雨上がりの夜空に ~さよならNさん

同僚がその知らせを聞いたのは、その店にランチに出掛けた先週の事だった。それは「幻のカツオ」との出会いから幾度となく訪れ、すっかり行き付けになった店の板長Nさん急逝の報だった。享年42歳、あまりに早過ぎる死に、今はただご冥福を祈るばかりである。

急遽、店に所縁のある連中が6名ばかり集まって追悼飲み会を行なったのが昨夜の事だった。もちろんそこにNさんはいない。代わりにグループ系列店から来たという板さんが仕切っているが、どうも味の評判が芳しくないという。その確認も兼ねてこの会を企画し、7~8人が座れる店で唯一の板間の上がり席を予約していた。

一日中曇りという予報だったのだが、午後から東京アメッシュを覗いていると、埼玉県あたりで激しい雨が16号線に沿って帯状に降っていた。それが見る間に南下して東京西部に掛かって来た。オフィスの13Fから窓の外を見れば、海側は十分晴れ間があるのに、反対側はまるでウルトラマンの怪獣のような形をした黒い雲が襲って来ていた。

心配した雨は、会社を出る直前にパラパラと落ち始め、我々が店に入った途端、まるでそれを待っていたかのようにドシャ降りに変わった。これって、もしかしてNさん流の歓迎だったのかな? ・・・心配しなくても今夜はゆっくりしていきますよ。

さて、まずは刺身。季節柄カツオはなかったが、Nさんの時とは違ってヒラメの姿造りというメニューがあった。それも¥3000弱とやたら安いので仲居さんに訊いてみると、ヒラメのボディに半身の量の刺身を乗せたものだという。それじゃ姿造りじゃなくて上げ底造りじゃないの! 

仕方ないからそれを刺盛りに入れてもらった。他にもあの頃と替わったメニューのうち、「明石蛸のガーリック揚げ」「もろこしのかき揚げ」などと共に、Nさんの定番の一つだった「新じゃがの煮付け」も注文した。ホントの定番は里芋なのだが、これしかなかったので煮付けの味付けを見るために妥協。

やがて出てきた揚げ物には特に味の変化は見られなかった。揚げただけだから当然と言えば当然だ。次に煮付け。小型の新じゃがを一気に口に含む。瞬間、感じた味がやたらに濃い。Nさんの味付けは薄めで上品だったのに、これじゃよ良く言えば純関東風、悪く言えば肉体労働者向けの味だろが! 噛んでみると、その濃い煮汁がさらに口に広がって来た。
 
次の刺身でも一同驚いた。ヒラメのボディに乗った刺身はややピンク色がかって、口に含むとほのかな甘味を憶えた。ここまでは良かったのだが、それでも何かがヘンだ。第一、ヒラメ独特のあの歯ごたえがほとんど無いのである。これはきっとタイのように活け〆後に熟成させたためだろうと好意的に解釈したところ、ボディがピクピク! おいおい、って事は今〆たのか? だったらなぜ歯ごたえが無い?

そうこうしているうちに、ヒラメ脇に盛られた刺身のうち、マグロの赤身を食した一人がやおらタメ息をつく。それで一同察しがついた。もう一切れあったマグロを誰も食べようとしないから、無理やりグータラK君に食わした。もちろん彼も深いタメ息をついた。

シメは、この店の名物と言っていい京風のオデンである。果たしてこの上品なオデンもどう変わってしまっているか? すでにこの時点で全員が同じイメージを抱いていたのは言うまでもないが、これも味の確認のためという事で盛り合わせで注文した。

案の定、あの上品さはどこへ? ってな具合に塩味が勝っていた。ダシのとり方などはNさんから他のスタッフに伝授されていたとは思うが、肝心の味付けまでは伝わりきっていなかったようだ。その他のメニューを眺めても、板前の技巧を要する料理が少なくなっているようだし、やはりNさんの存在は偉大だったなと再認識した。

もはや答えは出た。仲良くなっていた仲居さんにもハッキリ、「味が変わりすぎちゃったね。残念だけどもう来れない」と告げ、店を後にした。

「いつもありがとうございます!」と我々を迎えてくれたNさんとの別れが、同時に我々にとって貴重な一軒だった店との別れにもなってしまった。

見上げた夜空。雨はもう上がっていた。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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