ちょっと寂しい2つの話

Nさんが会社からその話を聞かされたのは今月上旬の事だった。

定年を1年後に控えたこの時期になって予期せぬ勇退勧告を受けたのである。彼はある部門の長だったが、来年からそのポジションが廃止されるというのがその理由だった。定年まで当然頑張れると思っていたNさんにとって、それはまさに青天の霹靂だったが、仮に残っても管理職以下のポジションしか席はないと言われれば結論は一つだった。

Nさんは残った有給休暇を買い上げてもらい、今月末で会社を去る事になった。私とNさんとは浅からぬ縁があった。二度目の合併で今の会社になって1年足らずの時、名古屋の地で私はNさんの部下になった。私の第一印象は、きちんとした理念を持ったマトモな人物だという事だった。それはNさんを慕う人が少なからずいたというのがその証明だろう。

だが、ひょんな事からそれが揺らいだのである。

それまでの会社には、実権を握っていた一人の権力者がいて、誰も彼の意向に面と向かって異を唱える事はできない状況だった。そんな時、Nさんは言った。「オレはあいつさえいなくなったら、本当に会社や皆のために改革を実行するぞ!」と。その後、私はNさんの元を離れて東京に戻ったが、件の権力者が勇退した後のNさんの部署は、改革はおろか、さほども変わっていないという事を人づてに聞いていた。ある時、それをNさん自身にぶつけてみたが、残念ながらもはや往時のような前向きな答えが返ってくる事はなかった。

次に私がNさんの部下になったのは、東京に戻って1年後の事だった。その時にはNさんも名古屋から東京に異動していたので久々の再会でもあった。

その当時、私の部下に非常に仕事のできる30代後半の女性がいた。とっくにもう1ランク職階が上がっていてもおかしくない年代だったのにもかかわらず、彼女はすでに2年以上も据え置かれたままだったのである。やがて1年後の評価の時、私はNさん同席の上で彼女がいかに上位職階にふさわしい業績を挙げたかについて説明し、Nさんもそれに同意した。

ところがいざフタを開けてみると、彼女の年間業績は私の評価通りだったものの、職階を上げるために必要なもう一つの評価が減点されていたのである。結局彼女の昇格はまたも見送られてしまった。彼女の分の評価点は、なんと翌年に統合される組織でNさんの部下になる部署のメンバーに振られたいう事を知ったのはその後だった。

この二つの事例をもって私の中のNさん評は確定した。この人は口では革新的な事を言うが、実際は危険など冒すつもりもなく、もっともらしく保身に走る人だったのである。それで掴んだ今のポジションを意に反して追われる事になったのは、これも何かの因縁だろうか。理由はどうあれ、あるいはそこまでのポジションに行かなければ、私の周りで定年を全うした人達と同じ満足感を持って退職できただろうに、とも思う。

・・・・・・・

私がその店の休業を知らされたのは今月上旬の事だった。

このブログで何度も紹介してきた、言わずと知れた焼肉&ラーメン「なかむら」だ。司会者の小倉智昭氏がオーナーの店なのだが、タレントの店に多く見られる「高かろう、そこそこだろう」ではなく、「適正だろう、美味かろう」の店だった。昼はサッポロラーメン、夜は焼肉と〆ラーメンが堪能できる良店だった。

それが山手通りの区画工事もあって、急遽3階建てのビルを建て直す事になったのだが、建て直したビルで再開するかどうかは今の時点でも未定だと言う。それを知った常連客の予約が殺到し、その時点で奇跡的に今夜のみ空いていたのだった。もちろんすでに満席である。

以前に来て気に入っていた会社の同僚達とカミさんや息子も交えての最後の晩餐はこうして始まった。

今回は最後の機会という事で、注文はすべてアラカルトにした。驚くほど臭みの無い定番の塩ホルモンを皮切りに、塩タン、レバ焼き、塩カルビ、ハラミ、薩摩地鶏と続いた。塩焼肉をワサビで食べ、あるいは奄美の天塩で食べながらいくつか追加注文しつつ、トドメは特上カルビと銘打ったステーキカットの霜降り肉だった。もはや一同感嘆の声あるのみ。すでにビールから芋焼酎一升近くが空いていた。

シメは今回に限り、これまた定番の塩ラーメンではなく、¥1300と値の張る「テールラーメン」を注文。これはさすがにその値段から敬遠していたので初めてだったが、本物のテールスープと麺の相性は抜群だった。骨付きテール肉も美味で、ある意味この値段は安いのではとさえ思ったほどである。

男3名、女2名の大人5人、中学生1名が大満足で、会計は¥33000也。この内容からして決して高額ではないだろう。かなり冷え込んだ師走の9時過ぎ、誰もがこの店の再開を心から願いつつ、地下鉄改札口からそれぞれ散って行ったのだった。




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Chaie<チャイ>

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最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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