神の子撃沈
K-1で一世を風靡しスターになったKIDが、父の意志を継いでオリンピック日本代表を目指して再スタートした直後の大会だった。だが、そこにはアマチュアレスリングならではの困難な壁があったようだ。
井上選手の投げ技がモロに決まった最大の原因は、両腕のタトゥーだった。それを隠すために前腕部をテーピングで覆って臨んだことが災いしたという。恩師の高田裕司・山梨学院大監督は「テーピングをしていなかったら、投げがすっぽ抜けた可能性もある」と惜しんだ。
私も前々からKIDのタトゥーは気になっていた。K-1のようなショー的プロ格闘競技ならタトゥーもファッションのひとつで問題はない。須藤元気選手も背中に大きな鳥か翼のタトゥーを入れている。だが以前、プロボクシングでタトゥーを入れた選手の選手資格が問題になった記憶がある。ましてやアマレスともなれば物議を醸さないワケがない。
前腕部のテーピングは、例えて言えば腕にまわしをつけて相撲を取るようなものじゃないか。投げ技や関節技の引っ掛かりを作り、スベリ止めを与えてあげてるようなものである。異種格闘技の試合で柔道家が道着を脱ぐのは、パンツ一丁のプロレスラーに対してあまりに不利となるからである。
プロ格闘家ゆえ許されていたタトゥーが、自らを苦境に落とす原因になろうとは皮肉なものである。だからと言って、それを理由に志を曲げる必要は無い。どんなに険しかろうと、そこに道がある限り、歩くのは本人の自由である。
また、プロの格闘技ではパンチやキックといった打撃が許されている。いちいち組んだり投げたりするよりも効果的だし、もともとアマレスのようなポイント制はない。選手は初めからKO狙いで臨むから、当然有効な攻撃を選ぶだろう。事実、KIDの持ち味もそのパンチ力にあった。
だがアマレスは打撃はご法度、グラウンド技でポイントを積み重ねていく競技である。ブランクの長かったKIDには、このギャップこそが想像以上に高い壁になっていたのではなかろうか。昔取った杵柄程度では到底埋められないレベル差だっただろう。
とは言え、まだ北京五輪代表への道が完全に閉ざされてしまったわけじゃない。一縷の望みがあるうちは彼もあきらめはしないだろう。報道では、全日本選手権の8強入りで出場権を掴んだ6月の全日本選抜に向け、左腕一本でも練習を再開するという。
キリスト同様、復活するのも「神の子」に課せられた宿命である。
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