在京OYAJIの会

その夜、東京駅近くの居酒屋の2階座敷に9人のOYAJIが集まった。

息子の同級生のOYAJIだけの飲み会である。全員、中学から入学した子供の親ばかりなのだが、不思議な事に高校2年の年になった今、初めて開催されたというワケだ。在京組父兄会支部長Hさんの呼びかけで企画され、前支部長Oさんの乾杯の音頭でこの夜の飲み会の幕が開いた。

9人の年代も仕事もさまざま、でも息子思いの良きOYAJI達だ。偶然ブログから知り合ったSさん、今日のために単身赴任先のタイから帰国したWさん、建設職人のHさんに教員をされてるもう一人のHさん、2人の息子を奥さんの実家の函館に預けているFさん、すでに20人以上の生徒をこの学校に送り込んでいる辣腕塾経営者のSさん、そして私という面子だった。

この学校は、父兄会に個人面談にと積極的に顔を出している父親も多く、すべてカミさん任せだった私などは、カミさんの方が遥かに認知度が高かったいう事に改めて驚かされた。私はこれが初対面だから当然と言えば当然である。

函館や東京で行われる普段の父兄会は圧倒的に母親が多い。そんな中で支部長や常連の父親あたりは、ひたすら母親達のいぢられ役にされているらしい。彼女達は言わば昔のお嬢様達だから、かなり強烈だというのは容易に想像できる。さぞや毎回大変な思いをしているのだろう。いくら息子達のためだと言ってもご愁傷様である。

さて、宴もたけなわとなって何本目かの焼酎ボトルが空く段にもなると、OYAJI達の本音トークも熱を帯びて来る。「壁に耳アリ、クロードチアリ」なのでここで詳細は書かないが、母親を交えた会ではとても語れないようなきわどい話もお構いナシ。だからOYAJIだけの会は楽しく、止められないんだよな。もちろん次回の集合を確約して解散と相成った。幹事のHさん、お疲れ様でした。

帰路、同じ方向という事でご一緒した塾経営のSさん。かねてから息子さんの体調を心配していたが、この父親の情熱を受け継いだであろう息子さんは、今後もたくましく育っていくに違いないと確信した。

家が近づくに連れ、酔いが回ってきた。やはり初めての会という事で多少気負っていたのかもしれない。帰宅して緊張が解けた私は、この夜の出来事をカミさん相手に喋り続けていたらしい。でもOYAJI同士で約束した通り、母親達にバレてはならない差しさわりのある話だけは断じてしなかった、・・・と思う。たぶん。





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Chaie<チャイ>

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最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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