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覚悟を決めてペインクリニック

ボルタレン座薬、ロキソニンそしてカロナール。過去にトライしたトラムセットも含めて、経口鎮痛薬は残念ながら長引く強い膀胱痛に対してことごとく十分な効果は示さなかった。

痛みの発症には気圧の変化や気温の変化も少なからず影響があるだろうが、今はまだ低温日もあれば低気圧も来る冬季なので、自然回復にはしばらくかかると思われるので、ここで何とか次の一手を打たなくてはならないと切実に思った次第。

そして遂に今日、意を決してペインクリニックのある病院がちょうど外来日だったので仕事を休んで受診する事にした。でも今日はウチの店の新装開店後に初めて社長が訪店する日だという。私もヒキが良いんだか悪いんだか。

ペインクリニックの医師と言えば麻酔科医で鎮痛の専門家。この期に及んでこの痛みを鎮められるのなら本格的な神経ブロックも厭わない覚悟だった。もちろん今朝も持続的な痛みがあって運転は出来ないからタクシーを呼んだ。

主治医から紹介状はもらっていなかったのでまっさらな初診の手続きをして外来へと案内された。ここでも痛みのため座れず、立ったまま書類に記入しつつ順番を待つ。隣の耳鼻科は結構な患者が待っていたが、ペインクリニック外来は2〜3人程度だったのですぐに名前を呼ばれた。

予め調べていた通り、部長のO先生は必死にこれまでの経緯や痛みの状態を訴える私に穏やかに共感の言葉を言ってくれて、痛みにさほど関心を示さないT先生に比べてさすが痛みの専門家だと感心した。

「実は上下腹神経叢ブロックも覚悟して来ました」と言う私に、O先生が取った処置は経口薬物療法だった。まあ、最初から神経ブロックにはいかないだろうなと予測はしていたが、出された処方薬がデパスと牛車腎気丸だったのはいささか拍子抜けだった。せめてオピオイド系鎮痛薬くらい出しても良さそうなのものだが、よりによってデパスとは! でもそれがこの先生のセオリーなんだろうな、「まずは2週間飲んでみて下さい」と言われて頷かずにはいられなかった。

デパスが出されると言うことは、私のこの膀胱痛は器質的なものよりは多分に精神的な素因が影響していると言っているのと同様だ。とはいえ、これまでの長く辛い痛みがデパスごときで治まるとは私自身とても信じられなかったのも事実だ。

ともあれ、取り敢えず処方薬を2週間服用して再診となる。私の公休日の関係で次回は副部長のK先生に替わるが、カルテに「必要に応じブロック施行」と記載してもらったから、その時の状況次第で選択されるかもしれない。

ペインクリニックの門を叩いたのも初めてだし、神経ブロックは五十肩の時に軽いものを施行した程度。背中にしっかり針を通すような本格的なブロックは経験がない。だけど、この長い日々悩まされ続けた痛みから解放されるなら、いくら注射が嫌いな私でもそれを回避する理由はないだろう。

抗うつ薬を扱っていた前社時代に、長期投与による依存症のリスクであれほど敵視したデパスを自ら服用する事になるとは思いもしなかった。それでなくても添付文書上の効能・効果のほとんどに精神疾患に伴なう睡眠障害と記載されていて、鎮痛に関する明確な記載はない薬剤なのだから。

さて、そんなデパスがどこまでこの痛みに効果があるのかを確かめるためには、まずは騙されたと思って飲んでみるしかなかろう。なんだかんだ言っても、こう見えて私の服薬アドヒアランスは過去から現在までもほぼ100%なのだから。




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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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