AURの恐怖

今振り返ると、その前兆は確かにあった。

先週の日曜日の深夜、トイレに立つといつもの排尿痛と共に排尿が始まった。さて今回は白ワインかはたまた赤ワインか? と目を落とすと、どうやら赤ワインっぽい。ま、出て見なければ分からないのはいつもの事だったが、ただ違ったのはその勢い。尿意の割りにあまり出て来ない。せいぜいチョロチョロ程度で終了。あれ、変だな? と思ったが、いかんせん今は深夜、とりあえず寝る事にした。

しばらくするとまた尿意。再度トイレに立ってみると、やはり先程と同じようなチョロチョロの尿勢。だが次の瞬間、大きめの凝血塊(コアグラ)が放出され尿勢も通常に戻った。こういう排尿の展開は今までにもあったので正直やっぱりなと思ったが、それにしては今までよりも最初の尿勢が弱かったしコアグラも大きかったな。まあそんな事もあるだろうよ。

翌日は尿色も白ワインで尿勢も普通の勢い。昨夜の一件はたまたまだったのだろう。何せ一進一退で回復するのだろうから仕方ないわな。今日は公休日だからこのままおとなしくしていれば、明日の出勤は問題ないだろう。その予感通り、就寝時まで排尿痛以外は問題なかった。

出勤日の朝。寝起きのトイレでまたも日曜深夜の再現が。赤ワインのチョロチョロ尿勢から始まったが、途中で尿道筋を締めるとさらに排尿が出来、やがて尿意も収まった。コアグラは出ず。それでも赤ワインの色がタバスコ色になっていたため、たまたま休みだったカミさんを乗せて主治医のもとへ。こんな時には外来患者が少ない診療科はありがたい。程なくして診療を受け、様子見という事で止血薬を処方してもらって帰宅。

だが夕方、ついにその時が来た。

チョロチョロどころかタバスコが一、二滴。そして排尿筋を締めようが、ガンとして出て来ないのである。頭をよぎったのは「尿閉」の二文字。それでもまさかここへ来てそんな事が起こるとは俄かに信じがたいという思いも。でも次の尿意を感じてもやはり同じ。そして膀胱が張って来た。マジヤバである!

カミさんに「ヤバそう。AUR(急性尿閉)かも」と言い、すぐに病院へ電話した。ところが主治医はすでに帰路に就いたので、今夜の当直医では対処出来ないので他院へ行ってもらうしかないなどと信じられない言葉を言われる始末。「何じゃこの救急外来ナースは!」 と文句を言っても始まらないので、ダメもとで主治医へ連絡を取ってもらい連絡を待つ事に。そして、主治医は30分後に戻って来るからそれまでに来院してくださいとの回答があったので、入院装備を整えタクシーを呼んで病院へ向かったものの、尿意と張りはますます強くなって行った。それにしても一日に病院へ二度も行くハメになるとは。

・・・・・・・

救急外来の処置室のベッドに横にされて、ナースがバイタルやらエコーやらをしていると主治医のT先生登場。やはりコアグラが尿道口を塞いだためのAURだった。私が尿カテ大嫌いだという事をご存知だったからか、「今回は大きいヤツじゃないとまた詰まるからガマンして」と言い、かつてK病院で地獄を見た3ウェイカテーテルを挿入した。これは前2回のオペ後に挿入されたものより3サイズも太いらしい。本来なら私にとっては気絶モノの処置なのだが、もはやガマンの限界に近い膀胱の張りと鈍痛のせいか、挿入時の痛みもそれほど感じずに意外とスンナリ入って行った。そしてタバスコ色の尿とコアグラが排泄され、苦しかった張りも治まったのだった。

排出が終わると、続いて膀胱洗浄。カテーテルに繋いだシリンジから生食液を入れシリンジを動かして洗っては抜き取る。この繰り返しだが、出入りする生食液の感触が実に気持ち悪い。でもこれで膀胱内に形成されたコアグラが除去されるのだから、ここもガマンである。全てが終わり、止血薬と抗生剤の点滴を受けつつストレッチャーのまま勝手知ったる病棟へ運ばれ、今回の入院がスタートしたのだった。

・・・・・・・

それにしてもAURの何と恐ろしい事よ。

前社の社内研修で何度も喋っていたが、それは進行した前立腺肥大症の合併症としてであって、まさかコアグラによって自らが体験するとは思いもよらなかった。今まで生物として当たり前のように繰り返していた摂食と排泄。その重要性はそれが出来なくなって初めて身に滲みる。尿閉は命にも関わる事態だと口では言っていた私だったが、実際に我が身が遭遇するといかに言葉が足りなかったか痛感した。その意味では貴重な体験と言って良いだろう。

T先生も「カテーテル慣れしたんでしょ」と笑っていたが、装着後も不思議と大きな不快感を感じる事なく推移している。今夜で装着後4日目の夜となったが、その間に膀胱洗浄を病室で3回行なった。また、ナースが繋いだチューブの途中に停滞した尿をチューブを持ち上げて蓄尿パックに入れると、途端に圧力が変化して膀胱内に溜まっていた尿がチューブに出て来るのだが、それが出て来る時と出切ってコツンというショックを生じて止まる時に瞬間的な痛みを生じる。これも苦手だ。

それでもAURの恐怖を知ってしまった身には、ここはじっくり腰を据えて掛かりたいと思っているから、尿カテを抜去するのはさらに2、3日先だろう。その後も十分な自宅療養期間を取って職場復帰するつもりだ。万一にも職場でAURなんて事態になったらシャレにならんし、またもスタッフや顧客に大迷惑を掛ける事になるから。

そんなワケで、手術入院の時よりも長くなりそうな処置入院生活はまだ続くのだった。





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最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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