仕事ってヤツは!? その2

(その1から続く)

営業職として採用されたはずなのに、薬科大学卒という事で配属されたのは本社の学術部だった。

そこでの業務は発売直前の循環器用剤に関するあらゆる領域に渡る仕事だった。今のように業務が細分化されていた時代ではない。臨床データ集計からマーケティング、プロモーション、資材・ギミック作成、果ては製品パッケージデザインまで、いわゆる製薬会社の本社業務のほとんどに関わったと言って良い。

おかげで医学知識はもとより、臨床データなどの統計処理、パンフレット・製品マニュアルの作成、それに関わる印刷知識など、他社では新人が携わる事なんて到底叶わない分野の仕事をやらせて貰えたおかげで、それらの知識も習得できた。これら専門知識に加え、業者との折衝を通して学んだ事も多かった。

同時に、この年から薬害再発防止を目的として業界自主規制とも言うべき「年間100時間の社員教育」が始まった。なんと私は新卒のペーペーにも関わらず、基礎編の研修講義のために製品編担当の先輩・上司と組んで毎月全国を回ったのだった。思えば、その時の受講者は同期を除けば皆私より先輩である。クソ生意気にも良くやれたなという気持ちと同時に貴重な体験だったなという気持ちを抱いている。

翌年からは新人研修や中途入社社員研修にも参画し、新人研修では3ヶ月間に渡る泊り込み研修も行なった。もちろん、直接講義をする事はほとんど無く、コーディネーターの一員としてだったが、毎日新人の日記にコメントしたり朝のランニングで一緒に走ったりもした。

それやこれやで入社から3年も経って、ようやく営業現場へ異動した。ところが最初は営業車がない。支店に重いバッグを置き、毎朝自宅から電車で来てはカバンを取り、バスで担当大学病院へと向かうという日々だった。それもDrが出勤して来る8時までには到着していなければならない。

とにかく一旦病院へ入ったら他に行く所がない。車で時間を過ごす事も昼寝する事もできず、さりとて人目につかない場所の喫茶店に行くという知恵すらなかった。時間を潰すという感覚を持ち合わせていなかった分、一日中病院にいて同じ場所を何度も訪問したり、今ではあり得ないが、教授室アポなし訪問などをやっていた。

ズラリと並んだ教授室を手当たり次第ノックしては「新人担当者です」と名刺挨拶するのだが、不思議と怒られた事はなかった。それどころか、こうした一見不器用とも思える頻回訪問が、その後、Dr達との長年に及ぶ人間関係を構築できた大きな要因だったと確信している。今で言う合理的な訪問効率などを考えていたら、とてもこうは行かなかっただろう。

この時から足かけ3社の製薬会社を営業職として渡り歩き、その後2度の会社合併を経て今に至っている。

・・・・・・・

こうして振り返って見ると、社会人として最初に入った会社は偶然の選択だったとしても、本社配属でさまざまな仕事に出会った事は薬学出身という必然が為せるワザだった。その後の営業経験は、この業界でやって行くには必須とされる業務経験だし、営業を知らなければ自分の言葉に説得力も生まれなかっただろう。

近年では営業管理職から学術部門、研修部門へと私の職種も変わり、今は一流の研修職人を目指す毎日というところである。

遠い昔、文科系が性に合うと信じ、文筆家か国語の教師になりたかった私がいた。紆余曲折の後に辿り着いた研修トレーナーという今の仕事は、形こそ違うがかつて望んだ姿に近いと言えなくもない。だから天職とも感じている。

・・・・・・・

自分はなぜ仕事をしているのか? 自分にとって仕事とは?

私の答えは、「偶然を必然に変えていく作業」としたい。

仕事との出会いや選択は、自分の意思とも見える事もあるが、たいていは偶然の要素の方が多い。確かにこれまで私の歩いてきた道とは、家庭環境、進学、就職などさまざまな偶然の積み重ねによる歴史だったかもしれない。半面、その偶然を自分の手で必然に変えてきた歴史だったとも言える。

だから最初から「自分のやりたい仕事」や「自分に合う仕事」なんてあるはずもなく、出会えるはずもない。そうしたければ、まずは自分の目の前の仕事に全力で取り組んで、「偶然」に出会った仕事を自分の「必然」に変えていけば良い。

すると次のステージが開けて来るのである。

この仕事はあいつにやらせてみよう、あいつならこの仕事も成功させてくれるだろうと周りが信頼するからだ。さまざまな経験を積んで行くうちに仕事に対する質も上がり、同時に面白さややり甲斐なども感じて来るだろう。そして周りからこう言われるのだ。「この仕事にはあいつしかいない」

偶然が必然に変わった瞬間である。

「必然」への道は、単に仕事の質に留まらず、自分自身の付加価値や存在価値をも高めてくれる道である。


(おしまい)




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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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