今回は指宿と霧島へ

プライベートで最後に鹿児島を訪れたのは、両親を伴い、五十肩に悩まされていた2009年の秋だった。あれから4年半、久しぶりに行こうかと言うカミさんの言葉にほだされるように金曜日に休暇を取り、2泊3日で出かけてみた。

何せ、2月下旬から3月中旬までの全国研修ツアーに加え、3月下旬の1週間はいくつかの中途入社者研修で成田のホテルにこもっていたので、さすがに心身共に蓄積疲労だったから、これは渡りに船である。

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マイレージ特典チケットのせいで行きは9:40、帰りは10:00というやたら早い便での往復。それでも現地でレンタカー(デミオ)を借り、カミさんの知り合いの方とドルフィンポートなるところで待ち合わせ。そこには飲食店を中心としたいろいろなお店があったが、昼食を食べた回転ずし店「めっけもん」のレベルの高さには驚いた。

関東ではあまりないネタが勢揃い! 阿久根の「華あじ」をはじめとして桜鯛、キビナゴ、トビウオ、チヌ、ソイなどなど。意外な事に本マグロがこれまた美味! 大トロは口の中で溶けてなくなった。観光客用の高い店なんかへ行かなくても鹿児島の魚はほとんどここで事足りる。平日の1時半を回ってもなお行列なのも納得だわ。

その後は義弟一家と待ち合わせて一路指宿温泉へ。指宿へはおよそ6年振り、南薩摩へ行くとなればもちろん「知覧特攻平和会館」への訪問(実はこれで3回目、もはや心は参拝に近い)である。ここだけは外せない。

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前回は名門ホテルの「白水館」に泊まったが、今回の宿は山の上にある元グリーンピアの「指宿ベイテラス HOTEL&SPA」。

さすがに年金とバブルの象徴的な建物で、スポーツドームを思わせる見上げるほどの吹き抜けと滝の流れる室内池は、ここにこんな施設が必要なのかと唖然とさせられる。砂むし風呂こそなかったが、入ればたちまちスベスベ肌になる名湯は健在で、源泉かけ流しなのも嬉しい。

夕食は桜鯛しやぶしゃぶ付きの懐石(的)料理で、味・ボリューム共に満足できるレベルだった。それにしても義弟の娘姉妹の成長の早さは目を見張るばかりである。あっという間に小学6年生と5年生。以前、上の娘を預かったのが1歳前の頃、時の経つのは速く、歳を取るのも速いわな。

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天気に恵まれた次の日は曇り。チェックアウト後に知覧へと向かう。

桜の花びらが舞う玄関などを撮影していると、ちょうど観光バスに乗った大量の観光客が入って来たところだった。展示場の入口に立った瞬間、この中にいる特攻隊員達の千の目に見つめられる予感に早くも涙腺が緩む。そしてそこへ足を踏み入れ、今回も10秒で落涙を禁じ得なかった。時を同じくして花散らしの雨が激しく降って来た。

今回も関西弁でペチャクチャお喋りする観光客と同じ空間を共有したが、もはやそんなことはどうでもよく、遺影から見つめる彼らに恥じない自分であったかという思いで心が締め付けられた。ひたすら「申し訳ありません。私はまだきちんと生きられておりません」と彼らに向かって繰り返すのみだった。

それぞれ別の故郷で、それぞれ別の日に生まれ育った若者が、同じ場所に集められ、命日が同じ出撃の日という不条理に言いようのない哀しみを新たにした。日本人のはしくれならば、たとえ他の有名神社や史跡には行けなくとも、少なくとも靖国神社と知覧は訪れて感謝の気持ちを表し、自身の有り様を振り返るべきだと私は思っている。

 それぞれに 生まれ集いし若鷲が 同じ命日 護る思いも   Chaie

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雨の降りしきる次の日は鹿児島市内へ戻って、義妹の趣味でもある九州の小規模窯元の作品を集めたお店に案内してもらって、大分県の小鹿田(おんた)焼きなどの大小のお皿を数枚購入。その後、昼食。

その昼食が、義弟イチオシの「丸一」というお店。低温で揚げた黒っぽい衣に包まれた厚さ3cmはある巨大トンカツ定食だった。その重さなんと350g! でも少しも脂っぽさを感じさせないので、朝食バイキングをしっかり食べたくせにすんなりと平らげられた。これで1800円(上ロース定食)というからリーズナブルと言うほかない。

義弟の家でお茶を飲んで、いよいよ今回最後の宿となる霧島温泉郷の「ペンション遊鹿霧」へ単騎移動。

ルートは高速経由で私の好きな山道へ続いていたのだが、デミオのミッションはDレンジとLレンジのみ。加速がトロいので思わずスタートで踏み込もうものなら「急発進です!」と車に怒られるし、カーブのたびにブレーキを踏みまくるペースカーに合わせてエンブレを使いたくてもワンパターンでしか使えない。そもそも自分の車だったらとっくにブチ抜いてるのに。

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そんなこんなで走ること1時間チョイで到着。ここの楽しみは何と言っても露天風呂付きの部屋。

数年前に味わって以来、部屋に露天風呂のある便利さがヤミツキとなっていた。さっそく入ってみたが、ナトリウム泉の指宿とは違って硫黄を含んでいる。木製の湯船の底に湯の花が沈んでいて、足で掻き回すとそれが舞い上がって白濁の湯に変化する。もちろんお肌スベスベで気持ちい事この上ない。極楽じゃ~~~!

鹿児島牛をメインにしたフレンチディナーも人気のようで、こんな山奥のペンションなのにほぼ満室状態の様子で、ダイニングエリアも賑わっていた。昼間、あれほどのトンカツを食べてしまった我々でも意外なくらいスムースに美味しく食べられた。

翌日は9:00までに空港近くでレンタカーを返却しなければならなかったので、8:00にはチェックアウトしなければならなかった。その時間ではパンが焼き上がらないとの事で朝食は残念ながら断念し、日曜日の朝で車の少ない山道を快適に駆け抜けて行った。

心身のオーバーホールのための旅行は海外旅行ではなく、やっぱり温泉旅行が一番だな。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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