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ラストダンスはアズーリと

眠い目をこすりつつ、また見てしまった。いや、「ル・ブルー」フランスvs「アズーリ」イタリアのワールドカップ決勝は見ずにはいられなかった。

先制したのはフランス。前半早々、まさかのPK。開始7分にアンリのパスからマルダが倒されてPKを獲得、ジダンがチップキックで決めた。しかし私から見てもVTRから見てもPKが与えられるような反則には見えなかったのだが。

イタリアも黙っていない。、左右両サイドバックの攻撃参加などで攻勢に出、19分に右CKをマテラッツィが頭で合わせて同点。それにしてもイタリアは早い時間帯に同点に追いついて良かったと思う。あんなPKが決勝点だったらたまったもんじゃなかったろう。

そして、ここから微妙なドラマが始まる。

まずはアンリ。試合は延長に入り、アンリのプレーは精彩を欠き始めた。簡単にボールを奪われた後、右足を押さえた。その直後、ゴールを決められないまま交代となった。無念のアクシデント。

そしてジダン。

マテラッツィと何度か言葉を交わした後、突然胸のあたりに強烈な頭突きを見舞った。マテラッツィはピッチに倒れ込んだが、プレーと全く関係ない場面での行為にレフェリーは気付かなかった。GKブフォンが猛抗議し、主審が確認の上、ジダンにレッドカードを出した。

この瞬間、名誉あるラストダンスが不名誉な退場劇に変わってしまった。

それでもこの試合は、時間が進むに連れフランスの攻守に渡るゲーム支配が目立っていた。イタリアが後半10分に、一気に交代カードを2枚切って攻勢に出てきても、フランスの鉄壁の守りは揺らぐことなく、120分間でイタリアにシュートをわずか5本しか打たせなかった。

試合はPK戦へもつれ込む。ここで非運だったのは、延長前半10分からピッチに立ったトレゼゲだ。PK戦で小刻みな助走から右足を振り抜くが、クロスバーを叩いたボールは真下に落下。すがるような目で副審を見たが、成功を示す旗は上がらなかった。この時、彼こそが世界で一番落ち込んだ背番号20だった。

結局5本のPKを成功させたイタリアが、5-3で過去の決勝でのPK戦全敗の汚名返上の優勝を飾った。敗れながらもMVPのジダンは、ついに表彰式にも姿を現さなかった。彼の心にどんな波風が起こったのか?

これで少なくとも代表引退が決したジダン、34歳。一方ブラジル戦で惨敗後、引退表明した中田、29歳。僅かと思える5つの歳の差は、サッカー界では結構大きな意味のある歳の差だ。

エールを贈るべくは「ご苦労さまでした」のジダンか、「次も頑張れよ」の中田か。



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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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