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続・何て日だ〜!

退院し自宅療養していたカミさんも職場復帰し、さて今度は私が無事に父の七回忌法要を務め上げて入院加療へ集中しようと気を引き締めていた矢先、それは突如としてもたらされた。

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今週初め、開店直後の慌ただしさがひと段落したあたりにエリア責任者が来店。サシで話があるという。

「実は、かねてからの薬剤師不足のため、薬剤師の配置を再検討する必要が出ました。その結果、ここのお店は要指導・1類医薬品の販売を止めて、先生には異動をお願いしたいと思いまして」

つまり、ここよりも売りの大きな店舗ですら薬剤師が足りない状態なので、止む無くここを薬剤師不在店として薬剤師をそこに回すという話である。その状況がすでに複数店舗で起きているため、薬剤師の大幅な再配置をせざるを得ないという。具体的な異動先については明日の会議で正式決定されるとの事。

この店はロキソニンやガスター10、リアップなどを求める常連客も多く、売りも悪くないというのに薬剤師不在店にするのは適当ではないかもしれないが、優先すべき店が他にあり過ぎるため苦渋の決断だとも。

それがトップの経営判断とあっては私個人が抗っても仕方ない。異動を内示されれば受け入れるのも勤め人のあるべき姿ではあろう。

さて、そうと決まったらお次の問題はどこの店舗に移るのか、である。

今年に入ってからの要指導・1類医薬品の販売推移を見ると、前年比半分程度に落ちている店舗がいくつかあった。多分そこは昨年末までに薬剤師が退職した店舗であろう事は察しが付く。異動先はそこのどれかの店舗だろう。

ただ、私にはこの業種に転職した時の譲れない条件があった。

それは、その店舗の主要な客層である。私が相手にしたいのは、あくまでそこに居住しその店を生活の一部としている客層がメインの店舗であって、通勤客や観光客といった客層をメインとした立地の店舗ではない。決して通りすがりのコンビニ・ドラッグストアではない、地道に地元に根ざした店舗なのだ。

ひたすら薬を売るという事に尽力するのではなく、困って相談に来るお客さんのお役に立ちたいのだ。

その意味では現在の勤務店はドンピシャだった。私の生まれ育った下町気質の感じられるお客さんとも相性が良かった。だからたくさんのお客さんから感謝もされた。おまけに大型売り上げ店ではなかったゆえ、適度に暇な時間があったのも肉体的に嬉しかった。

異動先は、果たしてそんな環境に近い店となるのかどうか?

・・・・・・・

話の2日後に再びエリア責任者が店に来た。

そして私に告げた異動先は同じ区内の店舗だった。だだ、ここは横の移動がしづらいエリアなのでその店への通勤時間は今よりも10分強長くなるようだ。ま、それくらいなら大きな問題ではない。

医薬品の売りはざっくり今の倍。週2回勤務のパート薬剤師がいるという。その薬剤師の勤務日が私の公休日となるため、今の公休日と変わるがそれも大した問題ではない。

店舗の立地は駅近だが、その駅が出来て本格的に住宅地が広がったようなエリアなので、オフィス街ではなく、むしろ都区内のベッドタウンっぽい。客層もそこの住人がメインなので、それも問題なし。

というわけで、私はその異動を受け入れた。相変わらずこんな時のヒキはまだまだ強そうだわ。

正直、この仕事に就いて2年半、還暦という歳になって、まさか転勤という事態が来ようとはさすがに想像すらしていなかったけど。

懇意にしていた何人かのメーカーのラウンダーに転勤ご挨拶のメールを送信し、売り場にそのメーカーの製品のフェイスを増やし、あるいはそのメーカーの発注を可能な限り増やしたりして、せめてもの感謝の形を残したりもした。

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異動が決まってふと振り返ると、今度は今の勤務店の状況が非常に気掛かりとなった。

私がいなくなれば社員は店長とスタッフの2人きり。あとはパートとバイトスタッフでそれも足りてはいない。開店および閉店業務、私の担当だった売り場の1/4を占める医薬品、健康食品、衛生用品などの発注、品出し、売場管理などの業務はパートやバイトスタッフは担当できないとなると、残った2人には地獄の日々となる。想像するたびに店長共々ひたすらドヨ〜ンとするのみだった。

ところが、世の中なかなか捨てたモンじゃございませんでしたよ!

私が異動先を聞いたその晩、何気に店内を巡回していると背後から聞き覚えのある声が。

「先生、お久しぶりです。私、またここで働こうかと思って」

見れば、かつてこの店で働いていた登録販売者で、ある時、大型家電店のドラッグコーナーへと転職して行った女性だった。

そこから店長の下に連れて行き、彼女の経歴を紹介し、開店および閉店業務もやっていた事、社員並みの時間で働きたいという希望を聞くに至って、店長から「先生、捨てる神ありゃ拾う神もあるんですね〜!」と嬉しい悲鳴が飛び出すまでさほど時間は掛からなかった。

訊けば彼女、より大きなステージを経験したくて大型家電店へ移り、事実、そこのメンバーカード獲得コンクールで本店内一位を獲得するほど頑張ったらしい。その後、私生活の変化によって少し落ち着いた環境に戻ろうと考え、勝手知ったるこの店が求人をかけている事を知って来たという。

ウチの業務を一から教える手間もなく、登録販売者で開店閉店業務もこなせ、医薬品を担当してみたいという人材を見送る人間などいない。即刻エリア責任者へ電話し、私が出るからと二つ返事で許可も得られた。良かった良かった、これで安心して異動出来るわ。

そんなこんなでまたまたこんなジェットコースターのような日を過ごしたのだった。

やっぱ何て日だ〜! だよね?





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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