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お願いしますわ!

8月の中旬に最終兵器ボルタレン坐薬を手に入れて以来、膀胱に鈍痛を感じる事はあるものの、耐え難い鋭い針刺し痛は何とか抑えられているような日々が続いて来た。

そこで、痛みが治まって来た勢いで8月24日、都合4度目のBCG膀注療法を行なった。3回目から2ヶ月チョイ空いたので、そろそろいってみようかというタイミングになったからだった。

その後の症状発現は以前と同じ感じで、当日は強い頻尿、そして炎症による膀胱痛と排尿開始時の痛みとなるのだが、今回は炎症部位が原発巣の膀胱出口部に加えて尿道の途中にも惹起されているようだ。つまり2ヶ所に炎症が起こり、2ヶ所から別々の痛みが発生して来る感じなのである。

こうなると本命の針刺し痛の元となる膀胱痛だけでなく、排尿時以外にも痛みを感じる尿道痛(いわゆる竿の途中に感じる痛み)もそこそこキツい。何も今回2ヶ所じゃなくてもいいじゃないかとまたも我が身を怨む。

それがいけなかったのか、BCG実施後の夜、尿意がありトイレへ。尿が出る前の尿管を駆け下りて来る強い圧力は感じるものの、肝心の液体が出て来ない! 腹圧をかけてもせいぜいポタポタポタ程度。

すわ、恐怖の尿閉か⁈

初めての尿閉を経験したのは約3年前。あの時は術創部の出血によるコアグラ(凝血塊)が尿道を塞いだのが原因で、慌てて病院へ電話して駆け込み、帰宅していた主治医が病院へ取って返してカテーテルを入れてくれたというドタバタ劇があった。今回もこの二の舞かとの不安がよぎった。だが今は真夜中、何とか少しずつでも絞り出して耐える他はない。既に尿意を催す間隔は10分〜15分、それだけ排尿出来てないという事である。

幸い、頻尿のせいでもともと蓄尿量が少なかったため、膀胱がパンパンに張る事もなく、少しずつではあるけれど排尿も戻りつつあった。やがて朝になったらポタポタがチョロチョロになったので取り敢えず事なきを得たのだった。ああ、ビックリした!

次の外来で主治医にその旨を告げ、ユリーフを処方してもらった。同時に頻尿対策で飲んでいたベシケアは中止。排尿困難なのに抗コリン薬はナンセンスだからね。

で、これで痛みも日を追って軽減して来るかと言えば、現実はそう甘くはないのだった。今は尿道痛よりも膀胱痛がキツいと感じる日が多い気がしている。

事実、昨日も朝からそんな痛みに悩まされていたが、それでもまだ我慢出来て何とか勤務を全うした。今朝もそんな調子である程度時間が経過すれば痛みも和らぐと踏んでいたが、さすがに大型台風24号が接近しているためか、針刺し膀胱痛が2度目の坐薬投与でも引かない。その上に、台風接近に強迫観念を抱いたのか、午前中からお客さんが結構な数押し寄せ、痛みを堪えて応援レジや相談、接客などをこなしていたが、その活動量に伴う痛みに遂に耐え切れず、勤務前半の14:00過ぎにギブアップ。無念の早退をせざるを得なかった。

このブログにも何度も書いて来たが、私は前社の社内研修職人という仕事も天職と自任していたが、今のOTC薬剤師という仕事も職場環境を含めて大変やりがいを感じていて、第二の天職とも認識している。だのに我が身のこの体たらくが嘆かわしいし悔しくて堪らない。

還暦超えの齢から無病息災は叶わなくとも、一病や二病息災は許容範囲のはず。それは重々分かっている。だがしかし、それがよりによって身体活動の中心位置の痛みとの闘いを強いられる日々が来るとは全く予期していなかったわ。

どうせ長生きするような人間じゃないんだから、今やりたい仕事くらいは支障なくやらせてくれってんだ。お願いだから。




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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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