。

電気に頼り切っている生活を、果たして彼らは原発以外の発電による供給量で済むように変えられるのか? ソーラーパネルやLED電球を自宅に設置するのか? 自家用車を止められるのか? そして高くなった電気代を未来永劫払い続ける覚悟があるのか?

情けない事に、私はまだその覚悟を明らかに出来ないでいる。




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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

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