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やっぱりいたんだなぁ

今の店舗に移って間もなく、アラフィフの女性スタッフと一緒に昼食休憩に入った。彼女は新参者の私に気を遣ってくれたのかもしれないが、昼食を食べながら色々と話しかけてくれた。

それによると、彼女は独身でこのDgSにパートとして採用された後に契約社員として登用されたと。しかしながら現在この会社で正社員に必須とされている登録販売者(登販)の試験には何度かトライするものの合格出来ていないと。今年はコロナ禍で試験会場が遠くなったので受験は見送ったとも。

それを聞いて私は、この業界で社員スタッフとしてやって行くには登販の資格は重宝されるので取っておいた方が有利ですよとは言っておいた。

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この店舗には登録販売者の資格を有した、いわゆる有資格者が店長と親会社から出向した社員の2名いる。彼女は無資格だが鍵持ちで、店長不在日などのワークスケジュール(ワースケ)の作成もしている。各スタッフのその日の業務分担時間割り表である。

さらにこの店舗のローカルルールに応援レジの割振りがある。レジは3箇所にあり、パートやバイトスタッフには1時間交代のレジ専任があり、その他にブザー2回で駆けつける優先応援レジと4回で駆けつける第2応援レジがワースケ上に振り分けられている。

私が今まで勤務していた店舗では、応援レジはブザーが鳴ればその時に手の空いた者が自発的に駆けつけるという性善説ルールだった。だからこの強制的な応援レジの割振りには違和感を覚えたが、任意に駆けつけるとなると来ないスタッフも出て公平性に欠けるからこうなったと聞いて、ま、性悪説に則ればそれも仕方なかろうと受け入れた。

それでも薬剤師が応援レジを義務化された経験が無かったので、最初の頃は自分がどの時間帯で優先か第2応援かがよく分からず、スタッフから指摘されたものだった。

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今は季節が春夏から秋冬に移り、DgSも棚替えの時期になった。私の担当の医薬品だけでも10を優に超えるジャンルに分かれていて、そこを棚落ち品と新製品を入れ替えつつ全体をその時期にあった配置や装飾に替えるという作業を行なう必要があった。

棚の衣替えのようなものであるが、これが結構な時間を要するので、大幅な変動の生じる季節プロモーション棚や風邪薬棚など大きなジャンルの棚替えの際は、予め申告して応援レジの振り分けを極力軽くしてもらわないと、作業途中にいちいち呼ばれてどうにもならなくなる。

それでも私は事前申告したのは2回で、その他の棚替えは接客と応援レジの合間に少しずつ進めるようにした。基本的に人が足りない現状で、棚替えと言いながら治外法権に身を置くのも気が引けたし、棚によってはそこまで大幅な変動があるわけではなかったから。

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そんなある時、何気にここ10日間のワースケ表を見返してみてビックリ‼️

そこには件のアラフィフ女性社員が彼女の直近6回の勤務日全てに棚替えと記入して応援レジの割振りをほぼ無しにしていたのだ。彼女の担当は化粧品だけなのに、なぜこんなに多くの日数を棚替えとして割く必要があるのか❓ しかもここ数日を振り返っても彼女が懸命に棚替え作業をしていた光景は無かった。他のスタッフの話でも、彼女は何をしているのかよく分からない様子だったという。

ただでさえこの店舗では店長や社員の応援レジの割振りは少なく、特に優先応援レジの時間帯がほとんど割り振られていなかった。その理由として、トラブル対応があった際にいつでも駆けつけられるようフリーにしているというのが思い浮かぶが、そんなものはレジをやっていたって十分対応可能だ。単にそれを隠れ蓑にして楽しているだけとすら思われる。

また、私のワースケも優先応援レジや第2優先応援レジがいつの間にか全体の5割前後に割り振られるようになった。開店時から5時間連続どちらかが割り振られていた日もあった。どうやら彼女には、医薬品に関する接客を通じて推奨販売や優良顧客の創造を推進するという薬剤師の仕事をさほど重要視していないようにも窺われた。薬剤師と言えど応援レジをやって当然のスタッフの一員に過ぎないという認識なのかもしれない。

私は終業1時間前の時間帯だけは割り振りをしないで欲しいと要望はした。出社時は朝礼や開店準備があるから余裕を持って出る代わりに退社時はとっとと帰る主義の私、ヘタするとレジ混雑で定刻に帰れなくなる恐れがあるからね。

そもそも社員(正確には店長と彼女)が応援レジにほとんどタッチしない事が普通になっている店舗なんて初めてだし、薬剤師にここまで応援レジを課す店舗も自分の経験上では初めてである。おかげで接客時間はもちろんのこと、PB品や推売品へスイッチも販売コンクールへの活動時間も大幅に制限されてしまっている。なので結果は推して知るべし。

まがりなりにも他のスタッフより高い給料を貰っている薬剤師の業務はこれでいいのか❓

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それを確信させられた一件があった。

私の公休日に出勤するパート薬剤師のU先生がいる。私の検査日の都合で、その先生と勤務日を入れ替えた昨日、ワースケを見たらU先生は勤務時間の実に9割が応援レジに割り振られているではないか‼️

彼女はU先生と私が交代した事を店長から聞いていなかったようで(こんな報連相すら機能していないおかしな組織なのだが)、私の勤務日と知った途端、言うことを聞くU先生と違う私から文句を言われないよう慌てて5割ほどに削減したワースケを作り直したのは何とも分かりやすかったな(^^)

その旨をU先生にLINEしたら、やはりU先生も他のスタッフへの言動や接客サービスなども含めて彼女に対しては苦々しく思っていて、他のスタッフと同じ思いをしていたと知った。困った社員だと。

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彼女は規則最優先という考えの持ち主で、夏の盛りのエアコンも社内基準では暑過ぎるとスタッフが下げても元に戻すし、有線BGMもチャンネル変更を許さない。納品日に使うゴミ袋も使いやすい大型からすぐ満杯になる家庭用サイズに変えちゃうし。異を唱えると、途端に会社の指示だと言ったり、店長に言って判断して貰えと振っちゃうし。規則に固執する前に何を優先すべきか、どうすれば快適な職場になるかを、たまには自分の頭で状況判断してみなさいな(^^)

最近気が付いたが、薬剤師と登販のみが記入する医薬品管理帳簿に、無資格にも関わらずなぜか研修と書いて自ら記入していた。しかも遂行業務に医薬品相談まで含めて。これは明らかに違法行為で、その記録になるから記入を止めようとしたが、前店勤務の時から記入するよう言われていたから書いていると言う。店長にも言ったが未だ続けているから私も店長もナメられてるのか❓

仕方がないので、着任日前後の特記欄に「この記載内容は本人の誤認識による記載であって、業務遂行も含め管理薬剤師の指示ではない」旨を付記しておいた。これで何かの調査が入って問題が生じたら彼女と店長と会社の責任問題となるだけ。もはや知ったこっちゃない。

彼女の事を頭が固いと評するスタッフもいるが、私に言わせりゃ固いのではなく単にウマシカなんじゃないかと(^^)

ネットでも迷惑お局様の話が挙がるが、今まではホントにそんな人がいるのかと半信半疑だったが、今はしっかり目の前にいるから話はホントだったんだなと痛感している。

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人生のセカンドステージにいる私にとって、仕事へのスタンスはあくまでお客さんの役に立つという初志貫徹のみで、会社の未来やら人事評価やら、ましてやスタッフの育成なんて興味もないし、するつもりもない。ただし、我が身に降りかかる火の粉はキッチリ払い除ける。今回の一連の件で、いよいよ導火線に火を付けようかという場面にまで来ていた。

ところがある時、来月から中途社員一人がウチの店舗に配属される通知が社内メールで届いたのだ。そうなるとウチの店舗に正社員と契約社員が私を含めて5名にもなる。ウチの規模の店舗でそんな人員配置はあり得ないから、これは誰かが動くとすぐにピンと来た。

それは出向社員か彼女かだろう。聞いた噂ではウチの店舗規模では無資格の彼女の拠り所である美容アドバイザー(BA)も要らないという話も挙がっているようだ。出向社員もその仕事ぶりには他のスタッフから批判もあるが、大人しいだけ人畜無害で彼女のような不快感は抱かれない存在だという。

さて、ここは導火線に火をつけるのはしばらく保留にして、月末の異動通知でも待つとしましょうか(^^)




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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。遂に40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれる生活となって幸せです(^^)

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

そしてさらに10年経って取り巻く環境も変化し、4枚ドアとペーパー息子のために安全装置付きのクルマの必要性が。偶然出会った「MAZDA3 FB 20S Burg-S PMG with SIG-S」を2020年から愛車に迎えました。

現役時代は某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

とか言ってたら、2020年に肝がん発生。予防接種からのHBV感染〜暴飲暴食からの脂肪肝〜部分的な肝硬変と来ていたので特に驚きませんでした。最期は肝臓だなと覚悟も決めてたし(^^;)

幸いこれも早期で表層だったため、切除手術を経て無事に終わりました。これで「ダブルがんサバイバー」の誕生です(^^)

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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