部長殿送別会
総勢40名超の所帯にあって、そのほとんどが「義理」出席という送別会も珍しい。欠席者はわずかに3名、その連中は「非国民」と呼ばれたが、気持ちは大半の義理出席者と同じだ。
人は去り際にその存在価値が現れる。
この部長殿が好きな人、世話になった人、恩義を感じている人は、送別会に進んで出席するだろう。逆に、彼が好きではないという人や何らかの仕打ちを受けた人、さらには何とも思ってない人は「義理」出席か、自分の都合を優先して欠席するだろう。
とはいえ、彼は関東のある支店の支店長として異動するので、ウチの部署とは今後とも有形無形の接触がある。もしかしたら何年か後には本社に戻ってくるかもしれない。だからムゲにはできないという側面もある。
男女を問わず次々にスピーチが行われ、送別会は結構盛り上がった。その雰囲気に押されて、黙っていようと思っていた私もついついヤジを飛ばす。あちらこちらから飛び交うヤジの中、この時とばかりに言いたいことを言う者あり、ウケに徹する者あり。そしてついに私の出番が来た。ある意味、最もアンチ部長殿だった私のスピーチには皆が注目した。
何を話したかは、例によってすでに忘却の彼方だが、特に過激な事を言ったという感触もない。ただ、最後に言った言葉だけは覚えていた。英語が得意な彼へ贈った言葉だ。もちろん義理で。
「A Rolling Stone Gathers No Moss.」
そう、誰でも知ってる有名な格言だ。ただしこの言葉の意味は2つある。米国では「苔が生えないように、活発に動きなさい」であり、逆に英国では「苔がゆっくりと生えるように、じっくり取り組みなさい」となる。営業現場においてはどちらも重要なスタンスだから、どちらの意味に捉えられても構わない。
二次会は、部長殿が大好きな赤坂の飲み屋へ連れ去ってもらおうと何人かに画策していたが、結局不発に終わり、近場のカラオケスナックとなったため、一次会から10数人が流れた。
ここまで来たら仕方がない。とりあえず、いつもの同僚とコンビを組んで「アリスメドレー」をブチかました。その後、銘々が何曲かずつ歌い、気がつけばソロでたかじんの「やっぱ好きやねん」、部長殿とデュエットで、プレスリーの「Can't Help Falling in Love with You」を熱唱してた私。もちろん義理で。
すべてが終わり、撤収したのは夜もかなり更けた頃だったろう。週明けの朝になれば、彼は支店へ正式着任する。一方こちらでは、新部長殿の所信表明演説だ。
何はともあれ、一つの時代が過ぎ去り、また次の時代が始まる。今度の新部長殿には、その立場ゆえの変わり身など見せずに、上への視線ではなく我々の方への視線を忘れずに頑張っていただきたい。万が一にも我々に酷い仕打ちをしようものなら、あなたにも私の目の前から消えてく運命が待ってるぞ。なんちって。