FC2ブログ

戦慄のトイレタイム

都合4回目の膀胱がん手術(TUR-Bt)を受けたのは1月23日の事だった。術後に待っている再発予防のためのBCG膀注療法は3年前のTUR-Btの時の週1×8回コースではなく、症状を見ながら術後3ヶ月後からスタート、その後ほぼ月イチ間隔で実施し、先月で3回目が終了した。

副作用として頻尿、排尿痛、膀胱痛などはその強弱の差こそあれ、ほぼ必発なので覚悟はしていた。特に3回目直後は15分に一回の極端な頻尿から始まって、長くても1〜2時間に1回と推移して来た。排尿開始時の痛みもそれ相応に感じていたが、以前のような強いものではなかった。もちろん膀胱痛も同様に強いものではなかった。

だが今月5日になってそれは突然やって来た。まさに急変!

まず、BCGによる炎症が膀胱内に留まらず尿道の途中にも勃発したせいか、排尿時の尿が通過する際の痛みの強さが増強した。それを堪えて排尿に至っても尿線が細いのであわや尿閉かと思うくらい出が悪い。おそらく尿道の炎症による尿道狭窄の影響なのだろう。だから膀胱に溜まった尿が全て排泄されない可能性もあり、残尿による刺激がまた膀胱痛や頻尿につながっているのかもしれない。‪

これで戦慄のトイレタイムとなったのは間違いない。さて、今回はいつまで続くのだろうか。

加えて、断続的に股間がツーンと来る膀胱の針刺し痛が出始めたのである。

これが出るとかなり厄介なのは2年半前のBCG療法の時に思い知らされた。あの時は歩いても立っても座っても痛みが走るから、痛みが出るたびに10数秒間、緩和するまで脂汗をかきながら耐えるしかなかった。それがおよそ5ヶ月もの間続いたのだった。今回はまだその時ほど酷くはないものの、仕事中に出ると思わずウッと唸り、集中力が切れてしまう。そのせいで、7日は遂に仕事を休まざるを得なくなってしまった。

半面、こういう副作用が出るという事は結構な事であるとは言える。すなわち、それはBCGによる炎症が惹起されたためであり、炎症によって我が身の白血球ががん細胞の残党を駆逐するという事に他ならない。したがってBCG治療が功を奏している証とも取れるが、この強い針刺し痛にはロキソニンを始めとする鎮痛薬はほぼ無力なのが恨めしい。‬また、なぜ実施後3週間も経って出現したのかもよく分からない。冗談抜きで西日本の広大なエリアに豪雨をもたらした低気圧のせいなのかもしれない。

ともあれ、こうなってしまっては本日予定されているBCG4回目は見送るしかない。それどころか、今回はここまでで一旦終了し、継続する必要があるなら完全に無症状になってから再開するよう主治医に提案しようと思っている。

こんな経験を強いられると、よく言われる「病(がん)は闘うのではなく飼い慣らすべし」の真の意味が分かって来た気がする。

飼い慣らすというのは、必ずしも健常人と同様の「無症状で過ごす日々」ではない。それは何かしらの不都合を背負いながらも己の病状をしっかり管理し、適宜先手を取って対処していくという事であり、背負う不都合の中には健常人にはない辛さも含まれている。それ故に決して無症状の日々ではないが、それでもそうしながらでも生きて行く事が「飼い慣らす」という意味なのだろう。

初めてのTUR-Btから来月で5年が経過する。私の場合は臓器内側の限局性の膀胱がんとはいえ、いわゆる5年生存率クリアは目前である。さてこの先、どこまで「飼い慣らす」事が出来るかな。





関連記事

COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント

Number of Access
Since 25. Dec. 2001
Day by Day ・・・
My Profile

Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

Search
Translation
PDF Exchanger