遠雷

A君は自動車メーカーの広報担当部署に勤めている。

A君が担当している車は、現時点の自動車技術の粋を集めた画期的なスペックを誇る「XA」である。昨年日本に輸入されたばかりだったが、この車の発売により、今後の日本のモータリゼーションは飛躍的に発展するものと内外から期待されていた。

それまで、性能が低く安全性にも問題のあった「PH」でさんざん危ない思いをして来た日本のドライバーは、「XA」さえ手に入れれば、それまでとは違った質の高いドライブが楽しめると喜び、ロクに「PH」の運転すらした事のないユーザーまでもが一緒になって「XA」に触手を伸ばした。まるで「Windows95フィーバー」の時のように。

確かに「XA」は他の追随を許さぬ性能と高い安全性を持ってはいた。ただ、ある程度のテクニックを持ったドライバーには最大の満足が得られる最高の車だったが、未熟なドライバーだと、徒にアクセルを踏み込むあまりオーバースピードになり、時に衝突事故も起こしかねないというのが唯一の欠点だった。

やがて、一部の未熟なユーザーからの事故報告が上がって来るに連れ、こんなはずではなかったと「XA」の購入に二の足を踏む者が出始め、売上げも下降して来た。

そんな時、「XA」の一世代前のモデルだった「XP」が日本に輸入された。「XP」は、日本以外の国ではすでに二昔前から数多くのユーザーを獲得してきた車だったが、なぜか日本では「XA」の方が先に輸入されていたのだった。

遅れてきた旧モデル「XP」は、ドライバーがアクセルを踏み込んでもあまり反応しないという、それまで「XP」の大きな欠点とされていた部分を声高にアピールした。それにより「XA」で事故ったドライバーは、質の高さを犠牲にしてまでもレスポンスの緩い「XP」に注目したのだった。たとえ「XP」であろうとも、オーバースピードになれば事故るという事には気付かぬままに。

・・・・・・・

一方、売上げの低下したA君の会社では、各部門のスタッフを集め、緊急の対策会議が開かれた。

ところが、販売部門を統括している営業推進リーダーは、自ら会議を招集したにも関わらず、「XP」の販促資材はおろか、「XA」に対するアピールポイントの事例すら収集していなかった。まさに「さあ、これから皆さんどうしましょう?」状態だったのである。

「これではいったい何のための対策会議なんだ。あまりに稚拙に過ぎる」との思いから、出席していたA君は「会議当日になってもこの状態というのでは、営業推進部門は今まで何やってたんだと思いますよね」と発言してしまった。会議まで何日もあったのに、情報収集さえしていないのは危機意識があまりに希薄な証拠だろうとも思ったからである。いずれにせよ、A君は歯痒かったのだ。

この発言で一瞬、会議室の空気は凍りついたようだったが、A君は構わなかった。キツい指摘はしたものの、協議の結果、この対策が本当に必要とされるのであれば、その時は全力で協力するつもりだったからである。結局この日の会議は、「XP」のアピールポイントを再調査しようという事で早々と終了してしまい、会社を挙げての対策の必要性の有無を検討する事はなかったのである。

この顛末がA君の上司の耳に入り、その日の夕方、A君は上司からたしなめられる事になる。上司はいろいろな事例を引き合いに出しながら営業推進リーダーを庇うふうな事を言っていたが、相変わらず組織ばかりを優先するその言葉に、A君は心からは納得できなかった。

世界最新鋭車「XA」ともあろうものが、何を浮き足立って旧モデルの「XP」を相手にする必要があると言うのか? 「XP」が逆立ちしてもかなわない「XA」独自のスペックと、「XA」のもたらす大きなメリットをユーザーに理解してもらい、「XA」を正しく乗りこなしていただくという活動こそが、ユーザーにとって最良の道になるのではないのか? 目先の利益ばかり追うのではなく、育てる事に全力を注ぐのが、最新鋭車を日本に輸入したパイオニアメーカーとして今こそ為すべき事なのではないのか? A君の疑問は尽きなかった。

最後に「たとえ明白な正論であっても、大勢の前で個人的に恥をかかせるような発言は、感情的なシコリしか残さない事になる」と上司は言った。A君はこの言葉にだけは深くうなづいた。

何かを暗示するかのように、夕立ちを知らせる遠雷がその時光った。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

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