「らしさ」の喪失

前回の記事の続編になるかもしれないが、近年の日本において、老若男女すなわち世代間、男女間の関係性に異常事態が起こっていると私は感じている。見ていて気付いたキーワードは「『らしさ』が消えた」だった。

男らしさ、女らしさ、子供らしさ、父親・母親らしさ、学生らしさ、社会人らしさなどの「~らしさ」が、かなりの部分でなくなりつつあると感じている。街を歩けば、20代までの女性の半数以上がパンツルックで、しかもカジュアルと言うよりもルーズなTシャツとオールド系ジーンズのラフスタイルが圧倒的である。はっきり言ってコ汚いのである。女の特権である色気もヘッタクレもありゃしない。

電車に乗れば、そんな女と夏にもかかわらずニット帽を被り、尻が出そうなルーズジーンズを履いた男が、身体を寄せ合ってスキンシップを繰り広げている。公共の場であろうが、混雑している平日の朝だろうがお構いなしである。「ボクたち、時と場所をわきまえる事も欲情を抑える事もできないんですぅ~」と公言しているようなものだ。

他の動物同様、人間にもより優秀な遺伝子を残したいという種の保存本能があり、それゆえメスはより良いオスを受け入れるべく、オスはより良いメスを手に入れるべくお互いの性をアピールする。それを立ち居振る舞いやファッションにまで進化させたのが人間である。人間は発情期というものを持たないが、その代わりに知性を持っている、はずである。

だから人は、時と場所を「わきまえる」し、恥を晒さぬよう「つつしむ」のである。それは「分別」とも言い換えられよう。人間社会において「分別」とは、「自由と権利」に優先されるべき思想だろう。だのに今は、何かというと「自由と権利」の晒し合いばかりが目に付く。

分別を超えてしまった姿は「らしく」ない。らしくなければ美しくない。一例を電車内で見れば、混雑しているのに座りたくてダダをこねる幼稚園児や小学生。逆に混雑時にも連結部やドア付近の床に平気で座り込む男子高校生。人目も憚らず化粧にいそしみ、食い物をほおばる女子高生。優先席に当たり前のように座ってるサラリーマン。行楽帰りのリュック姿で、空いた席めがけて走り込んでくるジジババ。なんと醜い光景だろう。

これが日常のあらゆる場面で繰り広げられていると思うと、実に情けない。日本人の専売特許のはずだった「恥の文化」と「謙譲の美徳」は、いったいどこへ行ってしまったのか。

こういう事を書くと、らしさなんて他人が勝手に決めた既成概念だの固定概念だのと言う人がいる。断じてそうでない。らしさとは、人々の長い歴史に培われた文化であり、様式美の基準であり、良質の個性でもある。でなけば、誰がそれを美しいなどと言うものか。

ところが現代日本の政治や経済は、他人の視線などお構いなしに自己利益最優先で動いている。それらの分野では、らしさなどとっくに崩壊しているのは分かっている。だからと言って我々までもが汚染され、あまつさえそれを捨て去る事はあるまい。

今こそ「らしさ」が求められている時はないだろう。拾いたくなければそれもいいが、せめてこれ以上捨てないでいて欲しい。




関連記事

COMMENT

美しいのみならず、微笑ましい、清々しい、気持ちいい、愛おしい、凛とした「立ち居振る舞い」を「「らしさ」と考えます。人間社会でそれを具現するものを「モラル」や「マナー」と呼ぶのではないでしょうか。「らしさ」は外見で表わされるものと行動を通して表わされるものを併せた概念であると私の中では規定しています。

それゆえ「モラル」や「マナー」の喪失は、姿・形・言葉・態度などの喪失に密接に関連すると思うのです。「名は体をあらわす」とでも申しましょうか、「らしく」あらんとすれば、それらは自ずと現れるものだと思うのですが。

「モラル」の喪失

 「らしさ」というより、いろいろな面で「モラル」の喪失が問題になっているように思いました。
 正直に言うと、私には「らしさ」の定義が今一つわかりません(汗)
 「らしさ」は、その時代の大多数の価値観を反映している概念であって、
 いつの時代にも通用するような普遍性を持っているとは思えないんですよね。
 それに、一人の人間のなかにもいくつもの「らしさ」がありますし。
 でも、Chaieさんの仰りたいことはよくわかります!!(笑) 
 

私の方からも極論を。
女が生物学的に正しい「強い男」から「やさしい男」を求め、男もそれに迎合するかのように「面白く親しみやすい男」を指向するようになりました。「やさしさ」も「親しみやすさ」ももともと女性の要素なんです。それを男に求めてどうする! 
要するに男女の「区別」が曖昧になっちまったんでしょうね。そしてそれが容認される平和ボケの日本。美しさなぞどこにあるんでしょうか。

美しさが失われている

極論ですが、行き過ぎたジェンダーフリー思想と「自虐史観」教育の賜物と僕は断言したい。
「性差」と「性差別」を履き違えている男女同権主義者共が、「女らしさ・男らしさ」を喪失させ、先の大戦を引き起こした先人達の行いを否定する教育者が、日本人が祖先から引き継いでいたはずの「日本人の良識」も一緒に否定しているからです。

男女差別をせよとも大東亜戦争を賛美せよとも言ってません。
でも過去を否定された民族に未来への展望を抱くものがいますでしょうか。

日本人が持っていた「美しさ」が失われてます。

良くも悪くも「人権」に偏った教育と「躾」のできない大人の産物なのでしょうか。「らしさ」を生んだ日本の歴史と文化と感性を素直に捉えればいいと思うのです。

なんというか

自由・Freedomの履き違えかな?

EDIT COMMENT

非公開コメント

Number of Access
Since 25. Dec. 2001
Time Goes By ・・・
Day by Day ・・・
My Profile

Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

Wise Remarks
Recent Comments
データ取得中...
Search
Translation
PDF Exchanger

Weather Forecast

-天気予報コム- -FC2-
Game Corner

おまけ Space Invaders
developed by 遊ぶブログ