BCG療法始まる!

「ああ、またカテーテルを突っ込まれるのか」

今週の月曜日、私は外来処置室のベッドで看護師の指示に従って仰向けになり、こればかりは絶対に慣れる事はないよなとボヤキながら主治医を待っていた。

やがてT先生登場。先っぽをアル綿消毒した後、おもむろにカテーテルが挿入された。覚悟はしていたはずが、注入用の細いものだったせいか、膀胱入口で抵抗感を感じた以外はスムースに入った。あっという間にBCG液が注入され引き抜かれた時には、逆に呆気ない感じすら覚えたほどだった。これなら2回目以降も耐えられるな、と。

そして院外薬局で薬を受け取ったりしながら1時間ほど院内でウダウダした後に次亜塩素酸溶液の入ったビニール袋に排尿し、第1回目のBCG膀注療法が完了した。

さて、問題はこの後出現が予想される副作用だ。ネットの経験談によれば、極度の頻尿、排尿痛、血尿、発熱、倦怠感などなど。それが個人差はあるが概ね翌日以降に起こるらしい。ま、BCGで無理やり膀胱内に炎症を惹起させるのだからむべなるかな。

そして翌日を迎えた。排尿前後の尿道の痛みは退院後から継続していたものだから別として、意外にもその他には特にこれといったイベントは何も起こらなかったのだった。それは4日経った今日に至っても同様である。どうやら私の場合には第1回目では副作用らしきものは発現しなかったようで、おかげで心配していた仕事への支障もなく、ひとまず安心した次第。

人によっては2回目以降から副作用が発現したという経験談もあるので無条件には喜べないものの、もはやそこをあれこれ思案するよりも、我が身のマクロファージが膀胱内の腫瘍細胞の残党を食い尽くしてくれる事をイメージして行きたいと思っている。

治療結果は神のみぞ知るところだろうが、それも天性の楽観主義に従って都合の良いエンディングを迎える事を信じて行きたいと思っている。

・・・・・・・

前社を早期退職して今の仕事に就き、その後二度の手術と三度の入院を経て今日を迎えているのだが、日々のライフスタイルは前社時代と明らかに異なっている。

まず、職場への行き帰りはスタッフそれぞれの勤務時間に違いがあるために原則単独行動。それゆえ、仕事の帰りにチョイとメシでも行こうかという話は皆無。カミさんとの外食の時以外は、ものの見事に自宅と職場間の伝書鳩状態となっていた。だから昼食代以外の支出は殆ど無く、財布のお金がやたら長持ちするのである。外食してもアルコールを飲まないから余計な加算は生じないし。

そんな毎日を振り返った時、さらに何らかの変化が加わっていた事に最近になって気が付いた。

実は、ここ数ヶ月でマンガ雑誌を読まなくなったのである。振り返れば、私はマンガと共に育ってきたと言っても過言ではない子供だった。少年マガジン、サンデー、チャンピオンなどは小学生時代から読んでいるし、少年ジャンプは電車とバスを乗り継いで千葉県市川市まで越境入学していた時に創刊号を手にして以来、欠かさず読み続けていたものだった。

社会人になってさすがに少年マンガ誌は卒業したものの、ビックコミックなどの青年誌は依然として数冊読み続けていた。何より一流漫画家の質の高い作品が大好きで、それらから学んだ事や興味の入口となったテーマが数限りなくあったからだった。おかげで、いい歳した大人のクセにマンガに人一倍詳しい事で周りからヘンなヤツと思われた事も多々あった。

そんな長く良い付き合いだったマンガ雑誌を一切買わなくなったのは、それまでの私にとっては文字通りあり得ない事件だと言っていいだろう。たとえそれがコンスタントに入手出来る環境で無くなった入院手術の日々がキッカケとなったにせよ。

今、手元にあるのは既に蔵書となった大量の単行本の類と今年の前半から夏過ぎまで買い置きしていた未読のビックコミック誌などだけである。今後はゆっくりとこれらに目を通すまでがせいぜいだろう。

とはいえ、そういう環境に至った事に特段大きな喪失感を伴っていないのは不思議と言えば不思議だが、一度は自らの人生の終焉などを考えさせられた身には、マンガとの離別あたりはたいした問題ではないと言えるのかもしれない。

・・・・・・・

そしてまた日々が過ぎて行く。激動の一年ももう残り20日。相変わらず仕事は満足、身体は不満足の毎日だが、過ぎ行く時に刻まれる過去の蓄積がいずれ何かを語って来るだろう。それを受け流すのも自分、受け止めるのも自分である事は間違いない。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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