送別会とSさんとのコト

梅雨が中休みでもしたかのように雨が上がった昨夜、今月末で定年退職するSさんの送別会をした。Sさんからのたっての要望で、送別会ではなく有志によるワリカン飲み会を、という事で、Sさんに縁の深い数人に声を掛けていた。

集まったのはSさんを含めた6人。年齢層も40代~50代の大人の飲み会となった。場所は例の「魚籠庵」。全員が揃ってみて改めて驚いたのは、皆同じ前身会社の出身だったという事だ。ウチの会社は3つの会社の集合体だが、Sさんになじみの深い連中となれば、自ずとこういうメンバーになるのは当然の事だった。

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せっかくなので私とSさんとの関わりを簡単に記しておこうと思う。

私がSさんと知り合ったのは15年以上前、前身会社の東京支店だったと記憶している。その後、継続した接触こそなかったが、人のいいオジサンという第一印象が変わる事はなかった。

9年前、最初の合併時に名古屋にいたSさんは、合併相手の営業部署の年下の管理職連中から相当な「業務上いじめ」に遭っていた。講演会・研究会の企画から実施までの一切合財を彼一人に丸投げされた上に、進捗や結果が芳しくないと容赦なく追求された。その他にも、Sさんにはプロモーションの推進管理という業務もあったが、これとて同じような仕打ちを受けていたのである。

もともと質量共に一個人の守備範囲を超えていたにも関わらず、周りが一切協力の手を差し伸べる事もなく、ただSさんの仕事ぶりがダメだと言っては孤立状態にしていたのである。この頃のSさんは心が壊れる寸前だったと言っても過言ではなかったと思う。

そんな時、そんな所へ私が転勤した。前任者が転勤後たった半年で辞めた部署の後任としてだった。辞めた理由はSさんと同じような仕打ちを受けた事によるものだったという。

前任者に向けられていた「業務上いじめ」が、今度は私にも向けられたのは言うまでもない。実はそれまでいた埼玉では、営業部隊よりも内勤部門の方が立場が強かった。営業部門だったために何かとイヤな思いもしてきた私は、内勤部門として転勤した名古屋にかなり期待していたのだが、何とそこでは営業部門の方が立場が強かったのである。「支店替われば別会社」はこの新会社でもしっかり生きていた。

ところがその数ヵ月後、とある事件がキッカケでその連中の一人に結果的に恩を売る事になって以来、私に対する攻撃はピタリと止み、逆に親しい間柄となったのである。意外な展開だったが、正直これには救われた。こうなると俄然仕事がやりやすくなり、居心地もすこぶる良くなった。

しかしSさんは依然攻撃の矢面に立たされていた。同じ会社出身の知り合いで同じ内勤業務だったため、私はSさんと昼食や夕食(正確には晩酌)に誘い合ってよく行った。その時だけはSさんに笑顔が戻っていたような気がしたものである。

ある日の夜、例によって食事を兼ねて一杯引っ掛けていこうという話になり、ある店の前まで来た時、Sさんの携帯が鳴った。相手は娘さんだった。単身赴任のSさんとの定期的な連絡だったようだが、その時のSさんの言葉が今でも忘れられない。

「うん、うん。お前もいろいろたいへんだな。お父さんも頑張ってるよ。・・・頑張るからな」

その後、病的な様子を心配したかつての上司によって東京の本社に転勤したSさんは、遅れて本社異動した私が見違えるほどに生き生きとした表情になっていた。口さがない連中は、Sさんは仮病だったのではなどと言っていたが、そんな事はどうでもいい。とにかく良かった。

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同じ会社出身のメンバーが集まれば、誰憚る事もなく出てくる話は、社内情報のオンパレードとなる。それぞれの部署ならではの情報網で、社内人事や人間関係の最新情報がもたらされる。この夜も、まだ誰も知らない退職情報が飛び出した。水面下で動いているプロジェクトの話も出た。

それらを手土産に、日付変更線にはまだまだ余裕のある時間でお開きとして、大人の飲み会は無事終了した。今後の生活のためにまだまだ働かないと、と笑っていたSさん、いつまでもお元気で。




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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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