術後に苦痛が待っていた!

経尿道的膀胱腫瘍切除術(TUR-Bt)との闘いは手術そのものではなかった。全身麻酔手術に伴なう尿道カテーテルこそが闘うべき真の敵だったのである。

術後にすでに挿入されていた尿カテは、その後の私から活動の自由を奪い、その不快極まる違和感、圧迫感により熟睡を妨げ食欲を減退させた。足掛け3日間、心身の消耗度は著しく、もはやどうなっても構わないから、一瞬でも早くコイツを抜去して欲しいと心から願っていた。

だが、いざ抜去となるとその痛みはネットでググったコメント以上の激痛で、抜去後も続く痛みにウメキ声を上げ続けるほどだった。検査、手術、尿カテと尿道を散々いじめまくったせいだろうが、膀胱還流用のより太いカテだったせいでもあった。

その後は排尿のたびに血尿、排尿痛、排尿後痛に悩まされた。抜去後、たまに尿閉を起こす人がいたり凝血によって排尿が妨げられたりする事があるという。その場合はこの地獄の尿カテ再挿入にもなりかねない。だから水分を多く摂り、尿量を増やさなければならないと言うナースの言葉にはモチ二つ返事で全面服従!

水分多量摂取は尿量だけでなく排尿回数も増える。排尿痛もさることながら、排尿後に押し寄せる膀胱痛が収まるまでの数分間が特に辛い。これがおよそ90分周期でやって来るトイレのたびに見舞われるから、もはやイベントと言ってもいい。便器を染めた血尿を眺めながらトイレの壁に両手をついて痛みに耐えるOYAJIの姿と来たら、実に情けないの一言である。こんな有様だから大きい方をする気も失せ、完全に便秘状態。

ここへ来て、尿カテ挿入の意味を遅まきながら私は察知したのだった。そう、尿カテによる排尿は膀胱の収縮や尿道の刺激が不要である。それは即ち手術で傷ついた膀胱の安静が保たれ、膀胱痛を感じる事もないというメリットをもたらしていた。術後に膀胱や尿道の痛みを感じなかった理由はそれだったのである。

排尿および排尿後痛。程度や長さが多少変化しつつもそれは今も続いている。だからわずかでも尿意を催して来ると恐怖を覚える。かと言ってギリギリになってトイレに駆け込むと、今度はこらえがきかなくなっているので大慌てになってしまう。そして数分間の排尿後痛との闘い。抜去後からはこの繰り返しだった。

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再発しやすい膀胱腫瘍だが、その予防のための抗がん剤UFTの低用量服薬が退院後からルーチンに課せられると聞き、肝機能とも闘っている私にとって、そのリスクベネフィットを慎重に判断したいと薬剤師に告げた。今日になって執刀医(実はこの時まで執刀医は知らされていなかった!)の一人のDrとその件についてしばし質疑した。

まずは切った時の腫瘍の状態を訊き、再発予防のUFT服用の実施状況とそのエビデンス(エビデンスが乏しい事は調査済みだったが)、私の検査値と副作用とのリスクなどについて私の考えを伝え、取り敢えず月末の病理診断結果を踏まえて総合的に服薬の選択を判断したいという要望を了承してもらった。

手術から3日、この間朝晩に10秒足らずの入室だけの回診(それもDrからの短いコメがあるか無いか、投げかけは一切ない)だけで、キチンとしたムンテラなどが一切なく、こちらから要望して初めて対応がなされるという姿勢はやはり大いに疑問を抱く。この診療科だけなのかもしれないが。

Drだけではない。毎日替わる病棟担当ナースにも同じ事が言える。患者目線で接しようとする人もいれば、患者をコントロールしようと見える人もいる。どちらも入院加療を効果的・効率的に送らせるためには必要だろうが、昨日までのナースには状態を告げながら血圧を測っていたのに、今日のナースは話そうとしたら口に指を当てて喋るなのサイン。喋ると値に影響すると言うが、私ゃ高血圧患者ではない、喋ったくらいで変動する値にそれ程の意味は無かろうよ! 昨日まで個室の消灯など言われた事がなかったのに、今日は消灯時間ですとメインの照明を消しに来る。個室なら誰の迷惑にもならんだろが!

がんや腫瘍の手術をした患者の不安は想像以上なのだと同じ身になってみて初めて痛感した。普段の研修で語っている患者像やマインドはまだまだ甘かった、分かったつもりになっていただけだったんだと深く反省した。術後の苦痛との闘いも含め、今度の研修から受講者へ率直に伝えたいと思っている。

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入院が一日延長したが、とにもかくにも苦労した4泊5日だった。ちなみに、支払った医療費の自己負担分(DPC、個室代、食事代)は20万円強、DPCの保険点数は約45000点だった。

私も大方の患者同様、自分だけは軽症でたいした事はないと思いたい。辛かったこの入院手術さえ終われば元通りになるんだと思いたい。だが、調べれば調べるほど、膀胱腫瘍を極めて楽観視していただけだったという事実にブチ当たった。

今度ばかりはいつものように、帰れるんだ、これで、帰れるんだ~! ライラ、ライラ、ライラライ~! という気分には程遠い。予後にある程度の覚悟も必要だと実感している。

昨日のエントリにも書いたが、今後尿カテを挿入するあらゆる手術を拒否したいという気持ちが強いから、もしかしたら将来、私の死因は再発もしくは進展した膀胱がんが原因となっているかもしれない。もちろんそうならない可能性もある。でも人はいずれ必ず死ぬ運命にあるのだ。違いがあるとすれば、死ぬまでの時間と死に方だろう。

今回の一連の出来事は、自分はどうやって死んで行くかなんて事をしみじみと真剣に考えざるを得ない機会となったと思っている。その意味では貴重だったと言えたかな。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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