ああ、ミイラとりが・・・
目的は、同僚Kがハマっているというウクレレ。私がハマっているアコースティックギターとは一味違った、あの素朴な音色が何とも言えない癒しをくれる。いずれかじってみたいと考えていた楽器の一つだったので、豊富な品揃えの楽器店でまずは実際の音を聴いてみたいと思ったのだった。
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お茶の水に着き、何かあった場合の備えにとATMへ立ち寄ってから楽器店の扉を開けた。
決して広い店ではなかったが、それでも大小100本近いウクレレが展示してある。ウクレレには数種類の大きさがあって、ソプラノ・タイプというのが一般的なウクレレの大きさなのだが、手の大きな私あたりだと、それより一回り大きいコンサート・タイプがなじみそうだななどと思いながら、一つ一つ丹念に眺めて回った。
まず驚いたのはそのお値段。
ウクレレの面構えは材質やデザインによってそれこそ千差万別なのだが、その中でもメジャーどころのメーカーのものはさすがにいい雰囲気を醸し出している。だが、お値段も相当いい。展示品の中には3万円以内のモノも5~6万円台のモノも多くあったが、一流メーカー品ともなれば、ほとんどが10万円を軽く超え、うっかりすると30万円超えのブツまで鎮座しているではないか!
アコースティックギターの世界なら当然とも言えるかもしれない価格帯だけど、こんなちっこいウクレレがギター並みのお値段とは恐れ入谷の鬼子母神だわ、なんて思いながらも20分位は経っただろうか。
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「よろしかったら、どれか音を聴いてみますか?」と若いスタッフの声。
入れ替わり立ち替わり来店する客が、たいていしばし眺めては出て行くという中で、ひたすら居座っている私が目を引いたのだろう。元来、自分のペースであれこれ考えながら眺めている途中に声を掛けられるのが好きではない私だが、ここはその言葉に乗ってみる事にした。
価格の手頃な1つ2つのマホガニー製のウクレレを指名して弾いてもらった。想像通り、マホガニーの音は柔らかく優しく響いた。でも思いのほか音が届いて来ないと感じたのは気のせいかな?
そのスタッフ、何を思ったか、今度は反対側にあった一台の中古ウクレレを取り上げた。「これはあらゆるウクレレのお手本とも言うべき100年の歴史を持つKamakaというメーカーのものです」
あらゆるお手本と言えば、それこそMartinギターじゃないの。そう、ウクレレ界のMartinこそKamakaだったのである(Martinもウクレレを作ってはいるが歴史が違う)。実は私、そんな事は事前のお勉強で知っていたが、初心者がいきなりMartinもないモンだろ。しかも見たところ、いささか小汚い感じだし。
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我が耳を疑った!
同じようなウクレレなのに、これほど音が違うとは!!!
実にさわやかな枯れた音がこちらに向かってしっかりと響いて来た。まるでハワイの風だ。音の輪郭はクリアで粒が立ち、たった4つの弦なのにそれ以上の音の広がりを感じるではないか! これが一流メーカー品というものか。しかも製造年は1980年代というから、実に30年モノのヴィンテージと言っていいウクレレである。単に弦の振動だけではない、いわゆる「胴鳴り」なのである。
明らかに使い込まれた感じ満々だし、トップの修理跡もわずかに見える。だが新品との最大の違いは、今や厳しい伐採規制で貴重品となったハワイアンコア材100%、すなわちボディだけでなくネックもブリッジも全て同じ材を使っているという贅沢品だったのである。まるでギターで言うアディロンダック・スプルースやブラジリアン・ローズウッド(ハカランダ)だ。チューニングマシンが最新のギアシステムのものにグレードアップされていたのはGJ。
試しに同じメーカーの新品を弾いてもらったけど、いい音なのは確かだが、明らかにボディの「鳴り」が違う。おそらく製造後30年という時の流れの中で、私のMartin D28Mで拘っていた「エージング」が成されたからなのだろう。
この音を聴いてしまった後では、もはや何を聴いてもムダだった。
だが最大の問題はそのお値段。万一を考えてATMでおろした5諭吉をとっくに超えた領域。想定予算内で選ぶのならキレイな新品の方が気持ちがいいから、値段も高いコイツはハナから選択外だったに違いなかった。
あの音さえ聴かなかったなら・・・。
トドメはスタッフと店長のこの言葉。「これならどこへ出しても遜色ありませんし、今後も買い替えに悩む事もありませんよ。本当なら私が欲しいくらいの品ですが、規定でスタッフは3ヶ月経たないと買えないんです。これは入ったばかりですが、たぶんすぐに売れてしまうでしょう。これが楽器との出会いというものです」
私だって営業経験者のはしくれ、セールストークの何たるかくらいは熟知している。それでもその言葉にあっさり背中を押されている自分がいた。Martinで叶わなかったヴィンテージをこのKamaka HF2 Concert modelで。
それにつけても、あの音さえ聴かなかったなら・・・。
花金の昼下がり、左手にノートPCを入れたカバンを、右手にサービスで付けてくれたハードケースをぶら下げて電車に揺られていたオッサンの姿があった。お茶の水の楽器店から楽器を抱えて帰ったのは40数年ぶりの事だった。
ちょっと恥ずかしいような、それ以上のワクワク・ドキドキ感は、あの時とちっとも変わらなかったのが嬉しかった。
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