追記 恩師の逝去

今回のエントリは数日遡った21日付で追記する事にした。

それは連休明けの火曜日の事だった。この日から営業部隊との同行のが始まるため、東京支店に赴いた。すると背後からどこかで聞いた声がした。振り返ると大学の7年後輩の同僚だった。その彼の言葉はあまりに唐突だった。

「Y先生、亡くなられたのご存知でした?」
「そうなの。 ・・・えええええっっっっ???!!!」
「土曜日がお通夜で日曜日が告別式でした」
「先生、おいくつだったっけ?」
「享年73歳だそうです」
「で、以前からご病気だったの?」
「ちょっと前にスキルス性のガンが見つかっていたそうです」

急な事だった。しかも悪い事に土日はPOOB総会のため遠出をしていた。それでも早朝に帰路に就いていれば、せめて告別式には出席できただろう。悔やむ事しきりである。

それ以前に悲しいやら寂しいのは、その一報が同級生の誰からも寄せられなかった事だ。確かに普段はお互い殆ど会う機会もなく、最後に研究室の同窓会で顔を合わせたのも10年近く前だったと思う。だが、現在の私の連絡先を知っている者は少なくないはずだ。なぜ電話でもメールの一本でも寄こさなかったのだ。

特に同窓会の役員選挙になると電話やら手紙を寄こして来る公務員のN。急な事だったとは思うが、選挙のお願いなんかじゃなく、こういう大事な連絡こそ真っ先に寄こすべきじゃないのか? 頭に来たからメールで文句を書いてやった。

・・・・・・・

豊かな顎鬚をたくわえたゴツい顔に反して穏やかな目をしていたY先生は、大学4年の時の卒論教室(卒論ゼミ)の助教授だった。当時、その教室は厳しいO教授のもと、研究職を目指す大学院進学志望者が多くを占め、ウワサによれば成績表の「A」の数が20個以上なければ入れない、相当レベルの高いエリート教室とされていた。

私は、それまでその教室と同じ科目名(生化学)のクラブ活動をして来た。根が文科系なので、数学と物理が大嫌いだった私が、その科目のおかげで留年もせずに無事卒業し、あまつさえ国家試験にも一発合格できたのである。だからこの時も卒論の教室はここしかないと決めていた。

だが問題は「A」の数だった。20個どころか、どんなに数えても両手にさえ足らなかった私は、瀬戸際の魔術師よろしく一計を案じた。入室面接の際、クラブの3年間の研究発表の冊子を持参し、やる気だけは他人に負けない事をアピールし、この教室は「Aの数だけ」で卒論生を取るのでしょうか? と、カマしたのである。

それが気に入られたのかどうか、入室を許された。但し、大学院にも研究職にも行く気のなかった私は、O教授の研究テーマではなく、助教授のY先生の研究テーマを担当するチームに配置となった。そこからY先生とのお付き合いが始まったのである。

卒論のための実習の合間を縫っては、仲間何人かで大学の近くにあるY先生のお宅へお邪魔した。いつでも喜んで迎えてくれ、飛び切りの料理を振舞ってくれた奥様を交えて談笑するのがとても楽しい一時だった。Y先生の共同研究相手である東大へ出向いた際は、学生時代に通ったと言う古いおでん屋に連れて行ってくれ、昔話を聞かせてくれたりもした。

・・・・・・・

あれから30年。今や私もその当時のY先生の年齢を超えている。でもY先生に限らず、胸に残る恩師はいつまでも歳を取らない。理屈抜きに恩師とはそいうものだと思っていた。

希望はあくまで希望でしかない。現実は現実としてきちんと受け止めなければなるまい。ひと段落着いたら先生の好きだったお酒をぶら下げて訪ねて行こうと思う。

Y先生、ふつつかな教え子でしたが本当にお世話になりました。どうぞ安らかにお休みください。合掌





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Chaie<チャイ>

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最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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