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雨中の大フェスティバル

9時前にゆっくりと目が覚めた。

そういえば、今朝は3万人が走る大都市市民マラソン「東京マラソン2007」である。スタートは9時過ぎで、その号砲は我が家からでも聞こえるはずだ。

この東京マラソンは、今まで「東京国際マラソン」と「東京シティロードレース」で別々に行われていたレースを統合して初めて行う大会だという事である。都庁をスタートし、皇居、銀座、浅草など都心の観光名所を巡って東京ビッグサイトにゴールする新コースで、同時に10キロレースや車いすレースも実施される。

だが、図ったかのような生憎の雨天。それでもTV画面には、東京メトロから配られたビニールカッパを着た驚くほど大勢の参加者が都庁前の道路を埋め尽くしていた。3万人という数の群集とは、これほどの景色を作るものだとしみじみ感じ入った。まさに「人間絨毯」である。

参加選手で記憶にあるのは、歴代2位の2時間4分台の記録保持者のコリル(ケニア)、04年東京国際優勝者で6分台の記録保持者のダニエル(ヤクルト)、アテネ五輪で最も有名な銅メダリストのデリマ(ブラジル)などの外国勢。

日本選手では、アテネ五輪5位の油谷(中国電力)、福岡国際出走後2ヶ月の佐藤(旭化成)、同じくアジア大会出走後2ヶ月の入船(カネボウ)、5年前の箱根駅伝で花の2区でリタイアした記憶も新しい初マラソンの徳本(日清)あたりが耳にしている選手である。

また、女子ランナーは初マラソンの新谷(豊田)を始め、有森、市橋のラストラン、おなじみの谷川、山下、山口らも走る。7時間にわたる都心の交通規制も含めて、まさに市民挙げての大フェスティバルである。スターターの石原都知事もご満悦の表情だった。

それにしても銀座4丁目を大勢のランナーが走っている画は壮観だ。雨天のせいか沿道の人もまばらで、ほとんどの道路に車も走っていない。24時間人も車も動き続ける大都会で、年に一度くらいはこんな日があってもいいだろう。

レースは25kmでジェンガがスパートし後続を引き離す。必死に追う日本勢の入船、佐藤、徳本。しかしその差は開いていく。結局、2時間9分45秒でゴールの東京ビッグサイトに駆け込んだ彼が初代優勝者となった。日本人トップは2位の佐藤。

来日15年のケニア人、ダニエル・ジェンガは優勝インタビューでも流暢な日本語で答え、涙を浮かべ声を詰まらせていた。その表情からは、日本人となんら変わらないという印象を受けた。自分でも言っている通りに、30歳の彼の半分は日本人と言ってもいい。それほど日本に溶け込んでいる。

それにも増して感銘を受けたのは、彼の給水場面だった。

普通、スペシャルドリンクによる給水が終われば容器は路上に投げ捨てられる。だが、彼は手にするドリンクに添えられていた仲間からのメッセージフラッグを丁寧に読みながら走り、なおかつその都度それを外してトランクスにしまって走り続けたのである。

シビアなレース中にも関わらずそんな行為ができるのは、彼の感性という他ない。今まで見た事のないそんな光景を見て、彼の中に宿っている日本人という枠を超えたすばらしい何かを感じた。

50代後半でマラソンフリークの元上司だった人は、惜しくも抽選に漏れて走れなかったそうだが、来年の幸運を祈る。長距離走は、たぶん見ているよりも走っている中にこそステキなドラマがあると思うから。



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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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