スキルレベルの差だな

8日の土曜日に入院、明けて10日の月曜午後に手術、そして終戦記念日の土曜日に退院。

クリニックの膀胱エコー検査で入院手術が必要となった時には、こりゃ2年前の悪夢の再来かと相当落ち込み、悲壮な思いで覚悟を決めた。悪夢を味わわされた中野区のK病院と異なる杉並区のK病院にしたのは吉と出るだろうか。この病院も去年の10月に移設された新しい施設なため、その個室はまるでシンプルなビジネスホテルのようだったのはせめてもの救いか。

オペは月曜日なのに2日前の土曜日から入院となったのは病院側の都合なのだが、やがて我が身を襲うであろう数々の苦痛に対して気持ちを整えるためには、それは決して長い時間ではなかった。事実、クリニックのY先生には「どうにか手術をせずにやり過ごせないか。もしそれで命に関わる事態になっても構わないですから」と言ってみたが、Y先生の「維持療法という手もあるが、あなたはまだまだ若い。今は積極的治療を選択するべきだと思う」という言葉に無理やり自分を納得させていた。それほど前回の入院手術とその後の苦痛がトラウマだったのである。

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さて、オペそのものは前回と同じで、30分ほどの全身麻酔で終了したため何も覚えていない。この病院ではオペ室のBGMを患者のリクエストに応えて流せるというので、一発景気良くアリスのチャンピオンでもやってもらおうかと思ったが、モチロンそんな余裕などあろうはずもない。今回もあっという間に落ちて行ったのだった。

病室に戻ったら、例によって静脈ラインと尿カテはそのまま。血栓予防のために術前から履かされた弾性ストッキングもそのままだったがIPC(フットポンプ)は既に外されていた。やっぱこの程度のオペの血栓予防はこの病院でも適当だった。それでも普段は横向きに寝ている私だが、腕とアソコにチューブを繋がれていると仰向けに寝ているしかなかった。頭をよぎるのは「ああ、これから尿カテを抜くまでの数日、鈍痛を伴う不快感に日夜苛まれるんだな」という、決して大袈裟でない絶望感だけだった。

やがて麻酔が切れて行くに従って膀胱や尿路から痛みを感じるようになったので、すかさず看護師さんにお願いしてボルタレンの座薬を挿入してもらった。幸い20分ほどで痛みは穏やかになって来た。ここまでは前回も同様の経過だった。

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前回と大きく異なったのはここからだった。

尿カテによる鈍痛を伴う不快感が一向にやって来ない。恐る恐るアソコを見ると、挿入されていたカテの太さが前回よりも明らかに細く、素材も柔らかそうだった。尿カテによるトラウマはクリニックのY先生にわざわざ紹介状にも書いて頂き、今回の執刀医T先生にも訴えたからだろうか。それとも初めからこの病院ではこのカテを使っているのかは定かではないが、いずれにせよ鈍痛どころか不快感すらほとんど感じないのである。これは嬉しかった。この調子なら何日でも耐えられる。

同時に驚いたのは蓄尿パックの中の尿の色だった。前回は初めから血尿バンバンで、尿の色が普通になるまでが尿カテの設置期間と言われたのだが、今回は何と何と血尿などなく初めから尿の色は濃い目の黄色だったのである。という事は、術後は必発だと思っていた術創からの出血が今回は無かったという事である。しかも今回は1ヶ所ではなく3ヶ所も削ったというのに、である。

その他の違いは、前回は翌日には静脈ラインが外されて尿量確保のためにひたすら水分を口から飲まされたが、今回は静脈ラインからの点滴だったという点。だからラインは3日間入っていた。尿カテほどではないが、これはこれで生活自由度が低下した。

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尿カテの抜去は3日後の朝だった。今回は不快感をほとんど感じなかったので楽にその日を迎えられた。ただし問題は抜く時の痛みである。私のトラウマの大きな要因となった抜去時の激痛を思い出したが、「これさえ済ませば自由になれるんだ、仕事に復帰できるんだ」と必死に自分を鼓舞した。

果たして、深呼吸と共に引き抜かれた20㎝ほどのカテは激痛なぞどこへやら、意外なほど軽い痛みを伴っただけだった。これなら尿道もさほど傷つかず、その後の排尿痛や出血にも苦しめられないだろうと瞬時に思えた。たかだかカテの太さや素材一つで患者の苦痛は天国とも地獄ともなる事を身を持って知ったのだった。

予想通り、その後の排尿も赤ワインを激痛を伴って絞り出した前回とは大違い。初めから白ワインだったし、排尿痛も軽かった。それでも排尿の最後に少しの痛みと尿道からの出血を見たが、それも翌日にはほぼ治まった。前回と比べると予後はすこぶる快適と言って良い。何せ前回はここから約1ヶ月もの間、排尿前後の激痛が続いたのだから。

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こうして入院から7泊8日、終戦記念日の朝に退院に漕ぎ着けたワケだが、改めて振り返ってみると、前回と今回のこうまで異なった経過の理由は何だったのだろう。

答えはもう出ている。それはひとえに治療に携わった医師のスキルレベルの差と言わざるを得ない。術後の血尿は術創の止血如何で決まるだろうし、使用する尿カテで術後の患者のQOLは大きく影響される。止血が不十分で術後の出血リスクが高ければ血栓による尿管閉塞が起こりにくい太い尿カテを使用せざるを得ないだろうし、止血十分で出血リスクが低ければ細いカテで十分である。

「今回は腫瘍3ヶ所を切除し、プラス疑わしい部分は焼いておきました」というT先生のコメントがカミさんにあったらしい。術後の経過が前回よりも数段楽だと言った私に「特別な事はしてないよ」と涼しい顔で返したT先生は、初診で見た大柄の日焼け顔に赤い革ベルトの腕時計からは想像出来ないレベルのスキルの持ち主だったという事である。良い意味で意外性のある、信頼に足る先生だったんだと。

そうそう、この病院の病棟看護師さん達は皆いい感じで接してくれ、ホスピタリティ満点だった事も付け加えておきたい。

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退院後は3日間の自宅療養を経て、19日からいよいよ新勤務地への初出勤を迎える。ようやくここで先月から1ヶ月以上の期間を研修させて頂いた西新宿店からの旅立ちとなる。指導薬剤師のY先生に頼んで撮らせてもらった40枚以上に及ぶ店舗の陳列レイアウトの写真プリントも出来上がった。向こうで着手すべき課題もたくさんあるだろう。正式着任寸前にも関わらず待って頂いた会社と新天地のF店長のためにも全力で取り組む所存である。

あ~、早く仕事がしたい!  ←こんな気持ち、前の会社ではあんまり出なかったけど(爆)





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COMMENT

No title

ありがとうございます!
これまで大腸ファイバーまでやりましたが、胃カメラだけは呑んでいない事が自慢です。昔から鉄の胃袋でしたから。(^^)

No title

ちょっと違うけど、昔、アナコンダみたいな極太の胃カメラを飲まされて冗談抜きで殺されると思ったことがあって、次にまたやらなきゃいけなくなった時は器具と腕の良い医者を探しまくりました。

患者の側も情報収集と意思表示が必要なのでしょうね。

何はともあれ、ぶじ手術終了おめでとうございます!

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Chaie<チャイ>

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最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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