研修職人のひと仕事

昨日をもって無事今年の私の仕事納めとなった。

ここ2日間の仕事の中心は、何と言っても来月から始まる新営業体制のための補完研修コンテンツ検討会だった。主だった製品研修のベースを年内に固められるだけ固め、年明けと共に予演会を通じて実際の研修プロセスの確認と各トレーナーの目線合わせをする。同時にテキスト印刷用原稿も完成させ、直ちに印刷にかかる。

年末年始を挟んでいるにせよ、いつも以上に慌しいのは組織変更がドラスティックだった事に加え、それに対応した研修の枠組みが大幅に変更された事、何より満足な準備期間が取れなかった事に尽きる。それでも時は待ってはくれない。1月13日から全国50ヶ所の研修ツアーのスタートが切られるからだ。おまけに同じような研修が少なくとも4月まで毎月続く事にもなった。さても苛酷な1年が待っているワケである。

で、私の担当領域に関係する製品研修の検討会に2日間でほぼ半日ずつ出席した。自分の担当製品の研修コンテンツはもちろんの事、他の担当者による製品の研修コンテンツもトレーナー同士で検討していく。検討と言うからには、出席したトレーナーの意見交換が最も重要である事は言うまでもない。それがあってこそ、タタキ台だったものが素晴しいコンテンツへと仕上がっていくのである。

いつもの事ではあるが、約10名の出席者の中で一番発言したのはやはり私だった。実施するトレーナー側から、それ以上に受講者側からの視点で研修シナリオとスライドの構成を追っていく。1枚のスライドが現れた瞬間、これで何を受講者に訴え理解してもらうか、もっと効果的な見せ方・やり方はないか、研修目標の達成に着実に向かっているか、などが頭を巡る。次の瞬間、インスピレーションが閃く。言わずにいられなくなって口が開く。

もともと地声がデカい上に年長者でもあるので、気が付けばついつい私の独壇場となっているのは否定しない。申し訳ないが、今年もまたそんな光景の連続だったように感じる。だがトレーナーは私だけではない。ここにいる全員が多かれ少なかれ研修経験を持つ現職のトレーナーであり、何より来月この研修をやる当事者そのものなのだから全く平等な立場にある。

なのに、なのに・・・。

昨日の検討会が終わるまでの実に3時間半もの間、驚くべき事にたったひと言の意見や感想すら発せずに座り続けていたメンバーがいたのである。その中の1人である40代後半のHさん、以前から彼は物言わぬ出席者の代表格で、この日に限らず彼が発言したところを見た記憶がほとんどないほどだ。

ある飲み会の席で、そんな彼を責めた事があった。

若手ならいざ知らず、ベテラン世代の人間がきちんと言葉を発しなかったら、それは無責任以外の何ものでもないじゃないか! 自分自身も若い頃に先輩達から様々な教えやアドバイスを受けてここまで来たはずだろ? 今度はそれを若い世代にリレーする事が我々の責務じゃないのか? それを放棄するならアンタの存在自体も意味を持たなくなるぞ! 仮にも人を教える立場にいる者に許される態度じゃないだろ! 

・・・少々言い過ぎだったかもしれない。温厚な彼が怒って席を立ったほどだったから。

意見を言うほどの異議もない、良いアイデアが浮かばない、自分の意見に自信が持てない、発言するタイミングが掴めないなどとおっしゃる向きもあろう。これらは一般的に会議参加者の胸中に去来するものだろうとは理解できる。だが、トレーナーという業務に携わる者の会議であるならば、断じて私はそれを認めないし、理解したくない。我々の(社内)顧客である受講者のためにより良いものを必死に搾り出す事は当然であり、それがトレーナーたる者の努めだと確信するからである。

百歩譲って、私が貝になったらもっと良いアイデアや意見が飛び交って、もっと良いものに仕上がるぞと言うなら、私はいつでも貝になる。口惜しかったら私を黙らせてみろとも敢えて言おうじゃないか。私が何より恐れるのは、検討会が遠慮や妥協で流れてしまう事と、討論を経ずにトレーナー個々の解釈だけで研修が行なわれるようになってしまう事である。もしもそんな風潮が当たり前になったら、研修のクオリティどころか研修そのものが崩壊する。

言って叩かれる事は、言わずに過ごす事の万倍の価値がある。私はそう信じる。




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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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