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35年後の修学旅行 2

待ち合わせたタクシーに乗り込み、先ず向かったのは「法隆寺」。ここから35年後の修学旅行パート2&自分探しの旅が始まるのである。

運転手兼ガイドとして、旅行代理店勤務後に観光タクシーとして独立した吉田さんがパートナーだ。還暦は越しているだろうベテランである。ガイド一発目は車中で始まった。太古の昔、何と奈良盆地は巨大な海だったそうだ。それが堰き止められて海水が薄まり、巨大な湖へ。やがて一部が決壊し、水が引いた後が奈良盆地になったという。

40分ほどで法隆寺正面に到着。今は門前が再開発され、最後までゴネていた茶店も立ち退き、きれいなタイル張りの広場になっていた。だが、世界文化遺産である最古の木造建築物の入口にはそぐわない違和感があるのは否めない。これも時代の流れか。

最初の門をくぐり、80mほど進むと二つ目の門。その四角い空間が、まるで額縁のようにその先にある本堂と五重塔の絶妙なバランスを映し出している。なんという見事な配置だろうか。法隆寺は一見地味に見えるが、見るもの触れるものが国宝と重要文化財のオンパレードである。そこに吉田さんの名ガイド。そのプレゼンは自然に耳に入り、しかも聞く者を飽きさせない。仕事柄、ついそのワザを盗もうと傾聴する。

やがてその片鱗が少し見えてきた。彼は「実は、・・・」で聞き手の興味を引き、「ご存知と思いますが、・・・」で安心させ、「間違いなく、・・・」で言葉の信頼度を増す。この3つの言い回しが目立っていた。しかも説明には、年号だの数字だのという無機質な言葉はほとんど出てこない。近くで小学生に説明しているバスガイドの教科書調のしゃべりとは対照的に、ジョークや雑学的要素も多々加えているのでさらに親しみが増す。かなりの勉強とトレーニングを積んだ賜物とお見受けした。まさにプロフェッショナルである。

そんな説明を、ほとんど途切れる間もなく聞きながら、あっという間に2時間が過ぎた。法隆寺がこれほどスゴい場所だとは、35年前には思いもよらなかった。あの時の修学旅行で一番印象に残っていたのは、実は薬師寺境内での故・高田光胤師の話だったのだ。今こうして大人になって訪れた時に、やっと法隆寺の本当の味わいが分かった気がした。そう、法隆寺は大人のための寺なのだ。

法隆寺を後にして、彼が強く勧める山寺「室生寺」へ行く事にした。ちょっと遠いが、公共交通機関ではなかなか行けない場所なので、貸切タクシーのメリットを最大限生かす事にした。

法隆寺から約1時間、山あいの小さな集落のさらに上にその寺はあった。別名「女人高野」ともいい、写真家の故・土門拳氏の「古寺巡礼」でも有名な寺である。

春のシャクナゲ、夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色が、わずか16mほどの五重塔と見事な風景を形作るので、アマチュア写真家にも絶好の被写体だ。その五重塔だが、1998年9月の台風7号の強風で高さ50mの杉が倒れた際に屋根を直撃され、各重の屋根の軒が折れる大被害を受けた。その時の杉の木を板にしたものが売ってたので、チャリティの意味を込めてコースターとして2枚買った。杉だけに、どうせなら枡でも作って売ればいいのに。

この寺が人気投票で近畿圏第1位だったそうだ。平地にある煌びやかで派手なあまたの寺社とは一線を画す風情、これこそ山岳信仰の結晶なのかもしれない。ここを訪れた誰もが、一種厳かな空気と共に忘れていた信仰心が自然と湧いてくる事だろう。まさに癒しの空間だ。機会があれば、それぞれの季節にまた訪れてみたいと思う。

帰りは、奈良地方の地名読み方クイズの紙をもらい、推理しながら言われた正解を書いていくのだが、マトモな読み方の地名がほとんどない。例えば「蛇穴」と書いて「サラギ」、「京終」で「キョウバテ」、「杏町」で「カラモモチョウ」、「阿字万字町」で「アゼマメチョウ」と来たモンだ。ハナから分かるワケがないが、地名なのだからしょうがない。

奈良市内に戻り、最後に猿沢の池を見て終了。「おひとり様」にはちょっと贅沢な旅だったかもしれないが、その価値は十分あった。

いい思い出になったが、結局「自分」とやらはどこにも落ちてなかったので、自分探しの旅は叶わなかった。おまけに帰りの飛行機が1時間以上遅れ、帰宅したのは午後11時を回っていた。その代わり、お詫びとして支給された千円分の飲食券でお土産が買えて、まあこれで結果オーライ、だったかな。

おしまい



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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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