FC2ブログ

毎月膀胱炎

検査入院の結果にはまずまずホッとしたところだが、それとは別の困った問題が起き続けている。

それは膀胱炎。しかもここ10月〜12月の3ヶ月間ほぼ毎月発症し、そのたびに仕事を休まざるを得なかった。最近ではこの7日間余り。仕事も土日の人手が少なく忙しいタイミングだったから同僚にも迷惑を掛けてしまったので心苦しい。

なぜこうも頻発するのか?

普通に考えれば、冬に向かい身体が冷えて抵抗力が低下して風邪を引くように、冷えによって骨盤内の血流量が減少し膀胱内で細菌が繁殖しやすい環境になったせいかもしれない。

カミさんによれば、暑い夏とは違って寒くなって来ると水分摂取量が少なくなって来る。すると何らかの理由で膀胱内に入り込んだ原因菌を洗い流す十分な尿量が得られず、かつ排尿回数が減るために膀胱内の残尿によって逆に菌の繁殖が促され膀胱炎を発症するという。

膀胱炎は膀胱や尿道に痛みを発生させ、強い排尿痛を伴なうからトイレを遠ざけようとついつい水分摂取を控える。その結果、ますます症状が悪化する。治療は医学書的にもカミさん的にも、細菌性膀胱炎には抗菌薬と1.5L/日以上の水分摂取による尿量で菌を洗い流す事である。但し、抗菌薬は安易に使うと耐性菌を生じさせるため、大量の水分摂取が基本だと。

だが、現実に断続的に襲って来る強い痛みに苛まれている状況で、敢えて大量に水分を摂って、これまた強い痛みを伴なう排尿を頻繁に行なうのはかなりの抵抗感がある。そんな苦行をするよりもこのまま横になって安静にしていれば、おっつけ痛みは寛解するのではと期待してしまう。

だがそうではなかった。

お守りとして持っていた抗菌薬を早めに飲み始めたものの、4日間の服薬もかなわずその後に強い痛みがぶり返した。そして公休日+2日間の休みを余儀なくされたのだった。

我ながらホントにバカだと思うが、事ここに至ってようやく大量飲水を覚悟し、昨晩からひたすらペットボトルの水を飲んでは痛みに耐えて排尿を繰り返した。それは1〜2時間おきに夜を徹して続いたが、やがて痛みが緩解して来るのが感じられた。出血が見られた時はアドナ&トランサミンで凌いだ。

そしてようやく強い痛みからは解放され、念のため今日も大量飲水を継続して明日から仕事に復帰出来るという目処が立った。

今後は職場の休憩室だけではなくBYにもペットボトルを置いて、普段からグビグビ飲んでは排尿に勤しんで膀胱炎の予防に努めなければならないと決意した次第。

結局、過去の膀胱炎でも積極的に大量飲水をしていれば辛い痛みを発生させずに終わっていたかもしれない。事ほど左様に、酷い目に遭わなければ対処を変えられないビビリの私が膀胱炎悪化の最大の原因だったというワケだ。orz




消えたぁ?

本日は検査入院の結果を踏まえた外来。

10月の尿細胞診で出たclassⅤの悪性細胞の居所を発見するべく、先日の検査入院で膀胱内から6ヶ所、左右尿管から各1ヶ所の組織をサンプリングしていた。

カミさん同席の上で主治医のT先生からのお告げを待つ。サンプリングした組織のいずれかからclassⅤが再検出されれば、今度はそれに対する治療方針が語られるはずだった。最悪、腎・尿管全摘となる。

ところが結果は、あにはからんやいずれもclassⅡ以下の判定‼️

すなわち細胞の一部異型は認められるが悪性度は認められないという、いわば「シロ判定」だったのだ。その時に観た膀胱は相変わらず綺麗なままだったそうだから、classⅤがいるとすれば尿管組織だろうとT先生も当たりをつけていたようだが、それも良い意味で裏切られた。

でもこれってどういう事?

サンプリングした組織で検出されなかったという事は、犯人はまだ網にかからず逃亡中か、はたまた何らかの理由で忽然と姿を消したかのいずれか?

実はこの結果は、決して私の想定外ではなかったのである。以前も少し書いたが、それはこうだ。

初発ならいざ知らず、二度も再発しBCG膀注療法も行なって来たプロセスの中でその度に感作されたリンパ球は、異型度の高い細胞に対して「非自己」を認識する免疫情報を獲得したのではなかろうかという仮説である。とはいえ特にエビデンスがあるわけじゃなし、言ってみれば「根拠のない自信」のようなものだけどね (^^;)

仮説を続けよう。免疫を獲得したリンパ球は、classⅣまでだと「自己」と「非自己」の区別は曖昧なため攻撃するまでには至らなかったかもしれない。だが悪性度の高いclassⅤに対しては「非自己」と認識して攻撃するようになり、その結果、まだ腫瘤を形成する前の極めて少ない細胞数であった事も幸いし排除されたという理屈だ。

・・・・・・・

私の膀胱がんは、前立腺炎を疑っていた6年前の発見時から超早期発見で、その都度TUR-Btにより外科的治療を受けていたから、芸能人が命を落としたような膀胱壁を突き破るような腫瘤が形成されるはるか手前で処置されて来たし、もちろん周辺リンパ節や多臓器への転移も生じる事はなかった。

今回も、もしこれが初発だったらそれを疑わせる症状はほとんど見られなかったから、たぶん受診にすら至っていなかっただろう。その間に密かに芽生えたclassⅤが増殖し、気づいたら腫瘤を形成し進行していたという事態になっていたかもしれない。今回のclassⅤも超早期の段階での発見に至ったのは定期的な追跡検査の賜物だと感謝している。

一方で、どこかに身を潜めていたclassⅤが、実はこの先ジワジワと増殖して悪さをするかもしれない可能性はもちろん捨てきれない。その予測は当然あり得るし、それが臨床上は普通なのかもしれない。

今後は今まで通り、定期的な尿細胞診とCT、膀胱内視鏡を淡々と行なっていくのみである。いよいよのXデーがいつ到来するのかは全く見えないが、生きていればまた何かが起こっても不思議はない。それまではこの幸運に感謝しつつ、これからの日々を送って行こう。…なーんて殊勝なセリフは今さら私らしくもないけどね (^^)




Number of Access
Since 25. Dec. 2001
Day by Day ・・・
My Profile

Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

Search
Translation
PDF Exchanger