この苛酷な環境を知れ

連休明けからの4日間は2回目の支店支援企画として、営業部員との現場同行を行なった。

前回は埼玉県だったが、今回は地元東京の大学・大病院担当者である。東京の大学・大病院は全国で最もレベルが高く、競争も激しい。それだけに各社を代表するエリート営業部員達が担当しているのが通常だ。

訪れた先には、かつて私が担当していた大学・大病院もあったが、その一部あるいは全部がリッパに建て替えられている事に時の流れというものを感じた。さらにその上に、もう一つの時の流れというものに直面する事になったのである。

それは営業部員達の訪問環境の厳しさだった。しかも都会の施設ほど想像以上のものだった。

昔はDrの机がある医局と呼ばれる場所や研究室、外来診察室や病棟などにも比較的自由に出入りができた。それゆえ大学病院のような大きな施設では、あちらこちらに行ったり来たりしながら一日中過ごす事もできたし、それがDrとの人間関係を深める事にも繋がったのである。

ところが今は訪問許可時間の規制に加え、それらの場所には原則訪問禁止なのだ。アポイントによる訪問は可能だが、1日に取れるアポはせいぜい2~3件がやっとだ。アポが取れないDrや軽い用件の授受などの場合、各社の営業部員達はエアコンの効かない蒸し暑い廊下やエレベータホールの一角に鈴なりに立って、目当てのDrが通るのをひたすら待ち続けるのである。時にそれが早朝であったり、数時間に及ぶ場合すらある。

今回同行した営業部員は年齢も経験も様々だった。若い営業部員はアポ面談を含めても午後からの半日で会えたDr数は片手止まり、ベテラン営業部員でやっとふたケタに乗るかという状況だった。決して彼らの営業能力が低いとか手を抜いていたというわけではない。他社の営業部員も含めて、これが偽らざる現実なのである。

また一方で、マスコミでも取り上げられているように、Drの人手不足などによる労働量の増加から、Drサイドにもゆっくりと話を聞く時間的余裕が無くなっているという側面もあるだろう。そもそもDrは患者の診療のために存在しているのであって、営業部員と面談しなければならない義務など一切無いのである。

そんな厳しい状況のもと、それでも面談効率を上げようと思えば、何と言っても「Dr情報」が重要になる。

Drの院内における動線、院外の勤務先、異動、自社との関係性などの情報をしっかり把握していれば面談確率は格段に増えるので、担当者はそれらの情報を常にアップデートしつつ保持し、やがて後任者へ正確に伝えていかなくてはならない。実はこの部分がウチの会社では不十分なようで、引き継いだ新任担当者を時折悩ませていると聞く。情報システム作りを早急に進めるべきだろう。

ある時、同行した営業部員に訊いてみた。この環境をどのポジションに人までがきちんと分かっていると思うか、と。「たぶん、良くて現場の所課長、支店長までだと思います。本社の人であんまり外に出ない方は分からないでしょう」

そう、このような苛酷とも言える訪問活動環境を認識すべき部署の一つが本社の営業関連部署なのだ。そのどれほどがこの現状を正しく理解できているだろうか? 彼らがDrに会いに行きたいと思えば、営業部員にアポを取らせる。だからその時間に行けばすんなり会える。それがために大学・大病院における面談の難易度をその程度にしか感じてやしないだろうか?

面談回数を始めとして、彼らが数々送り出すプロモーション、現場に要求する成果などは、少なくとも都会の大学・大病院クラスと一般病医院クラスを同一線上で考えるべきではない。彼らのイメージしている活動環境とは明らかに時代が変わっている事をまず認識すべきである。

日頃の運動不足が懸念されていた私だったが、立ち続ける事にキツさをほとんど感じなかった。 ・・・このところ毎月のように研修トレーナーとして立ち続けている事が功を奏したのかも。

とは言っても、相応には疲れているようだ。明日は函館から息子が夏休みで帰省する。今日はゆっくり休んでおこう。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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