ブブゼラの音に包まれて

この日が来るたびに思い出す。
1970年代初頭、中学校の課外部活でサッカー部に入っていた私は、今とはまったく違ってチビで華奢な身体にセルのメガネという、およそ球技には適さない少年だった。唯一の取り柄と言えば学年トップクラスの柔軟性だけだった。
サッカー部にいてでさえ、ワールドカップなんて遥か外国のサッカー大会であり、日本サッカー界とは全く切り離された世界のイベントという認識だった。だが、そこにきら星のごとく集う超一流のスター選手だけはいつも話題になっていた。ペレはもちろん、ジョージ・ベスト、フランツ・ベッケンバウアー、ゲルト・ミュラー、ヨハン・クライフらが現役バリバリの頃である。
三菱ダイヤモンドサッカー」という番組でその雄姿を垣間見たり、「サッカーマガジン」を回し読みしたり、日本に上陸したての「adidas」のスパイクを陳列しているスポーツ店にわざわざ見に行ったり…。選手も道具も、そのどれもが雲の上の存在で、せいぜいロゴ入りのボストンバックを持ち歩く事くらいが、サッカーをやってるぞという精一杯のミエだった。
フォーメーションも戦術も今のサッカーとはずいぶん違っていた。キーパー以下のポジション名はバックス、ハーフ、フォワードのみで配置は4:3:3を基本とするものの、バックスはひたすら前にボールを蹴り、ハーフが繋ぎ、フォワードが走り込んでシュートを打つというシンプルなもの。守備エリアから前線まで攻守に走り回る選手を一部でリベロと称していたが、トップ下やボランチなどというポジションは名前すら無かった。
そして今でも鮮明に記憶に残っているのが、クソ暑い夏の練習後に飲むヤカンの氷水のウマさ。冗談抜きに死にそうになるほどノドが乾き切った後だから文字通り天国の味だった。この時の一杯に勝る飲み物を私はいまだ知らない。今なら教育的観点から許されそうもないが、練習中の水は一切厳禁が当たり前の時代だった。それでも熱中症とか脱水症状を起こしたという記憶がない。これは全く不思議だったと今でも思っている。
・・・・・・・
そして今年もワールドカップが南アフリカの地で開幕した。
8万人以上を集めたメインスタジアムでの開会式に続き、ブブゼラ鳴り響く中で行われた南アvsメキシコの開幕戦。プレミアリーグで活躍するMFピーナールとFWムフェナを中心とする南アを率いるのは、94年にブラジルを優勝させたパレイラ監督。対するメキシコは4大会連続で決勝トーナメント出場の強豪国。こちらの中心はドスサントス、ベラ、フランコの超攻撃的な3トップだ。
この2チームは決して優勝候補クラスではない。それなのに開幕戦のウキウキ感を割り引いても、観ていて十分面白い。何よりもスピード感溢れる展開が爽快で、それに比べれば、自国の代表が出ている試合が実に退屈な試合に思えてならないのである。
これはいったいどうしてだろう? いや、答えはもう分かっている。
日本が良くやる身内のパス廻し、特に横パスやバックパスが、緊張を解いてボールに慣れるための序盤以降ほとんど行なわれないのだ。ボールは常に横ではなく縦に流れるから、すぐにゴール前で緊迫の攻防が現れる。リスクを負った攻撃こそサッカーの醍醐味なのだ。
だから、パサーばかりが立ち廻り、ストライカーが目立つ場面の極めて少ない日本サッカーが、イザという時に決定力を発揮できないのも頷けるというモンだ。観る方だって、シュートよりもパス廻しばかり見せられたらつまらなくなるのは道理だ。
こうなったらもはや勝敗はともかく、決定力も求めないから、せめて強豪相手にゴール前のチャンス場面の数だけは相手に負けずに作ってくれ。敗けても満足感だけは与えてくれ。その意味で日本代表に期待もしているし、頑張っても欲しいと思っている。
試合は前半を0対0で折り返した後半10分、何とMFチャバララの見事なゴールで格下の南アが先制したのである! 開催国パワー恐るべし。この後、33歳のベテランFWブランコ、FWエルナンデスを次々投入したメキシコ、34分にゴール前で完全フリーとなったDFマルケスのシュートでついに追いついた!
再三メキシコゴールに攻め込んでいた南アだったが決勝点は奪えず、1対1のドローで終了。開幕戦にふさわしい見応え十分ないい試合だった。
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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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