感情と秩序5 ~心の底の言葉

「感情と秩序」(2006年4月19日)
「感情と秩序ふたたび」(2006年6月21日)
「何度でも『感情と秩序』」(2007年6月27日)
「感情と秩序4 ~セカンドレイプ」(2007年7月27日)

光市母子殺害事件。上記のように私は過去4回記事を書いてきた。その差し戻し控訴審の公判が広島高裁で18日から開かれ、前回公判に続き被告人質問が行われた。そして20日午後には、遺族である弥生さんの母親と本村洋さんの2人の意見陳述があった。

本村さんは被告に語りかけた。

この裁判で意見陳述を行うのは2回目となります。その時から5年以上の歳月が流れ、死刑判決が下される可能性が高まり、弁護人が代わり、そして君は主張を一変させた。
弁護人が代わった途端に君の主張が大きく変わった事が、私を今最も苦しめています。私たち遺族は、一体何を信じればよいのでしょうか。

君がこれまで検察側の起訴事実を大筋で認め、反省しているとして情状酌量を求めていたが、それはすべて嘘だと思っていいのですか。
本当に、本法廷で君が述べていることが事実であると、私は理解していいのですか。

しかし、私はどうしても納得できない。私は、ずっとこの裁判を傍聴し続けてきたが、どうしても君が心の底から真実を話しているように思えない。君の言葉は、全く心に入ってこない。

事件の真相は、君しか知らない。

君が謝罪の言葉を述べようともその言葉は信じられないし、君が謝罪の手紙を何枚綴ろうとも読むに値しないと思っている。少なくとも、この裁判が終結するまでは君の言葉は信じられない。
そして、もし、ここでの発言が真実だとすれば、私は君に絶望する。君はこの罪に対し、生涯反省できないと思うからだ。

私は、君が反省するには、妻と娘の最期の姿を毎日でも思い浮かべるしかないと思っていた。
しかし、君は殺意もなく、生きたいと思い最後の力を振り絞って抵抗したであろう妻と娘の最期が記憶にないのだから、反省のしようがないと思っている。

君が、裁判で発言できる機会は残り少ないと思う。自分がこの裁判で何を裁かれているのか、己の犯した罪が何なのか、自分が何を成さなければならないのかをよく考え、発言をしてほしい。

そして、君の犯した罪は万死に値する。君は自らの命をもって罪を償わなければならない。

私は、事件当初のように心が怒りや憎しみだけで満たされるわけではありません。しかし、冷静になればなるほど、やはり妻と娘の命を殺めた罪は命をもって償うしかないという思いを深くしています。

私が人生の素晴らしさを感じるたびに、妻と娘にも本当は素晴らしい人生が用意されていたはずだと思い、早過ぎる家族の死がかわいそうでなりません。娘には、自分の名前の由来すら教えてあげる事ができませんでした。

人の命を身勝手にも奪った者は、その命をもって償うしかないと思っています。それが、私の正義感であり、私の思う社会正義です。
そして、司法は社会正義を実現し、社会の健全化に寄与しなければ存在意義はないと思っています。

私は、妻と娘の命を奪った被告に対し、死刑を望みます。
そして、正義を実現するために、司法には死刑を科していただきたくお願い申し上げます。

・・・・・・・

意見陳述を受けての被告人質問で、被告は「事件と向き合うことができず、真実を言えなかった。今法廷で述べたことは真実です」と述べた。その上で、「亡くなった2人の事を考えると、生きたいとは言えません。よければ生かしていただきたい」と述べた。

生きて何をしたいのかと問われ、「拘置所で本村さんに会いたい。謝りたい。会えるような自分を目指したい。法廷では、本村さんは、本村さんの中で作っているモンスターとして自分を見てるから、僕自身を見てほしい。僕には本村さんが必要だ」と訴えた。

この期に及んで被告がいくら命乞いをしようが、反省の弁を語ろうが、到底許されない事件なのは明白だ。ただ、せめて自分の犯した罪に真摯に向き合い、真実を述べ、深い反省の心を持って自らの命で罪を償って欲しいというのが遺族の切なる心情なのだ。

だが、そんな願いを覆す事態が起こったのは、この後だった。

検察官が「被害者の母親の話にどう思いますか?」と尋ねたところ、被告は「メモに集中して、聞いてませんでした」と答えた。検察官が「さほどメモを取っていなかったのでは?」と訊いたのに対し、そのメモを示し「そんなことはない!」と語気を強め、検察官にメモを見せ、更に検察官の手からひったくるようにメモを奪い、裁判官の面前に叩き付けるように置いて見せたのである。

さらに弁護人が被告に「これまでも、そしてこれからも、君に対してこういう誤解や濡れ衣はずっと続いていくだろうが、その中でも君は挫けず強く生きていけるのか?」と訊いたところ、被告人は「はい・・・検察官は、僕をナメないでいただきたい!」と答えたのである。

この質問をした今枝仁弁護士は、被告のこの発言を自身のブログで、

「被告人に『生きるための闘い』の力が備わってきている事を示す発言ともとれる。死刑の危険にさらされている法廷で、被告人は、生きる、という決意を『私をナメないでいただきたい』と、決意と自尊心を示したのではないか。
そう思うのは、弁護人のひいき目だろうか」(抜粋要約)

などと評している。どう見てもひいき目だよ! そう、彼は公判後の弁護団記者会見で突然泣き出したその人である。その理由についても、

「本村洋さんは、弁護人としての活動に疑問を持たれつつ、私を『人間』としては認めておられる。そして問いかけられている。
被告人の言っていることは、本当に、真実なのですか、本当に、反省しようとしているのですか、あなたがた弁護人は、人間として恥ずかしくない弁護活動をされていますか、と。
私は本村洋さんの『思い』に真剣に応えようと思う。
社会の99%が私の思いを誤解し、非難しても、本村洋さんに少しでも伝われば、それでもいい。昨日の記者会見では、そういう思いが極まって泣いてしまった」(抜粋要約)

泣きたいのは遺族だよ! あんたが泣いてる場合じゃないだろが! もし、あなたがブログで記している通りの考えを持ち、弁護活動をしているのであれば、徒に事実認定を争って死刑回避に邁進するのではなく、どうか被告の心を平らにし、事実を悟らせ、その償いについて納得させるよう取り組んでいただきたいと思うよ。

初公判から8年、いかにも長過ぎる。母子二人が殺され強姦された、その忌まわしくも揺るぎない「事実」。客観的に見ても、「真実」は公判を重ねるたびに遠ざかっていると感じざるを得ない。だとすれば、被告はこの「事実」をもって厳正に裁かれるべきであり、裁きを受け入れるべきなのである。異議を唱えるのは、これが冤罪である場合だが、もはやそれを疑う余地は微塵もない。

次回公判は10月18日に検察側、12月4日に弁護側の最終弁論があり、判決は来春の予定である。



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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

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