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幹事で飲み会やりました

この日、いつになく私は焦っていた。息子の高校の親父の会で幹事を仰せつかった飲み会の開催日だったからである。

こういうシチュエーションでは、普段なら何事も無く余裕を持って会場に到着して待ち構えるのが幹事として当然の務めなのだが、なぜかこの日に限って私の担当製品の研修コンテンツが検討会議の最終プログラムに位置しており、それがまた予想に反して時間延長に突入しそうだったからだ。

だが、そんな事でメゲる私ではない。ギリギリ規定時間内に強引に検討会議を終わらせ、会社から徒歩5分の会場に一目散に足を早めたのである。それでもすでに到着していたメンバーがいた。当然の如く、二人で第一次乾杯をしたのは言うまでもない。

やがて、一人また一人とOYAJI達が集合し、今回最大級であろう9名の参加者が揃うのにさほどの時間は要さなかった。でもそのたびに第二次、第三次、第四次乾杯となり、料理が出る前にほぼ出来上がりつつあった。

ここに集ったOYAJIは、函館の高校に息子を通わせている在京組の父親達である。その大部分は私も含めて、どちらか言えば奥方に牛耳られている立場の哀れなOYAJIでもある。だからこそこの飲み会は、そんじょそこらの飲み会とは一線を画す重要な意味を持っている飲み会なのだった。せめてこの場で思い切り弾けるために集まったのだから。

そうこうしているうちに、丸坊主姿のSさんが衝撃の登場をしたところで全員が揃い、ビールで最終乾杯。何でも、タルんでる塾生の気合を入れるためだとか。我々早期到着組にとってはもはや第何次乾杯だか分からないが、そんな事はどうでもいい。出された刺身にはぬる燗の日本酒、焼酎組はロック、水割りなどそれぞれに好みの飲み物を飲みつつコアな談笑タイム。

今回の目玉はバンコクのデモ騒動の渦中にいたWさんの体験談だった。彼によれば政府軍は一切実弾を発砲していなかったらしい。逆にデモ隊の方が実弾を持っていて、犠牲者はその発砲によるものだったとか。ま、そうでなくても毎回こういう場面では声の大きい人の話題に引きづられるのが定例。やはりいつもと同じように、この日も彼が話題の主となった。

今回の会場は、何度も利用している大人の雰囲気の居酒屋的な店だったため、ジャズの流れる落ち着いた雰囲気の中で話が弾んだ。とは言え、例によって、ここでどんな会話が交わされたかは決して書けない。これだけはいつもの親父の会のお約束だからである。

面白かったのはこの後だった。

平均50代のOYAJIゆえ、今までは二次会と言ってもせいぜい2軒目でも居酒屋というのが関の山だったが、今宵に限っては駅前のカラオケボックスになだれ込んだのである。こういう所は一度入ってさえしまえば、それぞれ思い入れのある歌やら青春時代の歌やらを無意識のうちにもリクエストしては歌いまくるという好循環が生まれるモンだ。このメンバーなら、少なくとも涙チョチョギレの昭和の歌合戦が展開されたのは当然の事だった。

幹事の私ですら予想外に盛り上がったこの二次会が何とか終わったのは、既に日付変更線を超えていた時刻だった。もっとも、OYAJIが本気で盛り上がればこんな事は当たり前である。今宵も言うまでもなく大盛り上がりだったのは間違いない。奥方達よ、これで文句あっか?

学校行事に無頓着な私あたりでも、聞くところによれば、息子達に残された行事は学園祭と創立五十周年式典と卒業式くらいらしい。そのどれもにたとえ出席を促されようとも「どうせ余計な事を言うんだから出なくてよろしい!」とカミさんから釘を刺されている我が身にはどうして良いのやらなのだが、こちとら別にステージパパのつもりもないのだから、取り立ててどうこうでもない。まぁ、あんたら母親で勝手にやりなさい。

月日の経つのは実に速いモンで、息子の高校時代は既に3学年に突入している。数ヶ月後には大学受験を控えている身だという自覚も十分でないままに月日だけが徒に流れて行っている。だがこれは彼らの親世代の誰しもがかつて味わった時の流れであり、誰しもがほんのちょっぴりの後悔と共に思い出すであろう時の流れの真っ只中に、今まさに我が息子もいるという事に他ならない。

そんな時の流れを潜り抜けた側の親世代の人間から、たとえ何かを語ったとしても、今の彼らにはたぶん届かない事の方が多いだろう。その真実は言葉ではなく、経験を通してこそ初めて感じ、身につくはずだからである。それを焦らずに待つのも、ひとつの親の在り方なのかもしれないと、近頃しみじみ思うのである。

この親父の会が終わる頃、指向性は全く違うけれども飲んで語れば不思議とウマの合うWさんから、今度サシで飲もうと誘われた。徹底的に語るもよし、議論するもよし、受けて立とうじゃないか。きっとすこぶる面白い時間が過ごせるのではないかと、今ワクワクしている。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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