そんな一週間

相変わらず左肩の鈍痛と格闘する毎日。気がつけばこのブログを一週間以上更新してなかった。3~4日程度のブランクなら普通の事だが、さすがに一週間ともなれば誰に責められるというワケじゃないけど、なぜか自分自身にプレッシャーを感じてしまうのである。

この間、オリンピックでは例の國母和宏(21)のハーフパイプが行なわれたが、果敢に大技に挑戦した彼は着地失敗で8位に終わり、期待されたメダルを獲得するに至らなかった。振り返ってみれば、彼の服装問題で期せずしてこの競技自体が門外漢を含む全国民の注目を浴びる事になったのはラッキーだったと言えるかもしれない。

それにしてもこの世界のトップに君臨しているというショーン・ホワイトなる選手は何者なんだ? 彼の名前は見た事はあるものの、演技をライブで観たのは初めてだったが、あの高さ、あの回転のスゴさは文字通り他を寄せ付けない孤高のレベルである。悪いけど、いくら國母選手達が束になってかかっても彼が大きな失敗でもしない限りとても敵わないだろう。

男子スピードスケート500mは、長島圭一郎(27)が銀メダル、加藤条治(25)が銅メダルを獲得し、前回のトリノ大会で表彰台を逃した2人が、見事に雪辱を果たした。女子スピードスケートはベテランの岡崎朋美(38)から中学生の高木美穂(15)までの「史上最大の年齢差チーム」だったが、500mで吉井小百合(25)、1000mで初出場の小平奈緒(23)の5位が最高位と、オリンピックの魔物に呑み込まれたようでメダルには届かなかった。

一方で男子フィギュアは高橋大輔(23)が日本男子初、同種目では欧米人以外で初の表彰台となる銅メダルを獲得した。ここまで彼の辿って来た足跡は、まさに挫折とケガの苦しみの道のりだった。捲土重来、すべてがこの大舞台で花開いた事が観ていて嬉しかった。

・・・・・・・

会社では今週、本国からオーストラリア人のMr.T、トルコ人のMr.Gという2人の外国人が来た。彼らはプロモーション研修分野の部門に所属しているため、水曜日に各製品のマーケ部門と我々研修部門とでミーティングを持った。オースラリア訛りのアクの強い英語と母国語ではないトルコ人英語に苦労すると思われたが、プロの通訳付きなのでノープロブレムだった。

ミーティングと言っても、結局は彼らに日本の営業部門の組織や活動内容を理解させるというのが大きな目的で、彼らの求めるディスカッションは時間の制約もあって十分ではなかった。ま、今回に限らず外国人のエライさんが来る場合は往々にしてこうなってしまうのだが。逆に彼らのプレゼン内容やアドバイスは我々にとって耳タコ目タコな内容ばかりで「いまさらジロー」である。

その晩は彼らと我々研修部門有志の総勢20名の懇親会だった。場所は新宿のハワイアンレストラン。この場では一転、私レベルの語学力でも気合でコミュニケートできるフランクな会話が飛び交った。やがてショータイムになると、数人の腰ミノスタイルの踊り子(でも決して若くはない!)がフロアに出てきて、フラダンスやタヒチアンダンスに客を誘う。

ここは一発、国際交流の意味も込めて立ち上がらねば日本男児がすたるというモンだ。まして営業経験豊富なメンバーの多いウチの部署なら芸はお手のモンのはず。だが、飛び出したのは私一人だけではないか! 気がついたら頭にはネクタイのハチマキにコースター3枚が刺さり、腰巻きジャケットの代わりに腰ミノが装着されていた。踊り子から腰の動かし方を教わってショータイムスタート! 

手を動かしながら必死で腰も回す。観ていた連中によれば、思ったよりも私の腰ミノは踊り子に負けず劣らず激しく揺れていたという。途中で腰に響くものを感じたが、最後は一番若そうな踊り子にハグして無事終了。お前ら、どうでもいいけど笑ってるヒマがあったら出て来て一緒に踊れよ!

お開きの後はさらに数人に絞られ、二次会のカラオケボックスに突入。もちろんイングリッシュソング・オンリー。外国人はもれなく英語の歌はウマイというイメージを抱きがちだが、先日来ていたMr.Dもそうだったが必ずしもそうではない。トルコ人Mr.Gもそうだった。しょうがないからカラオケの特別研修をしてあげようと言って、一緒に肩を組んで歌ったヘイ・ジュードがとても嬉しかったようだった。国際交流としてはこれで十分だろ。

・・・・・・・

で本日は、一進一退のような五十肩治療の足しになればと、かねてからカミさんが重い肩凝りの治療で通っている中国人マッサージ師のS先生のところへ行った。ところがここは完全予約制の自由診療なので、初めての私は初診料5千円、30分治療で1万円が必要だった。いつもの整形外科クリニックの自由診療マッサージなら同じ30分でも3千円程度なので、さすがにこの時ばかりは国民皆保険制度の有難さを実感した。

実際に受けてみると、整形外科のリハビリマッサージとの違いは明らかだった。S先生は左肩や肩甲骨周辺を柔らかく揉みながら、痛みの根源のスジを短時間で的確に探り当てていく。そしてあらゆる手の部位を使って時にに優しく時に強く力を入れる。おまけに首の骨のズレまで矯正してくれた。30分が経った頃には鈍痛も消え、左手もスムースに上へ上げられるようになったのである。

早速来月上旬の予約を取ったものの、S先生も言っていたが、1~2回の治療で都合よく完治するというわけには行かない。確かに夕食を済ませて家へ帰った頃には、肩が再びゴキゴキ鳴るようになっていた。だが今までのリハビリマッサージとは明らかに違った感触が得られているのも事実である。

これで明け方に必ずやって来る、あの悩ましい鈍痛がどの程度緩和されるかが楽しみである。




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ふっふっふ。
フラよりも激しいタヒチアンダンスの方が腰が激しく動くんですが、そうはできませんわ。

見でみたいわ、Chaieさんのフラダンス ^^;

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最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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