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緑のたぬき

衆議院解散前後からこの一週間あまり、政界を取り巻く状況が日々刻々驚く程の変化を見せている。

時系列を追うと、まず9月25日、それまで若狭氏と細野氏とで取り組んでいた新党立ち上げ準備が思うように進んでいない事に業を煮やし、小池氏は会見を開いて「希望の党」という党名発表と「リセットする」という得意のセンセーショナルワードで自らが代表に就いた。

そして2日後の27日に14名の議員と共に結党会見に至るのだが、実は水面下でその前日の26日に民進党の前原代表と合流の合意をしていたのだった。かくして民進党の衆院議員は解党同然となり、立候補予定者は希望の党の公認を得て立候補すると思われた。

そして28日、臨時国会が召集されたものの、モリカケ問題も北朝鮮問題も審議されないまま冒頭解散となり、前原代表は民進党の議員総会に於いて「どんな手段を講じても安倍政権を倒す。名を捨てて実を取る」と訴え、民進党からは公認候補を出さないとした。

ところが解散から明けた29日、小池氏は「民進党から全ての人を受け入れる気はさらさらない。排除はします」と発言、民進党左派(護憲=リベラルではないので敢えてリベラルとは記さない)は無所属出馬を強いられる事になった。希望の党は議員の就活互助会ではなくなった。

だが、「遠慮いただく」ならまだしも、この「排除する」というセンセーショナルワードはいただけない。この言葉によって、それまで彼女の作って来たジャンヌ・ダルク的イメージが覆る事態にもなりかねないだろう。

返す刀で30日、今度は「三都物語」と称して松井大阪府知事、大村愛知県知事と選挙での連携を結び、大阪では希望の党から候補者は立てないとまで宣言したのだった。これって彼女が否定していたはずの「しがらみ」そのものじゃかなろうか?

小池氏による事実上の民進党左派潰しの様相を呈して来たが、事態はこれでは終わらなかった。今度は枝野代表代行による新党「立憲民主党」が立ち上がって、希望の党に排除されるであろう民進党左派の受け入れを表明した。

これにより旧民進党の立候補予定者は、希望の党の公認候補(細野氏、長島氏、松原氏、玉木氏など)、無所属候補(前原氏、野田氏、岡田氏、江田氏、安住氏など)、立憲民主党の公認候補(枝野氏、菅氏、長妻氏、赤松氏、辻元氏など)という色分けとなった。

・・・・・・・

10月10日の公示までわずか一週間のこの時期にここまでのドタバタ劇は前代未聞であろう。小池氏は過半数超えとなる233の候補者を立てて政権奪取を狙うと言っているものの、自らは頑なに出馬はしないと言っている。ならば、万一希望の党+野党連携であれ過半数の議席を獲った場合、首班指名を誰にするかという問題となる。ま、その時は辞職議員でも出してその補選に出るという手もあるし、逆に過半数に届かない負け戦の可能性がある限りは都知事のポストを投げ打って出るはずもなかろう。もちろん緑のたぬきゆえ、それもどうだか分からんが。

一方の自民党は、特に改憲こそが何よりの悲願である安倍氏は、希望の党の出現で改憲勢力の増加が望めるし、改憲議員が2/3に達するのなら自民党以外の議員でも一向に構わない。むしろ加憲だナンだと口うるさい公明党の顔色を伺わなくても済むのだから、肚ではほくそ笑んでいるに違いない。多少自民党の議席が食われても改憲勢力が増えれば良いのだから、安倍氏としては楽な選挙である。

希望の党勢力が過半数に至らなければ、機を見て小池氏は相当数の議員を引き連れて希望の党を割り、自民へ合流するかもしれない。そして改憲発議に協力した功績でポスト安倍として初の女性総理大臣となるのが彼女のゴールではなかろうか。決して荒唐無稽な展開とも思えないが。

・・・・・・・

ここからは私見。

もうすぐ希望の党の公認候補が発表されるだろうが、立憲民主党の公認候補といい、この顔ぶれが本当にこの国の舵取りを任せていける政権交代勢力と言えるだろうか?

あっさりと自民党を裏切った政治家見習いを脱せない若狭氏、安保法案反対が掌返しの路チュー細野氏、追求相手から献金を受けていた玉木氏、言わずと知れたパヨク辻元氏などなど。そして自ら船に穴をあけるような船長前原氏に任せられるだろうか?

マスコミも小池氏に乗せられてその話題ばかり。小池ブームと言ってもせいぜい東京だけで、地方ではほとんど盛り上がりもないと聞く。何より彼女のミエミエの権力欲の片棒を担ぐ有権者の一人であっていいのだろうか?

国際情勢、国内問題を鑑みるにつけ、元来、強大なものに反旗を翻して挑戦する革新勢力好みの私であるが、今は保守に一票を投じて舵取りを委ねたいと思わざるを得なくなったのが本当のところである。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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