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手術は尿カテとの闘いだった!

「全身麻酔は眠ってるうちに終わっちゃうよ」

経験者の誰しもが口を揃えて言うものの、全麻手術初体験で生来ビビリの私は、それでも十分過ぎるプレッシャーを感じながら日曜日に前日入院した。病棟にはさほど入院患者もいなく、個室の病室は建物が新しい事もあって居心地は良さそうだった。

翌日の昼過ぎ、ナースに連れられてオペ室へ。手術台に寝そべるや否や、オペ室ナース達が手慣れた手つきで検査機器を装着していく。ただ、血管がうまく浮いて来ない私だから仕方がないのかもしれないが、静脈ラインを取るナースが事もあろうに手の甲の小指の下の血管にシリコン針を刺した。そこ痛いだろ! せめてもっと別の場所にやってくれよ!

で、いよいよ麻酔。少しボンヤリしたかと思っていたら、あっという間に落ちたらしい。リバースしたらすべてが終わっていた。確かに過去にやった局麻手術と違って楽だなとは感じた。

ストレッチャーで病室に運ばれたのがほぼ2時間後だったから、経尿道的膀胱腫瘍切除術(TUR-Bt)は短時間のお手軽手術だったのは間違いない。

ふと気がつくと、手には点滴、足には血栓予防の間欠式空気圧迫装置、そしてアソコには尿道カテーテルが装着されていた。術後の患者はそんなモンだと理解しつつ、手術の疲れも手伝ってしばし眠りに落ちた。が、やれ食事だ服薬だ体温だ血圧だとナースがひっきりなしにやって来るからおちおち眠れやしない。こんな時くらい、お願いだから放置プレーにしておいてよ。

夜になってやっと眠れる態勢にはなったものの、手、足、アソコの3点が繋がれているから、仰向けのまま寝返りも打てず身体も動かせずで背中が痛くなり熟睡出来ずに朝を迎えた。尿カテはツーンとした痛みのようなものをたまに感じるが、それよりも圧迫感がハンパじゃない。ましてや男性にとって一番デリケートなところに管を挿入されているから動こうったってそんな気も起きない。まるで首っ玉押さえつけられたサル同然である。

ところで以前、血栓予防薬を担当していた際、術後の理学的予防法で最強はこの間欠的空気圧迫装置だが、欠点はその強い圧迫感と動作音で眠れないほどに辛いと言っていた。ところが、これはこの診療科のやり方なのかも知れないが、ほとんど圧迫感も音もなく、足が固定されていること以外に不快感を感じなかった。もっと言えば、こんなやり方で肝心の血栓がきちんと予防できるのかと疑うほどだった。

・・・・・・・

さて一夜が明け、点滴ラインと空気圧迫装置が外されて手と足の自由を得た。だがこれで外せると思っていた尿カテの方は回診時にDrから冷たくもう一日延期と告げられた。実はこれが一番きつかった。初日にやっていた膀胱還流も終わり、排尿パックを連れてなら歩ける状態になったはずが、やはりその不快な圧迫感からそんな気にもならない。

そこから次の朝を迎えるまでのなんと長かった事か。

鈍痛にも似た圧迫感は時間と共に増し、とても2日間も我慢できそうにもないが、でもどうする事も出来ないもどかしさ。抜去のためには尿を綺麗な色にする必要があるため、ひたすらペットボトルのお茶を飲む。ただでさえ無味乾燥な病院食、食欲なんて湧くはずもないからほとんど口にする事もなく寝ているばかり。せいぜい両足を交互にくの字に曲げるのが精一杯、だから今度は足が痛くなって来る。確実に消耗しているのが分かる。

・・・・・・・

やっと、本当にやっと、空が白々と明けて来た。カテーテルが抜去できる朝が来た。

排尿チューブの中の尿の色はまだ赤味がかっていたが、何とかDrから抜去のOKが出たようだった。それにしてもこの病院、入院患者への回診がいつも10秒前後、一言コメントで終わってしまうのは如何なものかと思う。今まで入院した病院でこんなに短い回診なんてなかった。内視鏡で切除した病巣の大きさや程度の話や今後の治療戦略の話も一切ない。ま、今は私の方もじっくり聞ける状態にはないのだが。

朝食後の回診、今朝は部長以下4名のDrがうち揃って来室したのでこっちがビックリ。でも相変わらず一言コメント「後ほどカテーテルを抜去します」

いよいよ抜去の時が来た。ヒマに任せてググってみたところ、結構な痛みを伴うとの事。でもこの状態から解放されるのなら、その瞬時の痛みにも耐えようってモンだ。まずは膀胱で膨らませていたバルーンの中の水を抜去、これは痛みなどない。そしてカテ抜去。この痛みを何と表現すべきか私は知らない。灼けるような痛みとはこういうものを指すに違いない。「あっ痛、痛、痛〜!」と叫んだのは言うまでもない。

後からナースに訊いたところ、他の手術ではもっと細いカテーテルなのだが、膀胱還流が必要な場合はそれができる太いカテーテルとなるそうだ。私は膀胱腫瘍なのだから還流は必至、いきおいその圧迫感も抜去の痛みも別物という事になる。

不幸な事にその痛みは抜去後も続き、この後排尿できなければ退院出来ないと言われ、またお茶を飲む。いよいよ尿意を催したが排尿は激痛を伴ない、ホウホウの体で血尿50ccを絞り出した。これでいいんだろってなモンである。

ナースに報告していたら、今度は薬剤師の女性が来て、いきなり「退院後飲んでいただくUFTについて説明に来ました」と言うではないか! 「ええっ! UFTを飲むんですか?」「あれ、先生からお話がありませんでした?」「切除の状況も含めて一切ないよ。抗がん剤を飲むって事は本チャンの膀胱がんだったって事?」「いえ、これは再発予防のためで、飲んでいる人も結構いますよ」「そういう事じゃなくて、それ以前にインフォームド・コンセントの問題だよね?」「では先生に確認しますね」

痛み止めにボルタレン坐剤を入れてもらって少し落ち着いたと思っていたら、そこへナースが薬を持って来た。抗生剤と今日から飲む薬ですと2包差し出す。1包はUFTだった。速攻で薬剤師とのやり取りを告げて服薬を保留したのは言うまでもない。説明もなくハイそうですかと飲める薬じゃないだろが!

どうやらもう一度排尿を確認出来たら退院が決まり、その際Drから説明がなされるようだ。いずれにせよ、もはや単なるポリープのような腫瘍ではないらしい。切ってお終いとはならないようだ。だが、尿道カテーテルだけはもうカンベンだ。医学がこんなに進歩しているのに、なぜこんな患者侵襲度の高い処置が存在するのか? いや、これは処置というよりもはや拷問である。頼むからコンドーム型の外付けカテをもっと開発普及させてくれ!

今後、再発や進展を見たとしても、私はこれをやられるくらいなら切らずに維持療法、やがて緩和療法からホスピスへの道を選ぶだろう。大抵の事はガマン出来た私でも、それくらい尿カテはシンドかった。涙




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Chaie<チャイ>

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最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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