やっと当たり前の判決が

「卒業式で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱するよう教師に命じた校長の職務命令は憲法に違反しない」と初めて最高裁が結論付けた。原告は、定年後の再雇用を都から拒否された都立高校の元教師で、その損害賠償を求めた訴訟の上告審判決だった。

元教師は「君が代を起立して斉唱する事は(教え子の在日朝鮮人や中国人に対して)良心が許さない」と訴えていた。したがって校長の職務命令は思想・良心の自由を保障した憲法に違反すると主張していたのである。

この判決について、新聞各社は記事や社説などで取り上げていた。最高裁判決に肯定的な論調は読売と産経で、朝日、毎日、東京は原告寄りか中立的論調だった。さもありなん。

・・・・・・・

…国旗・国歌については、おおらかに考えてもいいのではないか。不起立を貫く教員は、東京ではいまや少数者である。昨年度の卒業式で処分を受けたのは、6人に過ぎない。サッカーの国際試合やオリンピックなどで、大勢の国民が日の丸を振りつつ、君が代を口ずさむのは、決して誰かに強制されたものではないはずだ。(東京新聞)

サッカーやオリンピックで日の丸や君が代に沸くのは、必ずしも選手や観衆の愛国心の発露というわけではなく、むしろゲームやイベントを盛り上げるツールの一つと捉えているのではと思う。あるいは、選手が国の代表という事に対するリスペクトに通じる表現かもしれない。それを強制かどうかと比較したところで始まるまい。

だけど、その根底には日本国=日の丸&君が代という認識がなければならず、それは幼い時からの教育によって醸成されるものだ。だから教師によってブレない一貫した教育が必要なのである。


…1999年に国旗・国歌法が成立した際、過去の歴史に配慮して国旗・国歌の尊重を義務づける規定は盛り込まれなかった。教育現場の自治や裁量に委ねることが本来、望ましい姿ではないか。(毎日新聞)

教育現場の自治や裁量に大いに疑問符が付いた日教組という組織を忘れてはならない。学校組織に反体制などという政治的思想を持ち込み、要求貫徹のためならストすら辞さずという姿勢こそ教育者としてあるまじき行為ではなかったのか。責任の伴わない自由を認めてしまっては、望ましい姿なぞ永遠に絵に描いた餅となろう。


…手放し、無条件の合憲判断ではないことに留意しよう。教育行政に携わる人、そして起立条例案の採決が迫る大阪府議会の関係者は、判決の趣旨をしっかり理解してほしい。一方で、最高裁の姿勢には疑念と失望を禁じ得ない。多数者の意向や勢いに流されず、少数者を保護する。それが司法の大切な使命だ。(朝日新聞)

朝日はいつまで亡国論を主張するのだろうか。少数者を保護するのは政治や行政の仕事である。裁判所が少数者を保護するあまり判決を曲げてしまうことなど許されるはずがない。その実、朝日の論調の本音は、自分達の左派的思想信条を否定されたようなこの判決を、一見公正中立に聞こえる言葉にまみれさせることによって相対化してしまいたいのである。相変わらず姑息な手だ。


…妥当な判断である。判決が指摘するように、公立学校の教師は本来、「法令や職務命令に従わなければならない」ことを自覚すべきだろう。自国、他国の国旗・国歌に敬意を表すのは国際的な常識、マナーである。そのことを自然な形で子供たちに教える教育現場にしなければならない。この判決を機に、教育現場で長く続いている国旗・国歌を巡る処分や訴訟などの混乱に終止符を打つべきだ。(読売新聞)

国民に対する教育の権限は国にあるが、それがどこから見ても公正で中立などと言える国などどこにもない。だが、国公立校でその教育の実務を担っているのは公務員である教師だ。だから教師は国の行政機関の一員として、国の定めた学習指導要領に基づいて教育する義務があるのは至極当然のことである。

その学習指導要領が「国旗掲揚と国歌斉唱は入学式や卒業式で指導するものとする」と定めているにも関わらず、一部の教師がこれらを拒否してきた経緯がある。いい加減に「個」の執着から「公」の遂行へ精神を脱皮させよ!


…東京だけでも国旗・国歌をめぐる同様の訴訟が24件も起きている。750人近い教職員がその当事者となっているというから、驚きである。自分の思想信条と合わない職務命令には従いたくない。聞こえはいいかもしれないが、普通の企業や組織ではそれは「わがまま」という。(産経新聞)

たとえば、私は会社のマークや社歌を歌うことに良心が許さない、などと公言し拒否しようものならクビは当然だろう。それほど個人の思想信条に殉じたいのであれば、少なくとも公立校の教師という職業を選択するべきではない。それが登場して来ない世界に行くか、主張したければ講演や文筆など別の表現方法を選択すれば良いのである。

・・・・・・・

生徒自らが望んだ私立校ならいざ知らず、誰もが選択でき、我々の税金によって運営される公立校という場で、教師の個人的な思想信条を押しつけられたらたまったものではない。個人的な思想信条とは、人が成長する過程で自ら学んだり経験した中で培われるものであって、その是非の判断すらあやふやな年代に一方的に刷り込まれるものではない。

もし私の子供が国旗、国歌を蔑視したり敬意を払わぬような教師の態度を見せられたり教えを受けたりしたとしたら、決して国粋主義者などではない私なのだが、それでも親という立場から断じて看過することはできない。






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COMMENT

>inaちゃん
私が効率の小中学校の生徒だった時分、教師は聖職者と父兄からも尊敬されてました。
そんな先生から国旗と国歌の意味を正しく教わって今に至ってます。
少なくともそれらを公然と否定する先生はいませんでしたよ。もちろん裏ではわかりませんが。

妥当というより当然の判決でしょうね。
それしか言いようがない。

公を曲がりなりにも代表する立場なのですから、公立高校の先生は。公立学校として、国歌を敬意をもって起立斉唱する。国旗を高らかに掲げる。当然のことでしょう。

それがわからない先生なら、潔く信条のあう私立校に行くべきでしょうね。皆さんがおっしゃるように。

>himikoさん
こんな当たり前のことを教えるのが教師の仕事だというのに、いまだに北と南の地方では、まさにある意図を持って子供達を教育(洗脳)してます。

>しげドンさん
これに異を唱えて憚らない、しかもそんな教師がいる事が恥ずかしいですわ。

>nogaさん
はじめまして。ブログもv拝見しました。
日本人と言う分野で研究されているようですが、こ難しい理屈は分かりませんが、nogaさんがここで書いておられるほど、日本人は極端でも捨てたモンでもない気もしますが・・・。

まったくだ!

国を愛するのと同じように、国歌を愛し国旗を愛してどこが悪い???
どこの国だってそうでしょうに日本だけが四の五の言われる理由がワカラン ^^;

歌いたくないんなら教師にならなければいいだけのことで、子供たちを洗脳したいのかしらん、と思ってしまうわ。。
あれもアリ・これもアリの日本なのに、そんなことも分かんないうちから自分の国を愛せない子達を作りたいだけなんちゃうか?

まぁ教師って、社会性に欠ける人が多いのは何となぁく感じてるケド~

国旗・国歌に対して敬意を払うのは当然のこと!

hierarchy

日本人のことについて、もっとよく学ぼう。日本語しか知らない人は、日本についてもよく知らない。


言語は、考えるための道具である。言語が違えば、考え方も異なる。

日本人は、本当に礼儀正しいのか。
我々の礼儀作法は、序列差法である。序列なきところに礼儀なし。
日本語には階称 (言葉遣い) がある。
言葉遣いの意味を身振りで表わせば、序列差法になる。

日本人は、なぜ察し (勝手な解釈) を使うのか。
意思は、未来時制の内容である。
日本語には、時制がない。だから、未来時制もない。
日本人には、意思がない。
それで、勝手な解釈を利用する。

日本人には、恣意 (私意・我儘・身勝手) がある。
恣意は、文章に表わせない。アニマル・子供に共通である。
恣意は、相手により察しにより文章化される。
本人には、その内容に責任がないが、それは本人の意向とされることが多い。

日本語には階称 (言葉遣い) があるので、日本人は序列人間 (縦社会の人間) になる。
義理 (序列関係) がすたれば、この世は闇だ。
意思はなくても、恣意があるので、アニマル風に行動する。

意思のない日本人は、天の声により行動が定まる。自分自身で考える力はない。
問題を解決する能力はないが、事態を台無しにする力は持っている。
だから、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶ必要に迫られることになる。
これは、昔からある浪花節でしょうね。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

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最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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