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電光石火の異動通知

他店の二番手社員だったGがウチの店舗の副店長(実質は店長)として異動して来たのは今年1月。こういう時は今度来るのはどんな人物かという噂がアレコレ入って来る。Gの場合は30歳手前と若いが真面目で妻子持ち、その半面、親会社に出向されられた過去もあるという噂だった。

基本的に性善説の私は、根が真面目なら協働して頑張れば早晩店にも慣れて良い職場環境が構築出来るだろう、少なくともまだ一部にいるトンデモ店長の類いではなさそうで良かったなという印象を持った。

ところが、例えば開店業務がやたら時間が掛かったり、担当製品の品出しや発注にも穴があったり、ワークシフト作成などに必要なPCスキルが無かったり、ピシッとした指示や指導が出来なかったりと、少なくとも前勤務店で見て来たであろう店長業務や、二番手社員として携わったであろう業務経験を疑わせるようなスキルしか持ち合わせていなかったのである。

いやいや、きっと店長なりたてで新しい仕事に振り回されていて落ち着かないのだろう、もう少しすればペースも把握して上手く回り始めるに違いないと、文句の一つも言わずに見ていた。

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やがて不満は他のメンバーから出始めた。納品日は朝からベテランパートのK子にお任せで午後出勤。たまにK子が休む日などは朝から出るものの、納品の仕分けも不十分、品出しはその日に終わらず、ヒマさえあれば何やら事務室に籠っているという、アンタ何やってんの状態だと言う。

週1回に減らした出勤日でさえロクに守れないバイトにも契約更新せずの引導を渡せず、ダラダラと契約を引きずった挙句、面接した有望なバイトを人数オーバーで採用出来ずなんていう本末転倒をやらかす。

万引きされた医薬品を空箱展示に変更する事になり、卸に空箱要請の電話をしようとしたスタッフに、それはパワハラになるからと意味不明な理由で制したり、やたらパワハラ恐怖症の言動を口にする。バイトに引導を渡せない理由も同じだった。

一方、ある医薬品を一日集中して売る「1dayコンテスト」が毎月一度あるが、そんな時でも彼は公休日にしたり出勤しても夕刻に帰ったり。店長のそんな姿を見ていれば、他のスタッフのモチベーションは下がりまくるだけ。私もそれなら目標達成なんてどうでもいいから馬なりで行こうと思ったくらいである。

Gは登販資格と栄養士の資格を持っている。同じ登販資格を持った前店長は、私と薬剤コーナーに一緒に立ちつつ、医薬品の選択や勧め方などについていろいろ質問をして来た。私も訊かれれば精一杯の知識や経験に基づいて回答するというキャッチボールの時間を何度も持っていた。

だがGからは一切そのような質問を受ける事が無かった。もはや彼にはそれは必要ないのかとも思い、彼の接客の様子をさりげなく窺っていたが、トンチンカンな事は言わないが決して当たり障りのないレベル以上の接客では無かった。せっかく近くに薬剤師がいるのだから利用すればいいのにね。

また、本部主催の栄養士の会合が月1回あるがGは必ず出席する。たとえその日に店の人手が足りなくても。前店で二番手社員だった立場ならまだしも、今は店長であり店舗の最高責任者である。さらにウチは一般的なDgSで、特に栄養士の必要な店舗ではないのだ。ただでさえ店長会議と毎月の有休で店にいない日があるのに、さらに関係のない会合に出て現場はキツくなるばかり。彼は他の店長とは違って会議などに出た日は終了後に帰店する事も無かった。

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そして半年が経ってもGの担当製品の棚は歯っ欠け状態が続き、特に夏が売り時の制汗スプレーやボディタオルがいつまで待っても商品が全く無いままを見かねて、ついに私はそれを指摘した。

「Gさん、これを見てどう感じる?」

「何がですか?」と返して来たもんだから私はキレた。

小売業(商人)として品揃えは生命線であり、棚を整えるのはお客さんへの礼儀だと私は心得ている。それを全く意に介さないセンスの無さと、それを裏付けるトボけたリアクションが許せなかった。

BYに移動して、その棚が長く欠品のままな事を責め、それを放置していた彼の仕事ぶりを責めた。彼は「そんな事言っても時間が無いんですよ!」と喚いたが、「一方で昼休憩はいつもしっかり1時間取ってるし、毎月有休も取っているじゃないか」と言えば、「それは権利ですから!」と激しく反発する。

「取るなとは言わない。だが、他のスタッフは私も含め、休憩終了時間の5分前には切り上げて仕事に掛かっているんだ」と言えば、パートのK子にそれを言っても直してくれないとまるでお門違いな返答。

いや、問題はそこじゃない。誰でも休憩時間は最大限取りたいに決まっている。半面、時間が足りないのは皆同じで、それを少しでも作り出そうとしているんだ、という事すら想像出来ないようだ。

「休みも結構。それに文句を言うつもりは無いが、ならば自分の仕事はちゃんとやれ!」と言ったところで、「なんでそんな事言うんですかぁぁぁぁ!」と、あろう事か声を上げて泣き出したのである。やがて「本部のオーダーへの対応と店で売りたい気持ちの狭間で苦しんでいた」とも。

まさかの事態に、ああコイツもメンタル系だったのかと思いつつも、「私だってこんな事は言いたくなかった。苦しいなら一人で抱え込まずに皆とコミュニケーションを取ってワークシェアなりを考えて行こう」と納めざるを得なかった。

何せ私は性善説派なのだから。

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それから5日経った納品日になっても例の棚は空っぽのままだった。このままじゃ「大魔神怒るpart2」は必至だが、取り敢えず次の納品日まで待つ事にした。その我慢ついでにツイッターでフォロワーの登販の方々に向けてこの有様を晒す事にした。

案の定、フォロワーからは異口同音に「あり得ない店長」のコメが届いた。そしてその最中、LINEを通じてK子からGの異動を知らせる画像が送られて来たというワケである。

店長の異動は通常なら2年位のスパンだから今回はイレギュラーである。どこかの店長の退職に伴う玉突き人事の結果とも取れるが、それにしては彼も含まれているのはどうした事か。着任半年は明らかに短か過ぎるだろうよ。想像するに、これまでの彼の言動に対する情報の蓄積などでそれなりの評価が下されたのかもしれない。

ま、いずれにせよこれで一件落着。もはや怒る必要もなく、後任者(それもG同様に半年程度で店長になるべく副店長として任命された)に大いに期待するだけである。

いやなに、我々は決して多くは望みません。ただ普通に仕事が出来るレベルであれば十分に協働出来るから。そして自らの背中で語れる情熱の持ち主であればなお、ね。




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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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