ドタバタ就活狂騒曲 長文御免

早期退職制度による退職を決めてから2ヶ月、28日の最終出社まであとわずかとなったここいらで、これまでの就活についてまとめておこうと思う。何せ、私の人生最初の就活からこれまでの転職では何かしら周囲の人脈が前提にあっての話だったので、今回のように身近な人を介さずに身一つで始めた就活は初体験だったからである。

就活の方向性として、まずは求める職種に優先順位を付けた。その結果、当初は今の職種と同じ学術研修職で探そうと決めた。この時点で昨年から大手製薬会社などで同じような早期退職リストラ策が実施されていたのを知っていたので、市場には営業職を始めとした人材が溢れているだろうとは覚悟していた。それでももしこの仕事を継続せよとの天命なんてモノがあるとしたなら何がしかの縁が生じるだろうと思っていた。

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まずは探りを入れるために転職エージェントにでも登録しておこうかと思い立ち、そのうちの一つだったP社の担当者と初めて電話面談を交わして簡単な履歴書などを提出したのが1月中旬だった。

そうこうするうちに私の会社PCに1通のメールが届いた。それは外資系の転職エージェントからで、学術研修職の求人情報があれば欲しいと返信すると、青山のオフィスまで面談に来て欲しいとのこと。行ってみればやはり外資系、外国人エージェントと通訳が私を待っていた。そこで話が出た会社はG社だったが、そこは既にウチの会社の連中が(問題児も含めて)相当数移っていたのでお断りした。その後、履歴書や職務経歴書を作って提出したものの、それっきりナシのつぶて状態だった。

外資系エージェントといえば、その後に届いたメールがキッカケでもう1社の虎ノ門のオフィスへ面談に行った。そこでは女性のエージェントが迎えてくれたけど、なぜか彼女はウチの会社の組織図らしきものを持っていて、いろいろと訊いてきた。どうせすぐに新組織になって意味のないものになるのにと思いつつ、適当に当たり障りのない受け答えをした。後日、彼女からオーファンのAX社やGZ社に紹介するからと英文の職務経歴書の提出を求められたので、TOEIC満点の同僚に英訳させて提出した。だが、ここもそれっきりノンレスポンダーだった。しょせん情報が欲しかっただけだったのかも。

それはともかくとして、やはり外資系会社の内勤職への転職には職務キャリア以上に英語力が重要なのだろう。事実、求めるスキルの一つにビジネスレベルの英語力と記載されている会社は多い。さらに私の年齢もネックとなった可能性も高いだろう。でもね、若くて卓越したキャリアやスキルを持ち、英語力も抜群なんてスーパーマン、少なくとも私の周りにはいなかったぞ!

面談ではいい顔しながらも、コイツは売れるか(すなわちエージェントの売上げになるか)どうかドライに値踏みしていたのだろうな。そもそもホントに応募したのかどうかも怪しいといえば怪しいし、経過や結果の連絡すらないというのは仁義にもとるだろうよ。

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同時並行的に会社OBのYさんへ連絡し、Yさんが再就職した人材派遣会社APのトレーニング部門の求人を打診してもらったものの、私の年齢では正社員雇用は難しいとの回答。会社の同僚S子からも人材派遣会社QTのトレーニング部門のトップの方を紹介してもらったものの、先方が今欲しいのはがん領域のトレーナーというのでこれも合致せず。P社を通して応募していたサプリメントメーカーF社からは年齢・年収を考慮した結果、見送りという回答が届いた。

国内エージェントのSJ社からは、国内ジェネリックメーカーPP社の学術研修職を紹介された。これから営業部隊の研修に力を入れたいという意向があるとの事でさっそく応募、これが2月上旬の事だった。しかし、ここもその後のレスがない。1ヶ月も経った頃、思い余って問い合わせると、先方の都合で選考は4月からに延期されたと言うので待つ事にしたが、今日に至るまで結果どころか経過報告もないというありさま。同時期に同僚Y子からの情報で応募したジェネリック最大手のN社も年齢を理由に見送りとなっていた。

一口に国内の転職エージェントと言っても、その対応には結構な差があるのだと思い知らされると当時に、企業の学術研修職との縁はなかったのだと事ここに至って私は判断した。それでなくてもウチの会社で行われて来たFace to Face型の研修を取り入れようという企業はコスト面からも難しいはずで、運良く面接に漕ぎつけたところで、いざ確認すると単なる学術業務止まりだったという確率は高いだろうとは容易に想像出来る。ま、ここらが潮時か。

とはいえ、一方ではこれまで培ってきた知識、経験、スキルを直接の職務として発揮できる舞台はもう失われたのだという一抹の寂しさと悔しさを感じたりもした日々だった。

そして、取得から35年もの間、全くと言っていいほどその恩恵に預かる事のなかった薬剤師という資格を生かす道へと舵を切ったのである。

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さて、薬剤師の資格を生かす道となるとそれは薬局勤務を意味する。薬局勤務には処方箋による医療用医薬品の調剤をメインとする「調剤業務」と薬局用医薬品のカウンセリング販売をメインとする「OTC業務」とに大別され、その両方を担当する場合もある。

私はOTCの個人薬局を家業とする家に生まれ育ったせいで、店番の手伝いを通じて接客という事には慣れている。「いらっしゃいませ」「申し訳ございません」「ありがとうございました」「お大事に」など、若い世代が言い難いとされるフレーズも抵抗なく口に出来るし、こう見えても一枚の包装紙で商品を包む技も身に着けている。

思えば、疾病治療薬を扱っている企業にも関わらず、これまでの職種における直接のビジネスパートナーは医療関係者か社内ステークホルダーであり、エンドユーザーである患者さんへはルール上ほとんどタッチ出来なかった。果たして我々のプロモーションは患者さんのニーズを満たしていたのか、扱う薬剤の治療効果は患者さんに喜びを与えられたのか等について直接確認する事はかなわなかったのである。

もちろん、医療関係者との仕事で得られたものはたくさんあったし感謝もしている。でもここ数年、今度は患者さん(顧客)と直接向かい合ってそのお役に立ちたいという思いが強くなって来たのも事実である。ならば、その世界に思い切って飛び込んでみようか。ではどちらの業務を選択するか?

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その答えは簡単だった。それは私が医療機関を受診し、院外処方箋を貰って自宅近くの薬局で薬を受け取った時の体験によるものだ。

医師に対して自分の症状をさんざん訴えて診療を受け、わざわざ薬局に寄って薬を受け取って帰ろうかという時に、今度は薬剤師からあれこれ質疑応答を求められるのである。さっき医師に説明して来た内容が重複したりしようモンなら、何度同じ事を言わせるのかとイラッとする。その煩わしさったらない。リスク予防のためとは分かっちゃいるが、こっちはとっとと帰りたいのだ。四の五の言わずにさっさと薬を渡してくれればいいんだよ! と心の中で何度呟いた事か。

対してOTC医薬品等を自ら買い求めにやって来るお客さんはスタンスが違う。風邪であろうが腹下しであろうが、自分や家族の病気を治すための最良の薬を選びたいと思っている。そのために必要な情報が欲しい。だから相談したい。そして勧められた薬で治れば喜び、相談相手には感謝の気持ちすら生まれるかもしれない。

だから私は、都市部を行き交うフリーの買い物客ではなく、その土地に生活している人々を相手にどんな相談にも乗れて信頼して貰える存在を目指したいと思ったのである。今さら狭い調剤室の中にいて、かつてある薬局でボランティアでやらせていただいて挫折を味わった調剤を勉強し直すには年齢を重ね過ぎたし、商売人の家で生まれ育った血が顧客とのより多くのコミュニケーションを求めていた。

目指すはカウンセリング販売の「OTC業務」だ。

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企業の求人を探していた頃からの付き合いとなっていたR社のエージェントに連絡し、薬局の求人へ方向転換した旨を伝えたところ、ドラッグストア10社へ一気に打診すると言う。いくら薬剤師と言えども、正社員雇用ともなるとやはり年齢的に敬遠される場合もあるので、面接に至った会社からプライオリティを付けて考えるのが正解だろうと。

私も候補となった会社のWebsiteなどを見ながら自分の目指す方向性に合う職場環境の会社の見立てをしていた。私からエージェントに伝えた条件は2つ。勤務開始は7月からという事と勤務地は都市部は避けて住宅エリアの店舗にして欲しいという事だった。

そして面接第1号となった会社がP社だった。P社は業界トップのMK社のグループ企業で都内をメインに150店舗以上を展開しているドラッグストアチェーンで、MKを調剤&OTCおよび化粧品・食品・日用雑貨などを幅広く扱う大型スーパーマーケット的な店舗とすれば、PはOTCをメインとする雑貨店的な店構えというところか。

薬剤師のポジショニングも、MKではカウンセリング販売に留まらず、品出しやレジ打ちも薬剤師の業務に含まれる(その分給料はPよりも高めらしい)が、Pではレジ打ちはせず、会計カウンターと別に設置された相談コーナーが主戦場となるのでよりカウンセリングに集中しやすいようだ。

顧客のカウンセリングに力を入れたい私が、薬剤師と一般販売業スタッフの2ラインを店舗内で確立させているS社(ここはこの時期に通勤可能と思われる店舗の求人がなかったため断念)の次に、このP社にプライオリティを置いたのは言うまでもない。面接第1号がそのP社だったので、断る理由は何もない代わりに多少プレッシャーを感じた。

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一昨日の夜、用意した履歴書、職務経歴書、薬剤師免許証のコピーを先方に渡して面接は始まった。

採用担当のYさんから面接と言うよりほとんど会社や業務の説明を受けたのは、面接想定質問に対する回答を練って来た私にとって意外だった。なので、それらの説明が一段落してから志望の動機、目指したい薬剤師業務などについて私からの質問と要望という形で語った。勤務地などの要望も伝えた。一点、給与に関して製薬企業との格差を心配する言葉もいただいたが、その点は全く気になさらぬようにと伝えた。そんなのは業態が違えば当然なのであって、ハナから了解済みである。

面談は終始和やかに進み、私も日頃鍛えたトレーナーコンピテンシーを発揮しつつ、押しつけがましくない話し方を心掛けた。Yさんは雇用形態については定年までは正社員で検討してくれるようで、職場環境もほぼ私のイメージするものだったため、最後に「ぜひ御社でお世話になりたいと思いますので、よろしくお願い致します」と結んだ。

これで内定の一つでも出れば気分も楽になるけどなぁ。まして優先順位の高い会社であればなおの事だよなぁ、などと考えながら独り家路に就いた。勝手知ったる製薬業界ではなく、ドラッグストア業界への初めてのチャレンジとあっては、いささか弱気の虫も起きようってモンである。

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面談から一夜明けた昨日、カミサンと前々から気になっていた地元のトリッパメインのイタリアンで夕食を食べていたら電話が鳴った。R社のエージェントK子さんからだった。店の外へ飛び出て受けたところ、早速P社から内定が出たと。先方は私を高く評価していただいたらしく「お考えが会社の目指す方向性としっかりマッチしているのでぜひウチで活躍して欲しい」「勤務地については7月から着任となるため現段階でははっきり出来ないが、ご要望通り通勤時間に負担を掛けない範囲で考えます」との回答だったと。採用担当者の熱い思いが伝わるには十分な言葉だった。

回答期限は今月末までなので、一応家族にも相談してから返事をすると伝えたものの、反対する声などあろうはずもない。何より熱い気持ちには熱い気持ちで応えるのが仁義ってモンである。私の中で瞬時に答えは決まった。

同じエージェントでこの後に予定されているU社の面接とGW明けに別のエージェントが設定したMK社との面接が残っているのだが、それを待っていては回答期限を過ぎてしまうのでどちらもキャンセルしようと思う。会社に限らず、最初に会って気持ちの通じた相手に感情移入し判断してしまうのは、これまでの私の流儀の一つだとも言える。

送られて来たP社の採用条件通知書を見ると、給与は年収レベルで今の半分弱だが、この業界の水準から言えば中の上である。逆に、未経験のOYAJIに対してよく頑張ってくれたと理解出来る。考えてみれば、今の会社に6月末まで在籍すると定年まで2年半となり、早期退職の割増退職金がおよそ2年分の年収相当額。とすれば、残り半年分の収入をこの2年半で稼げればツーペイだから、これは十分過ぎる待遇とも言える。事実、私と収入がわずかに逆転する事になったカミさんも全く同じ事を言っていた。

もはやお金じゃなかろう、これでいいのだ。

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というワケで、これで安心して5月~6月末は有給休暇の消化で過ごし(ああ、これが毎日が日曜日ってヤツなんだな!)、7月から心機一転、およそ3000品目の取り扱い商品と格闘する日々にチャレンジする事になったのである。

これまで足掛け24年に渡ってお世話になった会社へは、こんな幕引きとなってしまったけれども心から感謝したいと思う。天職と思える学術研修業務に私を引き合わせてくれたSさん、その私を本社へ引っ張ってくれたAさんあっての今である。これからは地域の寅さん(人の世話を焼く時の寅さんは誰からも慕われる)と呼ばれるような薬局のOYAJIになりたいと思う。

最終出社日までいよいよ後5日、心の火を静かにたぎらせよう。





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COMMENT

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>ぼすけんさん
この歳から調剤を一からというのも無理があるかなと。
ま、あせらずじっくりと良き相談相手を目指したいと思います。
OTCにはOTCの苦労はあるでしょうけど。(^ ^)

ご無沙汰してます

ジョブチェンジされるんですね。
私もなんだかんだ数えてみたら22年も経ってました。
企業歴だとファーストとラストが全く同じ会社だなんて不思議な感じがします。
最近ではG社の後輩どころかG社のMRすら見かけることもなく内部がどうなったのか存じ上げなかったのですが色々みたいですね。

次はOTCですか頑張られてください。
薬歴未記入問題や無資格調剤問題など薬剤師を取り巻く状況がめちゃめちゃ向い風!つらい世の中になってます。
私は20数枚/一人の状態を保つ調剤を必死こいてやってます。
Dr.と被る質問も混ざってしまいますが臨機応変で対処して話し込んでいくとそこそこ持っている知識を有効利用できるかなって思ってます。
まあ、チェーン調剤のようなところでは実現できないでしょうが自分の薬局だと努力だけは出来るかなと。

毎日が日曜日!羨ましいです・・・
K社からG社に移るときも0日!両社の名札をもってT大病院に行ってましたし、G社に居ながら?(辞表が受理されず)1年間も両方の仕事をしてました・・・。

お互いに世間一般的にはお年寄りの範疇?お体に気を付けて頑張られてください先輩!

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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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