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白衣の下は脂汗

本日、安保法制案が参議院の委員会でも可決された。まずは昨日理事室に閉じ込められた委員長である鴻池氏が最初から委員会室にいて、そこで理事会を開くという奇策に出た。すかさず野党から不信任動議が出されると、それを見越していたかようにすぐさま後任を指名。

不信任案は当然否決されて鴻池氏が再登壇。与党から審議打ち切り動議が出た直後、そうさせまいとする野党が委員長席へ怒涛のように詰め寄った乱闘状態の中、それでも可決に至ったのだった。

やり方として結局は強行採決と映る形となった。国会の外では反対派のデモ隊が連日気勢を上げているが、国会内では肉体派の乱闘状態。

その道のりは法案提出側である中谷防衛大臣のダッチロール答弁からついには安倍首相の前言取り消し方向転換答弁によって議論は見事に空回り。重箱の隅をつつくような野党の質問とも相俟って、審議を尽くすとはほど遠い、極めて中身の薄い時間だけが過ぎて行った。

法案の是非はともかく、これほど言葉の重みが感じられない審議にはただ唖然とさせられるばかりだ。挙句が言葉ではなく肉弾戦に突入とは、言論の府が聞いて呆れるわ!

・・・・・・・

さて、先月の入院手術から退院して今日でおよそ一月。なのに我が身が恨めしい。

その日の調子はその日にならないと分からない。仕事に向かう日の朝、駅までの数分間の徒歩の振動に呼応するかのように早くも股間にツーンとする痛みが走る時は最悪の一日の予感に襲われる。電車内で立っている間はほぼ無痛の事が多いので、この間に沈静化してくれるのを願うのである。

乗換え駅に着くと再び徒歩で目的のホームに向かうのだが、階段の上りなどでまたも股間に痛みが走る時がある。ますます最悪の予感に襲われる。これまでは人よりも早足で歩いていた自分が、今では人に追い越されながらゆっくりと歩かなければならなくなった事が我ながら哀れになる。

真に最悪の日ともなると、最寄駅から店に向かう数分間の徒歩の時にも痛みが発生する。痛みの本体は膀胱の収縮が原因であるのは明白だが、特に膀胱の出口付近に起こる収縮刺激に関連する痛みが殆んどだと自覚出来る。お尻の穴を締めるような緊張が走るとそれが痛みとして伝達される感じなので、痛みから解放されるためにはひたすら弛緩させるしかない。一番いいのは横になるか湯船に浸かる事なのだが、日中はそんな事は叶わない。

こうして職場に着き、白衣を纏うと品出しからその日の仕事が始まる。先入先出の徹底のため納品された一つ一つを丁寧に棚へ陳列するのだが、当然立ったりしゃがんだりの繰り返しとなるので、気がつくとまたもや股間の痛みに襲われる。その際はしばらく立ったままで痛みの沈静化を待つ。

やがて開店時間。品出しは続くのだが、不思議とお客さんへの応対時に痛みに襲われる事は殆んどないが、その前後に来る事はあるから油断はできない。

昼食休憩になっても、食べに入った店で座っている時に痛みが走る時があるのでここでも油断は出来ない。膀胱に負荷が掛からないように片側の尻だけで座るようにしているが、それでも一定時間が過ぎると痛みを感じたりする。本当に辛い時は食欲もゼロとなる。だからドリアやグラタンなどの少量の流動食系で十分だ。おかげで立ち仕事と相俟って自動的にダイエットが出来ていたりする。

何とか夕方頃になると不思議に痛みが消える事もあるが、逆にそれまで殆んど痛くなかった日の夕方から痛みが発生したりもする。そういう時は棚の陰でしばし両膝に手をつき中腰になってやり過ごす。

そんなワケで、痛みが頻発する最悪の日などは白衣の下で常に脂汗をかいている事になる。仕事帰りに痛みに襲われた時などは、途中の駅からタクシーで帰宅した事もあった。

だから痛みが走る日とそうでない日とでは、私にとって掛け値なしに天国と地獄なのである。この痛みから解放されるなら悪魔と命の契約をしてもいいとさえ思うくらいだ。

おっと、排尿痛を書くのを忘れていた。排尿時の症状は退院後からいろいろ変化したが、最近はこうだ。尿の出始めは灼けるような尿道痛から始まり、膀胱の収縮による痛みで排尿が終わる。つまり初めと終わりに痛みとの闘いが待っている格好だ。特に終わりの痛みは膀胱収縮が十分弛緩するまで感じるから、本当はこの時すぐに横になりたいくらいなのだが。つくづくトイレがイヤになる。

ただ、これらの事は店長をはじめとする同僚には内緒にしている。ただでさえ前回の入院で着任が遅れ、あまつさえ来月再手術と迷惑の掛けっぱなしの身、通常業務時まで心配させる事はまかりならんと心得ている。股間の痛み以外は至って健全なのだからハタから見たら私はごく普通の人に映るに違いない。せめて今はそうありたいと思っている。

おそらく再手術後にも同じような症状が襲って来るだろうが、それでも大元の病状進行リスクが限りなく無くなると期待するからこそ耐えようと覚悟している。今回のような術後症状は時間の経過と共にやがては治まるだろうと。

以上、自身の記録の一つとして記載しておく。

・・・・・・・

そんな中、今日は薬剤師研修だった。全店のOTC薬剤師の2/3以上が参加したが、まさに老若男女の集合体だった。私の隣りは70代のベテラン薬剤師で、長年調剤薬局をやっていたが閉店、それでも自宅近くのドラッグストアの求人に応募して現場復帰したそうだ。まだまだお元気である。

まずはメーカーの製品説明が2つ。かぜ薬の新製品とOTC初承認となるフッ素洗口薬だった。ついこの前まで同じ立場にいたせいか、ついつい説明会スキルのアセスメント視線で見たり、ヘンな事を言おうモンなら言葉に出さずにツッコミを入れたりして聴いていた。私がやっていた喋るメーカー側の気持ちはもちろん、聞く側の薬剤師はきっとこんな感じだったんだろうなと、両者の立場になって初めて実感出来る事もある。

それが終わるとまるで営業会議のごとく本部の担当者の話が続く。そう、数字の話である。もちろん営利企業である限り利益向上は当然なのだが、相手は売上げの責任者である店長とは違う専門職の薬剤師だ。むしろその特色を生かすスキルを学ばせる場にして欲しいと思った。

隣りのベテラン先生は、入った頃の数年前までは独自の特色を持っていたこの会社が、段々と親会社色に染められて行く事を嘆いていた。それはともかく、久しぶりに指導薬剤師のY先生や先日店舗に指導に来て頂いたS先生に再会出来たのは有意義だった。終了後は店舗に戻って一仕事をして本日終了。まだまだやるべき事が山積みだが、取り敢えず明日は公休日なのだった。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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