ある法要

本日、わが一族(と言っても今日は総勢6名だが)で法要が営まれた。

実は私の妹の法要だったのだが、彼女は生後すぐに亡くなった。当時はお産婆さんによるお産は普通の事で、なぜか予定月になっても胎児は相応の大きさにはなっておらず、お産婆さんもつい月齢数の間違いかと思ったほどだったらしい。

結論としては、自然に生まれて来るまでこのまま行きしょうという事だった。やがて彼女が生まれた時、お産そのものは安産だったが羊水はほとんど残っていなかったらしい。やっぱり月齢数は間違っていなかったと思った時は手遅れで、翌日には息を引き取ったという。今から思えば、一種の乳幼児突然死症候群だったのかもしれない。

それから50年経って初めて営まれた50回忌。雲ひとつない冬晴れの青空の下、粛々と読経の声が響く霊園で、父母と我々夫婦と長男、そして彼女の後に生まれた妹が手を合わせた。亡くなった彼女が自宅の和室に寝かされている姿は、当時3歳だった私の記憶にある。これまであまり思い出す事はなかったが、今この機に改めて脳裏に蘇ったという事が、この法要を営んだ意味だったのかもしれない。

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元プロ野球選手の小林繁氏が急逝したと、帰宅後のニュースが伝えていた。

57歳、急性心筋梗塞だったらしい。彼の名が取り上げられる時、そこには決まって江川卓氏の名が挙げられた。巨人入団のために弄された「空白の一日」事件。ドラフト制度施行以前に金の力で掻き集めたV9戦士がほぼ引退し、私もようやく地元巨人を応援しようかと思い始めた矢先の横車だった。これで一気に私のアンチ巨人の火が燃え上がった事をはっきり覚えている。

一流のプロ野球選手として脚光を浴びたにもかかわらず、いつも犠牲者という暗い立場で語られた小林氏。去年だったか、TV番組の企画であの日以来初めて江川氏と対談する機会が得られたのはせめてもの幸いだったと思う。

また、同じく元プロ野球選手の桑田真澄氏の実父の営む浜松の店舗兼住宅から出火し、現場から68歳の実父の遺体が確認されたという。報道陣の問いかけにコメントした彼は、何か落ち着いたと言うか、むしろ安堵したかのような表情で父への思いを噛みしめるように語っていた。彼本来の優しい人間性が現れていたようで、だから余計に哀れだった。

この桑田氏の巨人入団時の早大進学ドタキャンのゴタゴタも記憶に新しい。この時の犠牲者だったのがPL学園時代からの盟友清原和博氏だった。この非人情ドラフトも私のアンチ巨人の情熱をさらに大きなものにしてくれた。この時彼の流した悔し涙と、その後入団した西武の一塁手として日本シリーズで巨人を破る瞬間に見せた涙の対比がいじらしかった。

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そして、阪神淡路大震災から15年。

今年もろうそくの火で示された「1.17」という悲しすぎる日付け。それが震災だと知る間もなく、ガレキの下敷きになって命を落とした人達、意識はあっても身動きすら取れず、迫り来る業火に焼かれた人達、たとえ難を逃れられた身であっても、その地獄絵図をなすすべも無く見ているしかなかった人達。大惨事を伝えるヘリコプター中継で見た俯瞰映像の下で、人々は数千、数万の恐怖と絶望にまみれていたのである。

家族や大切な人を亡くした人達の無念と悲しみは15年の月日で大きくなっても、決して癒されはしないだろう。悲しみや絶望を希望に変える作業の如何に辛い事か。生きて行かなければならない人には容赦なくあの時間が毎朝やって来る。それがもう15年間繰り返されて来た。

そして今、被災者300万人、死者に至っては20万人もの可能性が報道されているハイチの大地震でも同じ惨劇が繰り返されている。諸行無常である。






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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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