半分は社会見学
先日、午前半休するつもりで駅ビルにある整形外科クリニックに行ってみた。ところが、開院20分後にも関わらず診療を待つ20人近い患者が表廊下のソファまで占領していた光景に圧倒され、その日はスゴスゴ退散したのだった。そんなに並んでまで診てもらう事もあるまい、と。
その後、回復に向かうどころか、ますます鈍痛の度合いが増して来たため、いよいよ意を決して再受診に出掛けたのだった。
保険証を提示し、初診用の調査票に症状などを記入し待つこと5分。早くも診察室に呼ばれた。さっそく最近の開業医でもよく言われている「PC画面に入力しながら患者の顔を見ない問診」が始まった。おかまいなしに症状を告げたところ、これまた顔も見ずに「レントゲン撮影とリハビリをしましょう」と告げられ、再び待つこと数分、呼び出しが掛かった。
たかが左肩の単純撮影だというのに、担当の若いスタッフの指示通りにいろいろ身体を固定して都合6枚も撮られた。最後の2枚は肩に最も近くフォーカスしたものだったが、なぜかこれが右肩だった。きっと正常な方をブランク(対照)として撮影したんだと勝手に納得して部屋を出ようとしたら、
「すみません。痛いの左でしたよね? 撮影間違えました」
「やっぱそうだったの? てっきり右肩はブランクとして撮ったのかと思ったよ」
「いえ、間違いです。すみません、もう一度撮り直します」
で、撮り直して三たび待合ソファで待機。次に呼ばれたのはリハビリスペース。まずは「マイクロ波治療器」。原理を簡単に言えば低出力の電子レンジだ。同じ器械を当てている女性患者さんたちに並んで10数分。レンジでチンの食品みたいに程良く肩が温まったところで、今度はマッサージ。ここにはマッサージ担当スタッフが4~5名いて、あちこちで患者の肩や腰を揉んでいた。
私はこれまで温泉場のマッサージで肩が凝っていると言われた事はあっても、自覚症状を感じた事は一切無かった。生まれてこのかたマトモな肩凝りの経験が無いのである。今回、肩関節の痛みが首筋の方へ広がるという経験をして、初めて肩凝りの辛さみたいなものを知ったのである。
また、時として肩凝りがうつ病の身体症状の一つになる事があるとは教科書的には知っていたが、もしもこの辛く痛い症状が長く続いたとしたら、逆に肩凝りからうつ病が発症してもおかしくはないとさえ思った。医療を語る上では上っ面の表現ではなく、こういった患者としての体験こそが言葉にリアリティを持たせるのだと改めて痛感した。
さて、マッサージはさすが理学療法のプロのワザだった。保険診療ではわずか10分足らずのマッサージだったが、終わった時には腕を上下する時の痛みもずいぶんと軽くなり、ヘタなホテルマッサージなんかよりよっぽど効果的だった。また、初めての患者に対するリハビリなどの受診システムの説明もマッサージスタッフが担当しているというのも意外だった。何とか頻回に通わせようと、たどたどしい口調で一生懸命営業トークを語っていた。
全てが終わってまた問診。いくつもの診察室をハシゴしているらしく、少し遅れてやって来たDrは、PC画面とレントゲン写真を見ながら、
「頚椎の湾曲があまり無く、まっすぐなので肩が凝りやすいと思われます」
「肩関節にも形態的な異常は無いし、今回は痛み止めの内服と外用薬で良いかと」
「・・・と思いますが、何かご意見ありますか?」
唐突に意見と言われてもねぇ・・・。とにかく寝てる時の痛みさえ寛解していただければ結構です、と返答した。それよりも不思議だったのは、私の診断名について、五十肩なのかそうでないのかでさえ、ついぞ最後まで告げられる事がなかったという事だ。
もっとも、整形外科は他の診療科と異なり、その治療が患者の生命に直接タッチしている診療科ではない。また、患者にとって重要なのは診断名ではなく、今直面している痛みや不自由さを解消してもらう事である。このあたりは、何かと診断名や検査値にこだわる内科系とは異なるメンタリティなのかもしれない。
初診料、レントゲン料、理学療法など、3割負担で3600円、院外処方の薬剤費が780円だった。
仕事では整形外科手術後の血栓予防薬を担当している私にとって、整形外科医は一般外科医と同様のメッサーというイメージが大きかった。だが、開業している大部分の整形外科医院は、ここのように大手術を行なわない整形「内」科で、受診患者の殆どは診察よりもリハビリに通って来ているのだという事を、実際に見られたのは貴重だった。
一方で、リハビリというのは明確なゴールが見え難く、得てして長い期間漫然と通い続ける事にもなりかねず、その医療費もバカにならない。過去において為された診療報酬改定が、ことさら整形外科領域に厳しかったのも頷ける。
終わってみれば、今日は自分のための受診行動と言うよりも、むしろ有意義な社会見学だったんじゃないかな。
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