温故知新シリーズ 05
名古屋もきれいな娘が多くなったなぁ・・・。20年程前、日帰りの仕事で訪れた時に比べたら行き交う女性のレベルが格段に上がったと思えるこの街に、20年経って今度は転勤で住むようになりました。
当時、地下街を300mほど歩いている間にすれ違った約20名の女性のうち、つい振り向いてしまうような人は、申し訳ないけど皆無でした。でも今はそんなことはありません。思わず目を奪われてしまう女性が、どこででも当たり前のように歩いています。この20年で、ここの女性は確実に進化していると思います。スタイルや服のセンスなども隔世の感があります。
彼女らは若い気に満ち溢れ、いわゆるフェロモンを大いに発散しているのでしょう。特に20代では、この「色気」が黙ってても満ち溢れています。その存在だけで十分、あとは何もいりませんと言いたくなるほどの、まさに黄金期であります。
・・・花の命は長くはありません。
20代も後半からは、黄金期にもやや陰りが出始め、ただ 「若い」 「かわいい」 だけでは通用しなくなり始めます。見た目の「若さ」は決して一生の武器とはならないのです。また、単に 「若い女性」 「かわいい女性」 だけでは 「大人の女性」 とは認知されません。
たぶん大切なことは、年代に関わらず自分というものをキチンと持つということです。自分をしっかり持たずに、まして精神的にpoorだと、特に異性とのコミュニケーションが「本能」の求める方向のみに走りたがります。お互いの会話がつまらなければ、高め合えるものが無ければ、本能的にスキンシップで確認したくなる。それに慣らされてしまうと終いには、本能がおもむくままのコミュニケーションで事足りる関係になり、飽きたら、ジ・エンド。
・・・哀しいことじゃありませんか。
魅力的な大人の女性は 「知性」 に裏打ちされた 「聡明さ」 を持っていると信じます。インテリジェンスに裏打ちされた色気は最強です。私はそれを 「色香」 と表現したいと思います。「色気」 は表面から、「色香」 は内面から出ます。それは決して色褪せることはありません。かえって年齢を重ねる毎に、美しく浮き出てきます。こういう女性を、世の男性は 「いいをんな」 と言うのでしょうな。
知性の裏付けとなる教養や押えておくべき話題の守備範囲ですが、例えれば相対性理論からワイドショーまで。深さよりは広さをまず求め、目安としては、さしあたり同年代の「大人の男性」と話がし合える程度とすれば如何でしょう。相手の話にいつでも、ある程度まで即応できるレベルは、決して高いものではありません。話のレベルさえ合っていれば「大人」には「大人」同士が一番居心地がいいはずです。結構刺激的なコミュニケーションの世界でもあります。
さて、話題と教養の範囲を広げるための最も簡単で、効果的な方法は?
私は月に2回位の大型書店通いをアドバイスします。これは私の趣味でもあるのですが、ここでゆっくりと2時間程度をかけてさまざまな分野のコーナーを巡ります。そうすると、中には思ってもみなかったジャンルの本や、今だからこそ気になるジャンルの本があることに気付きます。その中から、興味を引かれた分野で読みやすそうなものを選び、2~3冊買って帰るのです。時には雑誌だけ買うこともあるでしょうが、その時はそれでも構いません。どんな本でも、自分で選び自分で買ったのですから、とりあえず目は通すでしょう。そして少しずつ知識や見聞を広げてゆくのです。だったら図書館通いの方が経済的だと思う向きもありますが、自分で買って読むという緊張感のために図書館よりは大型書店をお勧めする次第です。
慣れてきたら、今度はひとつのジャンルを少し深めに探ってみます。友人との会話の材料にしたり、他の人の意見を聞いてみるのも良いでしょう。仕事を持っている方は、そこに生かしてみるのも良いと思います。面白いもので、教養はさらなる教養を、知性はさらなる知性を呼ぶようです。加速度的に広さと深さが出てきます。ここまで来れば、あなたは間違いなくそれまで以上に輝いていること受け合いです。きっと素敵な「大人の女性」になっていることでしょう。
「色気より色香のある女性」 それは私達男性の永遠の理想像です・・・よね!
結論。
そんな女性たちにいつの日か 「ステキな大人の男性」 と認められたくて、ムダと知りつつもせっせと書店通いをしている poor な私・・・。
(2001年12月 記)
・・・・・・・
何とまあ! 恐れを知らない文章とはこういうのを指すんだな。
でもね、東京に戻って7年経った今も「イイ女」ならぬ「いいをんな」には変らぬ憧れを抱いている。駅のホームや通勤電車、雑踏ですれ違う女性が「いいをんな」だったら、迷わず振り返ってしまう。
で、考えてみた。
しょっちゅう仕事でコミュニケートしているウチの会社の女性社員ならいざ知らず、たったひと言の会話すら交わさず、ただ外見のみで「いいをんな」と判断するのはなぜだろうか? 若いだけの色気ではなく、大人の色香を感じる決め手はどこにあるのだろうか?
まずは目。知性あふれる目と言うのは確かに存在する。それは黒目の輝きに最も表れるような気がする。でも、それだけじゃない。次に口。キリっと結ばれた口元はまさに知性の象徴と言える。反対に緩んだ口元は知性のダダモレを感じる。もともと入っちゃいないのかもしれないが。
そして服装。公共の場でもまるで自分の家にいるかのような、人目を気にしないと言うより、既に自ら女性を放棄してしまったと言わんばかりの古着のようなファッション。ヘタすりゃ男女の区別すら無用な格好には、もはや知性の知の字も見当たらない。そうかと思えば、いい年こいて安物のコスプレまがい。もちろんこんなの論外。
まとめると、目と口元、それに服装との調和が知性を醸し出し、大人の色香を感じさせるのだという結論。ただし、これはアラサー以上の女性限定の話である。10代や20代中盤までの女性は、いくらキチッとしたリクルートスーツに身を包んでも色香には程遠い。
だから女性諸君。少なくとも平日は自分にルーズになる事なく、表情と服装にいい意味の緊張感を持って外に出て欲しい。「いいをんな」には大人の色香をもっともっと振り撒いて欲しいのだ。
ここまで書いて気がついた。
何とまあ! 恐れを知らない文章とはこういうのを指すんだな。
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