セカンドTUR

2nd TUR-Btのために5日からK病院へ入院した。だが仕事の現場にはそれまでに済ませておくべき事があった。

2日に実施される棚卸しのための在庫に対する入力作業、これが軽くコンテナ10数箱分の量だった。さらに棚卸しの翌日は、その在庫の中から期限切迫品や棚からの除外品を伝票と共に荷造りをして返品しなければならない。その量、ざっとコンテナ7箱分以上。ここはベテラン女性スタッフの力を借りて何とか完了させる事が出来た。後は私が留守をするので通常よりも多めの発注を済ませ、どうやら入院前日までの仕事が終わったのだった。

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前回同様に入院受付で手続きを済ませ、しばし迎えを待って病棟へ。受付では前回の隣りの部屋番を告げられていたが、行ってみると前回と同じ部屋になっていた。部屋の設えも窓から見える景色も2ヶ月前と全く同じ、看護師も見た顔ばかり、まるでこうなる事が予知されたデジャヴのようだった。そうでなくても勝手知ったるとはこういう状況を指すのだろうが、少なくともこんな場所で言いたくもないわ。

翌日の午後、いよいよオペの時間が来て、歩いてオペ室へ向かう。そこまでの冷たく閑散とした印象しか受けない通路は、どこの病院だろうが何度目であろうが一種異様な緊張を隠せない。

麻酔担当のI先生も前回と同じだったので、前回の退院後からの歩行時と排尿時の痛みに苛まれた日々がまた続くのなら、いっその事「マイケルジャクソンコース」をお願いしたいと言ってみた。先生が「いけね !」とでも叫んで盛ってくれたらそのまま安らかに逝けて苦痛の日々から解放されるのですが、と。「私は良くても周りが大変な事になっちゃうから」と笑ってかわされてしまった。こっちは結構本気だったのに。

手術は前回削った3ヶ所のうち、病理診断で根が深い可能性のある1つを深めに削るという、NCCNガイドラインに則った2nd TUR-Btなので、やはり数十分落ちている間に全てが終わっていた。TURという内視鏡手術は腰椎麻酔で行なう病院もあるが、私のようなビビリには全身麻酔でつくづく良かったと思う。術後、麻酔が切れる頃の痛みも予想されたので早めに座薬投入し大した事はなかった。

主治医のT先生によれば、今回は深く削ったので前回よりも尿カテを抜くまで日数が掛かるようだ。前回、極力早めに抜いて欲しいと私がリクエストした経緯を知った上でクギを刺した形だが、私は私で退院後からの痛みが十分あっての上での再手術なので、言われなくても事を慎重に進めたいと思っていた。膀胱のみならず尿道もさらに痛めつけられているだろうから、安易に抜去を早めるとさらに痛みに苛まれると思うから。

という事で、本当の闘いは尿カテを抜去した退院後である。これはこれまでと変わらないだろう。けれど歩行時や排尿時の激痛だけは再来して欲しくない。何より痛みと闘いながらの仕事は心身共に消耗が激しい故に楽しめないし、決して満足の行く成果が得られないからである。

それにしても病院食だけは何度入院しても慣れないものだ。食事制限のないのをいい事に、カミさんに頼んでサンドイッチやらおにぎりやらヨーグルトやらをこっそり差し入れさせているのがせめてもの救いだ。今回も尿カテが付いているまま歩き回る気も起きないのでベッドでダラダラする日々だが、それでも退院後にはさらに数キロ痩せているはずだ。入院手術ダイエットは最強である。

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とにかく、この手術は今回でピリオドを打ちたいと思っている。この先どういう推移を示すかは神のみぞ知るのだろうが、今のところはBCG膀注や抗がん剤などの治療をするつもりはない。仮に悪化という推移を辿るならば、そこまでが自分の宿命で限界だったんだと静かに受け入れるつもりである。そしてゆったりと終活へ向かう事だろう。不自由な体を引きずって痛み苦しみに耐え続ける毎日なんて御免被る。

ま、今はしばし明かりが見えるはずの方向へ歩いていると信じていよう。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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